金曜日
「なあ、さっきからずっと気になってたんだけど……どっちが話すかって言い争ってた時どうして急にいのりに譲ったりしたんだ?いつもの唯なら——」
「うーん、お兄ちゃんすごい困った顔してたから……それに昨日お兄ちゃんに注意されたばっかりだったからね」
「ありがとな、本当助かったよ」
「全然気にしないでいいよ。だって、明日はお兄ちゃんを独り占め出来るんだから♡」
「なるほど、そういうことか」
唯がすんなり譲った真意がようやく分かった理由。だが、「明後日はいのりとデートなんだよ 」なんてことは口が裂けても言えない。
言えばきっと唯に罵られるに違いない。もしかしたら罵られるだけでは済まないかも知れない、せっかくいい感じになって来た関係もゼロからいや、マイナスからのスタートになるだろう。
「今日は明日に備えて早く寝ようねっ!あ、でも……ドキドキして眠れないかも♡お兄ちゃん、私が寝るまでずっと一緒に居てねっ」
それよりも唯のテンションが上がりすぎて今夜が不安だ。
「あ、ああ、分かった」
今日何も起こらないことを祈るしかない。
「じゃあ、さっとごはん食べてお風呂入って寝よっ」
俺が危惧していたような事は起こらず順当に事が進んだ。あとは寝るだけだ。
「ふぅ、唯も風呂に入ってくるようなこともなかったし、いつも通りの美味しいごはんだった……よな」
さっきまでの出来事で何も異変がなかったことを振り返り俺は自室へ向かった。
唯は今お風呂に入っており、俺の部屋に来るまでまだ時間がある。
部屋の前まで来た時に俺は気づいた。
ドアの下から部屋の明かりが漏れている。
「あれ?電気つけっぱなしだったか?俺とした事が……」
自分のうっかりミスだろうと思い反省しながら部屋に入ると。
「やあ、空くん!」
バタンッと勢いよくドアを閉め俺は部屋の外で1度深呼吸する。
「すぅーはぁー」
唯のせいで疲れて、部屋に居るはずの無い人物を見てしまったに違いない。
もう一度落ち着いて部屋に入ってみると。
「やあ、空くん!」
「幻覚じゃなかった……」
「なんのこと?」
「なんのことって……なんでいのりが俺の部屋に居るんだよ!」
「なんでって今日そういう話になったでしょ?」
「でも、今日来るって言ってなかっただろ?」
「あれぇ?そうだっけぇ?」
「言ってなかったぞ」
「でも、今日も唯ちゃんと一緒に寝るつもりだったんでしょ?」
「そ、それは……」
「なら私も居てもいいよね♡」
「……」
安易に了承出来ずにいると、外から唯の鼻歌が聞こえてきた。お風呂から上がり俺の部屋に来たようだ。
この状況を見たら唯の逆鱗に触れることは必至だ。
俺は急いでいのりを部屋のクローゼットに隠れさせた。
「ちょっと、え、なにするの?」
「いいからここに入ってて」
いのりを隠れさせたのと同時に唯が部屋に入ってきた。
「いい湯だったよぉ〜、お兄ちゃん」
「そ、そうか、それは良かった」
どうやら唯にはまだバレてないようだ。
「ねえ、お兄ちゃん、早く寝よ♡」
「うん……」
唯のペースに呑まれる前に早くいのりをなんとかしなければ……
「お兄ちゃん?すごい汗だよ、大丈夫?」
「大丈夫だ、ちょっと部屋が暑かっただけだよ」
「じゃあ、窓開けよっか?」
「ああ、頼む」
「ん?!コレなんだろう?」
「え?」
「これ、女物の髪留めじゃない?なんでこんなものがお兄ちゃんの部屋にあるの?」
しまった……あれはいのりの髪留めに違いない。急いで隠れさせたせいで持ち物を隠すのを忘れてしまった。
「なんでだろうな?」
「これ何処かで見たことあるような…………あっ!いのりさんがつけてたやつだ」
「そ、そうなのか?でも、なんでそんなものがあるんだろうな」
唯が俺のことをじっと見ている。
「お兄ちゃん……何か隠してることあるんじゃないの?」
「え、いや……」
もう無理だと思った矢先、突然クローゼットが開きいのりが飛び出てきた。
「じゃじゃーん!いのりちゃん登場」
「……」
「……」
俺と唯は一瞬固まってしまった。
だが唯はすぐに我に返ったようだ。
「ちょっと、なんでいのりさんがお兄ちゃんの部屋のクローゼットに入ってたの?」
「それは空くんに無理やりーー」
「ちょっと待てぇえい、誤解が生まれそうだから俺が説明する」
