唯のデート その2
ようやくひと段落つき、落ち着ける状況になった。
「ふぅ」
少し気が抜けたせいでため息が出てしまった。その様子を見ていた唯は察したのだろう。
「お兄ちゃん、疲れてる?」
「あぁ、少しな、人混みってのはどうしてこう体力を使うんだろうな……」
「あんまり無理しないでね」
唯に気を使わせてしまった。
デートという状況では男として大きな減点だ。
「大丈夫!まだまだイケるぜ!せっかくのデートなんだからな、こんな序盤でくたばっちゃいられないぜ」
俺は唯の不安を払拭するように言った。
「うんっ!ありがとっ」
映画が始まるまで流れている他の映画の予告を見てふと思った。
「今から始まるのってなんの映画なんだ?!」
おそらくチケットにタイトルが書いてあったはずだが、いちいち見ている余裕は無かった。
俺がチケットを確認するよりも早く唯が答えた。
「今流行りの恋愛映画だよっ、タイトルはね『君と私と○○と』だよ」
「あー!それ俺も知ってる、朝ニュースでもやってたぞ」
「連日超満員の人気作なんだよ」
「凄いな……でも、よくそんな映画のチケット取れたな」
「えっへん、私の弛まぬ努力の成果だよ!」
唯がとても誇らしそうに言った。
実際にどんな努力をしたのかは分からないが、とても誇れることだとは思った。
「ああ、そのとうりだな、俺もこの映画1度観たかったんだ。ありがとな!」
俺は唯の頭を軽く撫でてやった。
すると甘えるように唯が体をこちらに傾けてきた。
そして唯が俺の顔をじっと見つめて言った。
「もっと頭撫でてくれても良いよっ♡まあ、お兄ちゃんと観れるだけで十分頑張った甲斐があったけどねっ」
映画マジックだろうか、唯がいつもの数倍は可愛く感じられた。
いつもならしないであろうが、俺はこの場の雰囲気もあり自然と唯の頭を撫でていた。
暫く撫でたあとようやく理性を取り戻した。
「あっ、ごめん、手が勝手に……」
「ふふっ♡なんで謝るの?私は嬉しかったよっ」
唯がだんだん小悪魔になってきた。
俺は唯と目を合わせるのが気恥ずかしくなったのでスクリーンの方に視点をずらした。
「そ、そろそろ映画始まるぞ」
「あーっ、話そらさないでよ!」
「静かにしないと周りに迷惑だぞっ」
「もぉ、シャイなお兄ちゃんなんだから……」
「……」
このまま唯と喋っていると完全にペースを持っていかれそうだったので映画が始まるまで黙り通すことにした。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「……」
「むっ、無視っ?!」
「……」
「無視するなら今日の晩御飯作ってあげないよぉ」
「……」
なかなか辛い条件を出してきたが、ここはグッと堪えて無視する。
「ふぅーん、じゃあ、今日また、お兄ちゃんがお風呂入ってる時に入っちゃおっかなぁ?」
流石にこれは聞き捨てならないので渋々返事した。
「分かったよ、無視しないから許してくれ」
「お兄ちゃんも素直になれば良いのになぁ」
「唯が感情に正直すぎるだけだろ!」
「そんなことよりポップコーン交換しよ?」
唯のポップコーンを見ると既に半分くらい無くなっている。
ずっと俺と喋っていたのにいつの間に食べていたのだろう。
俺はまだ5分の1くらいしか食べてなかったが取り合えず交換することにした。
「はいよ、落とすなよ」
「うん」
「これチョコレート風味の甘々ポップコーンだろ?美味しいのか?」
「まあ、食べてみたら分かるよ」
唯はそう言いながら俺のキャラメル味のポップコーンをむしゃむしゃ食べている。
俺は自分の手元にあるポップコーンを見た。なんかベトベトしている。
「うぅ、見るからに甘そうだ……」
「どうしたの?自分で食べられないなら食べさせてあげよっか?」
「いや、そういうわけじゃないんだ……」
俺は甘いものが嫌いな訳じゃないがこれはヤバそうだ。
「もぉ、じれったいなぁ」
そういうと唯は無理やり俺の口にポップコーンを突っ込んできた。
「うっ」
「どぉ?美味しいでしょ?」
俺はてっきりチョコレートの味しかしないと思っていたがそうではなかった。蜂蜜やメイプルシロップの味もほのかにする。確かに名前の通り甘々なのだが、クセになる甘さだ。
「なかなか美味いな」
「でしょ!」
「新発見だな」
「もっと食べさせてあげよっか?」
「それは遠慮するよ」
スクリーンに映画泥棒のくだりが上映されその後、本編が始まった。
「ワクワクするね」
「俺も楽しみだよ」
唯が俺の手を握り体を預けてきた。
少々恥ずかしかったが、唯の為と思い我慢した。
2時間程の映画だったが見入っているとあっという間だった。
映画の内容はかなり良く聞いていた以上の作品だった。
前半は笑いも多く起こっていたが、後半のシーンは男の俺でも涙ぐんでしまうものだった。もちろん唯はというと号泣してしまい俺の服の半分が濡れるという事態になった。
最終的にはハッピーエンドで終わり唯も満足そうな表情になっていた。
「いい話だったね」
「そうだな」
映画が終わると俺たちはお互いに感想を言い合いながら館内のお土産売り場に向かった。
沢山置いてある商品の中から唯が作中に出てきたキャラのキーホルダーを俺に見せてきた。
「ねーねー、これどうかな?」
「キーホルダーか」
「お兄ちゃんがこっちのキーホルダーで私がこれ、ペアルックだよっ」
「ペアルックか……ちょっと恥ずかしいな」
「そ、そうだよね……」
唯があからさまにがっかりしている。
「他にもいろんなものがあるみたいだぞ」
「うん」
やっぱり浮かない顔をしている。
「ちょっと俺あっちの物見てくるな」
「私お手洗いに行ってくる」
唯はそういうと暗い顔でお土産売り場から離れていった。
俺は唯が帰ってくる前にさっきのキーホルダーをさっとレジに持って行き会計を済ませた。少々買うのが恥ずかしかったが買ってしまえばこっちのものだ。
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暫くして唯が戻ってきた。
「あ、唯」
「遅くなってごめん……」
「いや良いんだ、それよりも渡したいものがある」
「え?」
「はい、これ」
俺はさっき買ったばかりのキーホルダーを手渡した。
「これってさっきのキーホルダー……でもなんで?」
「さっきは恥ずかしいって言っちゃったけどずっと見てたら好きになってきてさ、唯も欲しそうだったし……」
「お兄ちゃん……」
「別に!唯が浮かない顔だったとか、悲しそうにしてたから買ったわけじゃないからな!ただ純粋に俺が良いなと思ったから買っただけだからな!」
「分かってる……ありがとっ!一生大事にするね」
唯が手で目元を拭いながら言った。
そこまで喜んでくれるなら買った甲斐があったものだ。
「一生なんて、そこまでしなくて良いよ」
「ううん、お兄ちゃんのプレゼントだもん。一生大事にしたってしたりないくらいだよ」
「そうか、ならそうしてくれ」
「うんっ!」
「さぁ早くつけようぜ、俺もつけるからさ」
俺たちは、お互いのカバンに付けた。
「これなら学校行くときも一緒だね」
唯が完璧な笑顔で言った。
完全にバカップルだと思われてしまうだろうが、唯の笑顔には代えられないそう思った。




