唯のデート その1
チュンチュンと鳥のさえずりが聞こえて来た。
結局ほとんど眠ることが出来なかった。
一方、唯はというと未だぐっすり眠っている。
いのりもまだ寝ているのか?と思い、いのりが寝ていた方を見るがいのりの姿が見当たらない。代わりに一つの紙切れのような物が置いてあった。どうやら置き手紙のようだ。
『空くんへ。
昨日は沢山お喋り出来て楽しかったよ、でも、毎晩空くんと唯ちゃんがそういう事をしてたって考えたら少しショックかな。悔しいからこれからそっちの家に住んじゃおっかなぁ……なんて、冗談は置いといて。多分空くんは、なんで私がこんな手紙残していったんだろうって考えてると思うけど、どうしても今日中に終わらせないといけないことを思いだしたがけだから心配はいらないよっ。本当は一緒に朝ごはんも食べたかったんだけど、残念だなぁ。でも、その分明日のデートの時は甘えちゃうからよろしくね♡
いのりより。』
「なるほど」
全て読み終わり現状を把握した俺は、この手紙を唯に見られないうちに机の引き出しに仕舞った。
今日は唯とのデートの日だ。
1番楽しみにしているであろう唯を早く起こしてやることにした。
「おーい、唯、朝だぞー!早く起きないとデートの時間が短くなっちゃうぞー」
そう言うと今までぐっすり寝ていた唯が即座に目覚めた。
「はっ!お兄ちゃん、おはよう」
「おはよう、唯」
「さぁ、今すぐデートに行こっ、お兄ちゃん」
「おいおい、まだ朝ごはんも食べてないじゃないか、そんなに慌てなくてもいいだろ?」
「良くないよ、1時間いや1分、ううん1秒だって無駄にしたくないの」
「そんなに焦らなくても今日1日はお前のものだから安心しろ。それに、朝食もデートの内って思えば問題ないだろ?」
「う、うん。そういうことならいい……かも」
「じゃあ、さっさと顔洗って一緒に朝食の準備しようぜっ」
「うん!」
平日とは違い今朝は時間に追われていないので落ち着いた朝食を楽しむことができる。
それなのに唯はいつもと変わらないペースでご飯を食べ終えた。
「ごちそうさま、じゃあ、早く行こっ!」
「慌てるなって。まさかと思うがお前その格好で行くわけじゃないだろ?」
唯は今まだ寝巻きである。
「あっ……」
恥ずかしそうに下を向いている。
こういうおっちょこちょいなところも唯の可愛いところではあるのだが。
「俺も準備しとくから、唯も身支度整えてこいよ。終わったら玄関の外で待っててくれるか?」
「わかった、じゃあ、光の速さで準備してくるねっ」
そう言うと唯は自分の部屋に駆けていった。
俺は準備と言ってもほとんど済ませてあるのであとは財布、ケータイなどを持って外で待っておくだけである。
「先に外行っとくかぁ」
今日はとてもいい天気で、少し暑いくらいだ。雲もほとんどなくデート日和である。
現在の時刻は午前9:30
俺は唯が来るまでの間ぼーっと空を眺めておくことにした。
俺が空を眺めて2、3分が経った頃家の扉が開き唯が外に出てきた。
「ごめんね、ちょっと遅くなっちゃった」
一般的なデートなら「いや、俺も今来たところだ」と言う場面だが生憎待ち合わせが玄関の外であり、ここで言うのは不自然に思えたので言えなかった。
「よし、じゃあ行くか」
そう言い、1人で歩き始めていると唯に呼び止められた。
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん。待って!」
「え?何か忘れものか?」
「忘れてるのはお兄ちゃんでしょ?」
「別になにも……」
「もぅ、今日はデートなんだよ?!」
全く意味がわからないという様子で頭にクエスチョンマークを浮かべていると唯が近づいてきて、俺の手を握った。
「え?」
「デートなら手を繋ぐのは当然でしょ♡」
「そういうことか、悪かったな」
「次は気をつけてねっ」
「あ、あぁ……」
「じゃあ、気をとり直して行こっ」
俺たちは街に向かうべく始めに駅に向かった。駅は家から徒歩5分以内のとこにある。
俺は駅に着くまでの間に唯に尋ねた。
「今日はどこに行くとか決めてるのか?」
「うん!でも今は秘密だよっ♡」
「もったいぶらないで教えてくれよぉ」
「だぁーめっ、教えちゃったらワクワクが半減しちゃうでしょ?」
「うぅ、それもそうだな」
「さすがお兄ちゃん物分りがいいね」
2分ほど歩き続けると大通りに出た。
