いのりのデート その3
「ねぇねぇ、今度はあれに乗ろっ」
もう、同じセリフを何度聴いたか分からない。
「ちょ、ちょっと……待ってくれ、そろそろ休憩しないか?」
俺は提案というより救済を求めた。
いのりの体力は無尽蔵なのか目に入ったアトラクションに片っ端から乗っている。
当然ながら俺も一緒にだ。
ここに来てから、かれこれ2時間近くぶっ通しで乗りまくっているため、現在俺は船酔いにも似た感覚に襲われている。
「うーん、そうだね、一旦休憩しよっか」
「ありがとう、助かるよ」
俺たちはすぐ近くにあった木製のベンチに腰掛けやっと一息ついた。
「空くん、どう? まだ絶叫系には慣れない?」
「流石にまだ……でも、いのりはすごいよな」
「すごいって何が?」
抽象的な感想に対して至極当然な疑問をぶつけてくる。
「いや、その、いのりって苦手な事とか嫌いな事ってないよなぁって思ってさ」
「そんなこと……ないと思うよ?」
「そんなことあるだろ。だって勉強も出来て運動も出来て、こういう絶叫系のマシーンも怖くないって……この世の中にいのりにとっての恐怖はあるのか?」
「そりゃあ、そういうのは何とも思わないけどさ……私だって『女の子』なんだよ?」
いのりが俺の肩にもたれかかりながら囁いた。
「な、何かあるのか? 苦手なもの」
俺の肩から離れて地面のレンガを眺めながら 「うーん 」と考えている。
少しして考えがまとまったようでパッと顔を上げいのりは、
「虫とかチョロチョロ動く生き物は苦手だね……特にGは見ただけで寒気がするよ……ああっ、想像しただけでも気持ち悪くなって来きた」
と答えた。
「意外だな」
「意外って失礼ね!」
率直な感想を言ったら怒られてしまった。
ほっぺを膨らませてプンプンしている。
「いのりならGくらい秒殺かと……」
「そんな訳ないでしょっ! あんな動きの読めない生き物……むりむり絶対むりぃ」
首を横にプルプル振って想像を振り払おうとしている。
「ははっ、可愛いな、Gにビビるいのりも一度見てみたいな」
「空くんのいじわるぅ。 そう言う空くんの方はG大丈夫なの?」
「そんなの……大丈夫……な訳ないだろ!」
「なーんだ、やっぱり空くんもG苦手なんじゃん」
「そりゃあ、俺だってGは無理だぜ! 絶対に関わりたくない! 出来れば一生見たくないな!」
胸を張って堂々と宣言した。
「そんな威張って言う事じゃないと思うよ」
いのりが呆れた顔で見てくる。
「あ、いのりの足元にGが!」
「えっ嘘っ! いやぁあああっ!!」
いのりは座っていたところから飛び上がり俺の反対側の腕にしがみついた。
この間およそ0,01秒だった、あくまで俺の感覚だが。
「ちょ、落ち着けって」
「イヤイヤイヤイヤ、ムリムリムリムリッ! 早く追い払ってよっ!」
完全に取り乱している。
よっぽど見たくないのか俺の背に顔を埋めブルブルしている。
この状況普通ならば先に見つけた俺が先にベンチから飛び退き次いでいのりが飛び退くはずだろうが、俺がベンチから動く事はなかったのだった。
その理由は簡単だ。
なんせそれは全て俺の『嘘』なのだから。
こんな夢の国にGがいる訳がない。というよりむしろ、いてもらっては困る。せっかく現実から離れ空想の世界に浸っている時にGなんかと遭遇したら興ざめし、一気に空想から現実に引き戻されてしまう。
俺はいのりのさっきの話を聞きちょっと脅かしてみたくなった。単純にただそれだけの理由だ。
興味本位でやってみたのだが、予想どうり……いやそれ以上の良い反応を見ることができ非常に満足である。
だがだんだん可哀想に思えてきたので、そろそろ俺の背中でライオンの前の子馬のようになっているいのりにネタばらしをしてやる。
「おい、いのり大丈夫だから離れろって、Gはいないよ」
「ふぇっ? もう追い払ったの?」
半べそをかきながら俺に尋ねてきた。
