唯のデート その3
映画館から出ると前方から見覚えのあるような人影がこちら側に向かって歩いてきている。
その人物との距離が15メートルを切ったところでようやく正体が分かった。
どうやら相手側も気づいたようだ。
「あ、唯ちゃん、おひさー」
「湊ちゃん、おひさー」
偶然遭遇したのは唯の友達の藤堂湊だった。湊ちゃんは唯とおきまりの挨拶?を済ませた後、俺に気づいたようだ。
「あ、お兄さん、こんにちは、お久しぶりですね」
「こんにちは、湊ちゃん、お昼休み以来だね」
「お2人でお出かけですか?」
「あぁ、まあ、そんなところかな?!」
「それは素敵ですね」
湊ちゃんが良い方に捉えてくれている。
俺は心の中でガッツポーズした。
「違うよ?」
唯がまた余計なことを言いそうだ。
「え?何が違うの唯ちゃん?」
「お出かけじゃないよ、デートだよっ」
案の定、唯が余計なことを言ってしまった。
「え?なんて言ったの?」
「だ、か、ら、デートだよっ」
湊ちゃんが顔を赤くして一瞬フリーズしたようになった。
「でぇーと?……デート?!」
このままじゃ変な誤解をされそうなので弁解する。
「ちょ、ち、違うって…………そ、そう、デートの様に仲良くお出かけするって意味だよ」
唯が何か言いたそうな目をしているが、手で後ろに追いやり喋らせない。
「それって、結局のところデートってことですよね?」
「いや、違うんだ、分かりやすく例えるなら、ニンジンの見た目をしたダイコンのようなものだ。見た目は確かにニンジンかもしれない、だが重要な中身はダイコンなんだ、人だって外見より内面が大事っていうだろ?」
自分でも全く意味がわからなかったが、とりあえず勢いで押し通した。
「よく分かんないですけど、分かりました、
取り敢えずデートではないんですね」
「ああ、そうなんだ、勘違いさせてしまったのなら悪かった」
「そうなんですね、安心しました、お兄さんと唯ちゃんがそういう関係なのかと思っちゃいましたよ」
湊ちゃんは笑い事の様に話したが、もし弁解しなかったらと考えると恐ろしい。
「あはは」
「あっ、そういえば私急ぎの用事があるんだった!じゃあねっ唯ちゃん、お兄さんもさようなら」
一度お辞儀をすると湊ちゃんは駆け足でこの場を去っていった。
「ふぅ」
思わぬ人物に出会いちょっとした危機を乗り越えほっとし溜め息をつくと唯が軽くお腹をグーで殴ってきた。
「どういう意味?」
「その……デートじゃないって言ったのは悪かったよ、ごめん」
「じゃあ、本当に悪いと思ってるなら今日はしっかり私を満足させてねっ」
「お、おう……ところで次はどこに行くんだ?」
「えーっとね」
唯がメモがびっしり書かれている手帳を確認している。
「すげぇな、それ全部今日やるのか?」
「うーん、それが理想だけど時間的にきつそうかなぁ」
「そうなのか……」
「よしっ、次はね、あそこに行こっ」
そう言い唯が指差した先には大型ショッピングセンターがあった。
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ショッピングセンター内は空調が効いており涼しい。
「何か買いたい物とかあるのか?」
「まずはねーーーー」
どうやら唯は洋服を買いたいらしい。
洋服店は3階にあるのでそこまでエスカレーターで行くことにした。
俺自身はあまり洋服にこだわりはないのでこのような場所に来ることはほとんど無い。
洋服店に着くと唯は目を輝かせどれにしようかと迷っていた。しばらく悩んだ結果1着の洋服を持ってきた。
「お兄ちゃん、これどうかな?」
唯が持ってきたのは、生地は白を基調とし全体にきれいな花柄があしらわれているワンピースだ。高校1年生が着るには子供っぽすぎるが、まだ幼さの残る唯ならば似合うだろ。
「うん、とても似合うと思うよ」
「やったぁ!じゃあ試着してくるねっ」
唯は意気揚々と試着室へ向かった。
「本当、こういうところは可愛いんだよな」
唯が着替え終わるまでの間、店内を眺めていると本当に沢山の洋服があり自分が選ぶなら選びきれないだろうと思った。
そうしてる間に着替えを終えた唯が試着室から出てきた。
「ど、どうかなっ?ちょっと子供ぽかったかな?」
唯が照れながら尋ねてきた。
「大丈夫だよ、とてもよく似合っているよ」
「そぉ?でもちょっと子供っぽい気が……」
「唯らしくて俺は好きだけどな」
唯の顔がポッと赤くなった。
「ま、まぁ、お兄ちゃんがそこまで言うならコレに決めようかな」
「うん、すごく可愛いよ唯」
「……っ!すぐに買ってくるね!」
「おう」
唯は即座に試着室に戻り元の洋服に着替えワンピースを購入した。
「お待たせ〜」
「ちゃんと買えたか?」
「うんっ、この通りバッチリだよっ」
「良い洋服があって良かったな」
「これ私のお気に入りにするんだぁ」
そう言いながら服が入った紙袋をギュッと抱きしめた。
「さっきは子供っぽいって言ってたのに?」
「良いのっ!」
「ふふっ」
「なんで笑うの?」
「いや、本当、唯はいつまで経っても唯だなと思って」
「どういう意味?」
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あれは丁度4年前だった。実は以前にも同じようなことがあったのだ。
『お兄ちゃんこれどうかな?』
『うん、唯にぴったりだね、似合ってるよ』
『じゃあ、これ買うっ!』
この時は唯じゃなく俺が買ってあげて唯にプレゼントした。
『はい、唯』
『お兄ちゃん、ありがとっ、大好き♡』
この時の唯もとても嬉しそうだった。
『大事に着るんだぞ?』
『うんっ』
『良い洋服があって良かったな』
『これ、私のお気に入りにするっ!』
さっきの唯と同じく紙袋をギュッと抱きしめた。
『本当か?それは嬉しいな』
『毎日着るねっ』
『毎日来たらすぐに傷んじゃうんじゃないか?1週間に1、2回くらいにしたらどうかな?
』
『ううぅ……じゃあ、そうする』
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そんなこんなで唯はこの時買った服をとても大事に着てくれた。
実際、唯が今着ている服もその時買った服である。どんなに大事にしても流石に色あせてきてしまっているが。
「いいや、気にしないでくれ、ちょっと昔の事を思い出しただけだから」
「???」
唯が全く分からないという顔をしている。
「その服、まだ大事に着てくれてありがとな。でももう、色あせちゃってるし、少し小さいよな……」
「あっ……!」
その言葉で唯もようやく俺の真意に気づいたらしい。
「まさか本当に大事にしてくれるなんてな」
「当然だよ、だってお兄ちゃんに言われたんだから」
「ううん、それでも俺は嬉しいよ」
「そんなっ……」
「もう満足だからその服は大事にしまっておいて、今度からはその服はを着るといいよ」
「いやっ、私この服まだ着たい」
「って言っても、その服所々擦り切れているし、何たって小さいだろ?」
「でも、まだ着られるよ」
「そうか……そこまで言うなら……これからもよろしくな」
「うんっ♡」
「この後も、もう少し買い物するのか?」
「そうだね、他にも買いたいものあるし」
そうして1時間ほど歩き回り買い物をした。女の子はどうしてこんなに買い物が好きなのだろうとしみじみ思った。