俺は唯にこうなった経緯を余すことなく説明した。
「なるほどね」
「約束だからいいでしょ?唯ちゃん」
「いいですけど、朝になったらすぐ出ていってくださいね。明日は私とお兄ちゃんは大事な用事があるので」
「大事な用事って?」
「まあ、それは別にどうでもいいだろ?いのり」
「うーん、そうだね」
「それより早く寝ないか?俺はもう疲れたよ」
「そうだね、寝よっか」
1番に俺が布団に入ると間髪入れずにいのりが入ってきた。
その様子を見ていた唯が少し不機嫌になった。
「なんで私より先にお布団に入ってるんですか!」
「順番なんて決まってないでしょ?」
「平等じゃないですよっ!」
「こういうのは早い者勝ちなのよ」
「うぅー」
いのりに言い負かされは拗ねながら布団に入ってきた。
「じゃあ、電気けすよ?」
「うん」
「いいよ」
2人の了解を貰い消灯した。
すると同時に2人が俺の腕に抱きついてきた。少し暑いがここは我慢だ。
いのり小さな声で話しかけてきた。
「こういうの凄く久しぶりだから何だが緊張するね♡」
「そうだな、俺もまたこういう風に3人で寝るなんて思いもしなかったよ」
「昔は凄く楽しかったなぁ……」
いのりが想いを馳せるように言った。
「俺は今も結構楽しいぞ、いろいろ大変な事はあるけど……」
「ううん、別に今が楽しくない訳じゃ無いんだよ?でも昔は、空くんと唯ちゃんと私の3人でよく遊んでたなぁって思っただけだよ」
そういえば、いつから3人で遊ばなくなったのだろうと思い記憶を辿ってみた。
しばらく考えその後一つの結論にたどり着いた。
おそらく、唯の花嫁修行が決まった頃からだ。
ちょうどその頃は俺やいのりも部活や勉強が忙しくなっていた。
ちなみに今は3人とも部活には入っていない。
だがあの頃はそうでは無かったため放課後に寄り道をしたり土日に遊ぶという事は難しかった。そして唯が花嫁修行に行ってからは完全に遊ぶ事は無くなった。
だが決していのりとの仲が悪かったわけでは無い。会えばよく喋るし、登下校も時間が合えば一緒にしていた程だ。
「あの頃はみんなそれぞれ事情があったわけだし、仕方ないんじゃないか?」
「そうかもしれないけど……」
「それに、昔のことを悔やんだって仕方ないだろ?今を楽しもうぜ!これから沢山遊んで思い出を作ればいいんじゃないのか?…………いや、作ろうぜ!」
「うんっ!そうだね」
「ちょっとぉ、盛り上がってるところ悪いんだけど…………」
全然会話に入ってこなかったので、すでにという認識になっていた唯が話しかけてきた。
「どうした?唯」
「私も会話に入れてよぉ……」
「あ、ごめん、てっきり寝たのかと思ってたから話しかけないほうがいいのかと……」
「ひどいよぉ、こんな状況ですぐに寝られるわけ無いじゃん」
「それもそうか……」
正直言って俺自身も今夜は眠れる自信はない。逆に、こんな状況で快眠できる人物がいるなら会ってみたいものだ。
唯の希望があったので、3人で昔の話をする事にした。いつも言い争っている唯といのりだったが、この時だけは仲睦まじく昔話に耽っていた。俺の知らなかったエピソードや衝撃的な事実を聞かされたり、俺の恥ずかしい過去を暴露されるなど、落ち着いて聞いていられない内容だったが2人が楽しんでくれていたので良しとしよう。
この時の会話はまた別の機会に紹介するとしよう。
予想以上に盛り上がり、話し始めてから2時間近く経ったような気がする。
22時頃から話し始めたのでおそらく今は24時を過ぎるころだろう。
2人の口数がだんだん少なくなってきた。
「……そうなんだぁ……」
「……うん……」
返事もだんだん雑になってきている。
「2人ともそろそろ眠くなってきたのか?」
「うん……もう……限界かもぉ……お兄ちゃんは大丈夫なの?」
「う、うん、まだ眠くならないーーというか、眠れないな」
「私も……もぉ……むりぃ」
いのりも今にも寝そうだ。
「2人とも俺に合わせずに寝ていいからな」
「分かったぁ……おやすみぃ……おにぃ……ちゃ……」
「おやすみ、空く……」
2人とも言いかけて寝てしまった。余程眠かったのだろう。
俺も早く寝ようと目を閉じるが2人が気になって一向に眠れない。
「ヤバイ……今日寝れるのか?俺……」
そうこうしてる間に金曜日は終わりを迎えた。




