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いのりのデート その2

 

 プルルルルという警笛を鳴らしゆっくりと俺たちの乗る電車は動き出す。慣性の法則により乗客は揃って体が傾く。その際、俺は押し潰されそうになったが自分の前にいる人物を同じ目には合わせまいと壁に手をつき、なんとか耐える。



 現在、俺たちが乗っている電車は乗車率100%は超えているように感じるほど混んでいる。

 もちろんそんな状況なので席に座れる訳はなく、たった今もいのりと密着しそうになったのを回避した所だ。


「ふぅ、危なかった……いのり、苦しくないか?」


「う、うん、なんとか大丈夫」


「そうか……良かった」


 いのりを押し潰さずに済みホッとしたのもつかの間、今の自分の体勢を冷静に捉えると急に顔が熱くなってきた。


 なぜなら、そう、今のこの体勢は完全に『壁ドン』である。


 いのりはとっくに気づいていた様で先程から俺の顔を直視できないで、ずっと下を向いている。


 俺は生まれてこのかた『壁ドン』なるものをする機会もする必要もなかったので、今いのりに何て声をかけるべきなのか分からない。

 ギャルゲーの主人公なら


「おい、顔あげてこっち見ろよ」や「何? 照れてんの? 可愛いな」


といった風なことを言うのだろう。

 だが、一般的なごく普通の恋愛経験もろくにない男子高校生の俺にはそんな事出来るはずがないし、する気もない。


 あれやこれやと考えていると突然出発時より激しい揺れが体を襲い俺は大きくバランスを崩した。周りにいた乗客も同様にバランスを崩し俺の体を壁に向かって強く突き飛ばした。

 予想外の事態に対処しきれず、たまらず俺はいのりに抱きつく様な形になってしまった。

 俺の背後にスペースがあれば直ぐに離れるのだが、どうやら無理そうだ。さっきまであった隙間は完璧に埋められている。

 まさに、将棋で言うところの詰み、チェスで言うとチェックメイトというやつだ。


 俺は申し訳ないと思いながらも自分の胸の少し下辺りに当たる柔らかい感触をしっかりと脳内に焼き付けた。その時のいのりの羞恥と怒りの入り混じった真っ赤な顔は忘れることが出来ないだろう。


「ごめん……」


 俺は小さな声で謝った。

 それに対しいのりは


「もぉ……ばかぁ……ふんっ」


 と小声で言いほっぺを膨らませそっぽを向いた。


 その後1度だけこちらをチラッと見てきたので声は出さず顔だけで「ごめん」という表情をすると、またプイっとそっぽを向かれてしまった。


 思った以上にいのりは怒っている様でこの状態は目的地に着くまで続いた。




 駅を出てから俺はいのりに再度謝った。


「さっきはごめん!」


「別に空くんに悪気があったわけじゃないし私ももう気にしてないから」


 そう言ういのりの顔はどう考えても気にしている顔だった。


「本当にごめんな……あと、フォローになるか分かんないけど、すごく良かったよ」


 さっきまで白く透き通っていたいのりの顔がカァーっと赤くなった。


「全然フォローになってないからっ!」


 そう言いながら俺の左横腹にアッパーを食らわせた。


「うげぇー」


 クリティカルヒットだ。



 その後、遊園地までの道のり終始プンプンしていたいのりだが、遊園地が目前に現れると態度は一変し一気にテンションが上がった。


「わぁああ! 見て見て! すごい楽しそうだよ」


 いのりが指を指した方向に見えるのは最高地点がマンション12階程の高さがあるジェットコースターだった。


「確かに楽しそうではあるけど、ちょっち怖いな」


「あ、もしかして……絶叫系苦手だった?」


「苦手というか、あのお腹がヒュッとする感覚がどうも慣れないんだよな」


「あれが爽快感あって気持ちいいんじゃん」


「ほどほどなら良いかもだけど、流石にあれは……」


「嫌って言っても、一緒に乗って貰うからねっ♡」


 にこやかに地獄へと勧誘してくる。


「可愛く言ったって、乗ってやらないぞ」


「今日はせっかく空くんとデートなのになぁ残念だなぁ」


 口を尖らせしゃがみこんで地面をいじりだす。これ以上ないくらいガッカリした様子だ。


「ああっもう、分かったよ1回だけな」


「本当に? いいのっ!?」


 上目遣いで目を輝かせながら尋ねてきた。


「ああ、俺も男だからな、嫌なことから逃げてばかりじゃダメだからな」


「それでこそ、私の空くんだよっ」


 さっきまでしゃがんで土いじりをしていた いのりが飛びついて抱きしめてきた。


 唯とのデートがゆったりとした平和な感じだったのに対して今日のいのりのデートはアクティブなデートになりそうだ。


 そんなことを考えている内にチケット売り場に辿り着いた。2人分チケットを買い入園を済ませると始めに俺たちを待ち受けていたのは、『モルモー』と呼ばれている吸血鬼っぽい雰囲気のマスコットキャラクターである。


「あっ! モルモーだ! かわいい〜」


「そ、そぉ?」


 俺はあんまり可愛いとは思わなかったが、いのりがどうしても3人……いや、2人と1匹で写真を撮りたいと言うので近くにいた係り員の人に頼んで一緒に写真を撮ってもらった。


 いのりはその写真を嬉しそうに眺めた後、俺の方を向いて満面の笑みで言った。


「空くん、ありがとっ」


 俺はさっきのキャラクターよりこの笑顔の方を写真に残したいと思った。だが、そんな事を言えるほど俺のメンタルは強くないのでそっと胸のフォルダーにだけ保存した。



 何はともあれ、いのりとの遊園地デートは始まったのだった。





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