今日は土曜日ということもあり人通りがいつもより多い。皆どこかへ遊びに行くのだろうか。
「人、多いな」
「そうだねぇ……」
「なんか、これだけ人がいたら知り合いの1人や2人には会いそうだな」
「あ、お兄ちゃん、そういうのフラグっていうんだよ」
「え、マジで?」
「うん、前に湊ちゃんが教えてくれたの」
「湊?湊って藤堂湊か?」
「う、うん、そうだけど、お兄ちゃんなんで知ってるの?」
「えーっとーー」
俺は湊ちゃんと知り合った大まかな経緯だけ説明した。
「なるほどね、それで知ってたんだぁ」
「唯に友達がいて安心したよ」
「私にだって友達くらいいるよっ!」
唯がムッとういう顔をしている。
「いつも俺にくっついてるからボッチなのかと思ったよ」
と冗談交じりに言ってみると唯は、
「ボッチじゃないもんっ友達いるもん」
と得意げに言ってきた。
「正直本当に心配はしてたんだ……学校で虐められてないか、クラスに溶け込めているのかって。でも、その心配もなさそうで良かった」
「そんなに心配してくれてたの?」
「そりゃな、大事な妹だからな。それにこんなに可愛いかったら他の女子からの妬み嫉みもあるだろうし」
唯はなぜだか顔を1度俯けて深呼吸し、その後スッと顔を上げた。
「あ、ありがと……お兄ちゃんの気持ちすごく嬉しいよ」
「これはお兄ちゃんとして当然だよ」
「ううん、こんなに優しいお兄ちゃんは他には居ないよ!」
「そんなことないだろ?他にも、もっとーー」
「たとえ誰が何と言っても、私の中の1番は、『お兄ちゃん』だよ」
俺は衝動的に繋いでいた手を強く握ってしまった。
「いっ……」
「ごめん、痛かったか?」
「いや、ちょっとビックリしただけ……これくらい強く握ってもらえる方が安心するからこのままでいいよ」
「分かった、でも痛かったら言えよ?」
「うんっ」
そうしている間に駅に着いた。
俺は唯の指示どうり切符を買い、電車に乗り込んだ。
どうやら今向かっているのは映画館や大型ショッピングセンターがある繁華街のようだ。
電車に揺られること7分ようやく目的の駅に着いた。電車のドアが開くと同時に車内に居た人の殆どが降りて行った。どうやら考えていることは皆そう変わらないらしい。ドアが閉まらない内に俺たちも降り、前方の人混みに続いて駅を出た。
「フゥ〜、疲れたなぁ……俺人混みは苦手なんだよなぁ」
「私もあんまり得意じゃないかも」
「でもまあ、せっかく来たんだし楽しもうぜ」
「そうだねっ!」
「そろそろ最初に行く場所を教えてくれてもいいんじゃないか?」
「うーんとね、最初は……」
唯が焦らしてくる。
「どこなんだ?」
「最初は映画館だよ」
「おぉ、いいね〜、見たい映画とかもう決まってるのか?」
「バッチリ、チケットも取ってあるよ!」
そう言い二枚のチケットを見せてきた。
自分の妹ながら用意が良いと感心してしまった。
「よし、じゃあ行くか」
映画館までは少し歩かなければならないがその間も唯と喋っていると、あっという間に感じられた。
映画館に着いて俺たちは驚愕した。
「人多いね」
「まあ、土曜だしな……でも、それにしても多い気がする」
「気にせず行こっ、お兄ちゃん」
俺は唯に言われるがまま着いて行った。
館内に入ると始めは少し肌寒く感じられたが、暫くすると慣れた。
「なぁ、ポップコーン買うか?」
「そうだね、映画と言えばポップコーン食べなくっちゃね」
「何味にしようかな……唯は何にする?」
「私は……あっ、あの新作の【チョコレート風味の甘々ポップコーン】にする!」
「じゃあ、俺はキャラメル味でいいかな」
「お兄ちゃん守りに入っちゃ面白くないよっ」
「俺はゲームでも〈いのちをだいじに〉でいくタイプなんだよ」
「じゃあ、半分こしよ♡」
「分かったよ、じゃあ買ってくるからそこで待ってて」
「うん、よろしくねっ」
1番速そうなレジの最後尾に並び順番を待った。その間もポップコーンのいい匂いが鼻腔を通り抜けより食欲をそそらせる。2分ほどで順番が回って来て無事購入することが出来た。
「買ってきたぞー」
「おぉおおお!美味しそぉ〜」
「ついでにジュースも買ってきた。オレンジジュースで良かったか?」
「お兄ちゃんが選んだのなら何でも良いよ♡」
「それなら良かった」
俺たちはポップコーンとジュースを持って係員の指示に従い席に座った。