「いや、そもそもGなんていないんだよ」
「んぇ?」
「だから、つまり、『嘘』ってこと」
「ほはぁ……」
いのりはヨロヨロとその場にへたり込んだ。
「う、嘘でよかったぁー本当にいたらどうしようかと思ったよ」
「ごめんな、いのりの反応がちょっと見てみたくなって……」
俺は謝罪の意味も込めて頭を優しく撫でた。
「ほんと……ひどいよぉ〜」
いのりは泣き笑いでポカポカ殴ってくる。
「でも、いのりの可愛い女の子らしい一面が見れて良かったよ」
「全然よくないよぉ、それに絶対可愛くなかったもん」
「そうか? 俺的には結構可愛かったと思うけどな」
「もぉ、空くんのそういうとこ……あざといんだから……」
「え? なんか言ったか?」
「なんでもなよぉ〜だ」
いのりがプイっとそっぽを向いて教える気がないという意思表示をした。
「そう言われると余計気になるじゃないか」
「ふ〜んだ、自分の胸にでも聞いたらいいんじゃない?」
皮肉じみた感じで言ってくる。
「まあ、いっか」
考えても分からないものは分からないので素直に諦める。
「あー緊張が解けたら喉乾いてきたよ、空くんさっきのお詫びにジュース買ってきてくれない?」
俺はパシリかい!と心の中でツッコミを入れ前方にあった車の移動式の売店に向かった。
適当にいのりが好きそうなのを選んで買って帰る。ちなみに自分用にはグレープジュースを買い、いのりにはストロベリージュースを買った。
「はい、グレープとストロベリーだけどどっちが良い?」
「うーん、じゃあこっち」
いのりが選んだのは俺の予定とは逆のグレープジュースだった。
念のためどちらとも自分の飲めるジュースにしておいて良かった。
「いただきます」
2人同時にズズっとジュースを飲んでいく。
「ん! うまいなこれ」
ただのいちごジュースかと思っていたが、いちごの果樹と牛乳が混ざった、いわゆるいちご牛乳であった。市販のいちご牛乳とは違い搾りたての果汁であり尚且つ牛乳との割合が絶妙であるため雑味の無い繊細な味である。
「え、ほんと? ちょっと飲んで見ても良い?」
「あ、うん、別にいいけど」
俺がジュースを手渡すといのりは全く躊躇せず飲んだ。
これまた意外なことに唯とは違って間接キスを気にするタイプではないようだ。俺にとってもそうしてくれた方が変に気を回さずに済み助かる。
「ほんとだ、すごく美味しい!」
「だろ? 本当はいのりにこっちをあげるつもりで買ったんだけど……いのりは別の方選んじゃったからな」
「うぅ、ざんねん……私センスないなぁ」
「あ、なんならこれあげようか? いのりがいいならだけど……」
「え? くれるの?」
「うん、でもいいのか? 飲みかけだぞ?」
「知らない男のやつなら嫌だけど、空くんのなら別に気にしないよ」
「そ、そうか……じゃあ、あげるよ」
「ありがとっ!」
そうしてストロベリージュースは瞬く間に飲み干されてしまった。
代わりに俺はいのりの残したグレープジュースをもらい受けた。ストロベリージュースには劣るが普通に美味しいジュースであった。
お互いジュースを飲みきり体力もある程度回復したので次のアトラクションへと向かうことにした。
「次さ、行ってみたいとこあるんだけど……いいか?」
「へぇー空くんの行きたい所かぁ……楽しみだねっ」
「ふふふふ」
「どういう意味なの? その不敵な笑みは」
いのりはついさっきのG事件もあり疑り深くなっている。
「まあ、着いてからのお楽しみだよ」
「空くんが勧めるってことは絶叫系ではないよねぇ……メリーゴーランド? いや、流石にないよね……じゃあ……それ以外に考えられるとこって……まさか」
俺の目指していた場所に着いたのはいのりが1つの答えを導き出したと同時だった。
「よし、着いたぞ。あれだよ」
「え……そんな……嘘でしょ?」
いのりは顔を引きつらせ口を手で押さえ身震いをしている。




