いのりのデート その5
「グァアアアア!」
「きゃあっ」
ドア開けた途端ずっと俺たちが出てくるのを待ち続けていた女たちが一斉に襲いかかってくる。
「包丁持って出待ちとは正にヤンデレだな」
と俺が呑気なことを言っていると、
「そんなことより、早く早く」
いのりがジェスチャーを交えて早くお札を出すように急かしてくる。
「ああ、そうだった! これで成仏させてやるぜっ」
キメ顔でさっき手に入れたお札をバッと前に差し出す。
すると女たちの狂気に満ちたうめき声が一変し一気に静まり返った。
「え、ど、どうなっちゃたの?」
「いや、俺にもまだ分からない」
女たちは襲ってくる様子もなくずっと固まっている。
俺たちがじっと様子を伺っていると、突然左右の壁から煙のようなものが出てきた。
その煙によって瞬く間に俺たちの視界から女たちの姿が消えた。
だが消えたと言っても見えなくなっただけなので実際には、まだ目の前にいるはずだ。
念のため一応身構えておく。
するとどこからか、「ありがとう……」と、耳をすませていてどうにか聞こえるくらいのとても小さな声がした。
てっきり俺はいのりが言ったのかと思ったが、俺の後ろで未だに縮こまっているいのりを見て、そうではないと結論づけた。
だったら誰が? と考えているとさっきまで視界を遮っていた煙がスッと消えた。そこにはさっきまでいたはずの女たちの姿はなかった。その代わり一切れのメモの様なものが落ちていた。どうやらあの女たちが落としていったようだ。
「じょ、成仏したのかな?」
「ああ、多分そうだと思う」
「よかったぁ……一安心だね」
「いや、安心するのはまだ早いんじゃないか?」
「え? どういう事?」
「俺たちって、さっき逃げ場がなくてあの部屋に逃げ込んだだろ? でも、あの部屋にはお札の箱しかなかった。つまり何が言いたいかって言うと……」
「あ……」
いのりも気づいたみたいだ。
「多分もう分かったと思うけど、先に進む道がないんだ」
「…………」
改めて俺の口から現実を突きつけられ自分の中での疑惑が確信になったいのりは顔が真っ青になっている。普段は血色の良い美しい顔が今では最初に俺たちが見たゾンビのようだ。
「まあ、そう怖がることもないさ」
「でも道がないんじゃもうダメだよぉ……終わりだよ、人生詰みだよ、もう一生ここでお化けと生きてくしかないよ……」
普段のいのりらしくない超ネガティブ思考に陥っている。
「まだ希望はあるって」
「ないよ希望なんて……待ってるのはバッドエンドだけだよ、閉じ込められて死ぬんだよ、エンドレスヘルだよ……」
励ましても全て悪い方向へ話を持っていかれる。これはなかなか厄介だ。
「ふぅ……いのりはそんなに俺のこと信じられないのか?」
「……!」
「少なくとも俺は、いつだっていのりを信じてるんだけどな」
「わ、私だって空くんのことは……信じてるけど……」
「だったらそう悲観的にならずに、俺を信じてついてきてくれ、俺が必ず出口まで連れてってやるからさ!」
俺はそう断言し、いのりに手を差し出した。
いのりはその手をぎゅっと握りしめた。
俺はいのりに微笑み落ち着いた声で
「あそこに紙切れがあるだろ? 多分あれが道を見つけるヒントになるはずだ」
「うん」
俺は紙切れを拾い上げ読み上げる。
「出口へのヒント 壁にあるスイッチを押せ」
全くひねりのないヒントだった。
俺としては下手に難しい謎解きをさせられるよりはこっちの方が好都合だ。と思ったのも最初の一瞬だけで、実際問題スイッチを見つけるのも一苦労だ。ざっと見たところスイッチなんて見当たらない。
「ねえ、空くん……スイッチないよ?」
「い、いや、きっとあるはずだ、絶対にある! 」
俺はバンと壁を叩いて不安を払拭するように言った。
するとカチッというスイッチが入るような音がした。困惑する暇もなく音がした方とは反対側の壁が横にスライドされ道が現れた。
「へっ?」
本当にたまたまだった。たまたま偶然、叩いた位置に布で隠されたスイッチがあったのだ。
「そ、空くん、すごい! 」
「あ、うん、たまたまなんだけどね」
「結果オーライだよ、それより早く行こうよ、早く出たいよぉ……」
「そ、そうだな」
俺はいのりの手を取り先へと進んだ。
出口までの道のりの中、ろくろっ首やぬりかべなど様々なお化けが驚かしてきた。いのりはその都度悲鳴をあげたり、抱きついてきたりしたが、なんとか乗り切ることが出来た。
無事出口にたどり着き長かったお化け屋敷もようやく終わった。
「ふう、なかなかのお化け屋敷だったな」
「本当に怖かったよぉ……もう二度といかないっ!」
「でも、楽しかったな、いのりのいろんな顔も見れたしなっ」
「もーおおお!」
いのりはプンプンと腹を立てているが表情はいたって笑顔だった。
すると突然、グゥ〜とお腹の鳴る音がした。
え? といのりを見ると恥ずかしさで顔を真っ赤にしたいのりがお腹を抑えている。
「あははっ、気が抜けたらお腹空いちゃったっ」
上目遣いで照れ臭そうに言ういのりはまるで天使のようだった。唯の可愛さとはまた違った全く予想のできない可愛さがそこにはあった。
「そ、そうだな、俺もお腹減ったし、お昼にするか」




