カレーの中の隠し味
普段より随分遅くなったが、無事帰宅することができた。
「今日はありがとっ、お兄ちゃん♡」
「気にすんなって、俺もクレープたべたかったしな」
「うん、クレープ美味しかったね」
「また時間があれば行くか?」
「行きたいっ! 絶対行く!」
「おう、わかったよ」
「約束だよ?お兄ちゃん」
「約束な」
とは言ったものの『約束』という言葉に少々トラウマを感じている今日この頃である。
「ところで、お兄ちゃん、今日は何食べたい?」
「うぅーん、そうだなぁ」
「なんでもリクエストしていいよ」
「じゃあ、カレーにしてもらおうかな」
久しぶりにカレーを食べたい気分になった……という理由もあるが、唯のカレーは特別なのだ。何が特別かというと、唯は独自のスパイスを編み出しており二つと無い味である。
「おっ!流石お兄ちゃん、いいチョイスだねっ」
「だろっ?!」
と無意味なドヤ顔をかましてみた。
「じゃあ、作っておくから、その間にお風呂入ってて」
見事にドヤ顔をスルーされたが、負けじと、もう一度ドヤ顔をすことにした。
「了解っ !」
渾身のドヤ顔である。
「いくらお兄ちゃんでも、フォローのしようがないから……」
「あ、すまん」
唯の真面目な返答に、つい謝ってしまった。
「それと、折角のカッコいい顔が変顔してたら台無しだよっ?」
どうやら、ドヤ顔を変顔と勘違いされたようだ。
「わかった、今度から気をつけるよ」
唯のアドバイスを素直に受け入れ、風呂場へ向かった。
今度も唯が来るのでは……と警戒していたが流石に今回は真面目に料理してたらしく、唯が来ることはなかった。
15分ほどで風呂を出ると、唯はまだ料理中だったので、自室で宿題をして待つことにした。
「ふはあぁあ……今日も疲れたなぁ」
少しだけ、仮眠を取ろうと机に伏せた。
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「お…………。おに……ん。おにい……ちゃ……。お兄ちゃん起きてっ!」
「後五分……」
「後五分たったら冷めちゃうよぉ」
「むにゃむにゃ、うまいぃ……」
「お兄ちゃんってば、夢の中でご飯食べちゃってるよ……」
「おかわりぃ……」
「おかわりはいっぱいあるから! 早く、起きてっ」
そう言うと唯は俺の座っている椅子をガタガタ揺らし始めた。ようやくそこで俺も覚醒することができた。
「あっ! あぁ?! おかわりは……」
「それは夢です! もうカレーできたから早く来てくだい」
寝ぼけている俺を丁寧にあしらうと部屋から出て行った。
どうやら、随分長いこと寝ていたようだ。
すっかりお腹も空いている。
俺は足早ダイニングに向かった。
「おぉおお! いい匂い」
「さあ、冷めないうちに早く食べて」
「そうする、いただきます!」
「どう……かな?」
「鼻を抜ける辛さの中にも、しっかり煮詰められた野菜の甘さがあり、絶妙なバランスを保っているッ!」
「……」
「それ以前に食事する人を誘うスパイスの匂いで、カレーを掬うスプーンを持つ手が止まらないッッ!」
「……」
「病みつきになる美味さだッ! カッン……はっ! 既に空になっている……だと……おかわりッ!」
「はい、どうぞ」
「ふぅ、ごちそうさまでした」
2皿目を食べ終わりようやく落ち着いた。
「お兄ちゃん……? そんなに美味しかった?」
「あぁ、だが一つ分からないことがあるんだ」
「何?私に答えられることなら答えるけど」
「このカレーいつもより美味しい気がするんだ……だけど、隠し味がイマイチよく分からなくて……」
「あぁ、そういうことね」
「何か入れたのか? ハチミツとかリンゴとか」
「ううん、そういうのは入れてないよ」
「え、でも、じゃあ、この『温かみのある甘さ』の正体は一体なんなんだ?!」
「隠し味の正体はね……」
唯が焦らしてくる。
「は、早く教えてくれ」
「それはね、『愛情』だよ」
「え? 本当にそれだけなのか?」
「本当だよ」
「そうなのか」
「今までも、もちろん愛情は入れてたんだけど、最近ますますお兄ちゃんのことが好きになって、そう思いながら作ったから、愛情たっぷりの美味しいカレーが出来たんだと思う」
「唯の気持ち……すごく伝わったよ」
「お兄ちゃんが私のこと好きって言ってくれたから、ここまでのを作ることができたの、ありがと! お兄ちゃん」
すごく満足気な表情をしている。
なんだかこっちまで幸せな気分だ。
「これからも、美味しいご飯をよろしくな」
「うん、もっともっと愛情込めて、更に美味しいご飯を作っていくからね」
「期待してるよ」
「はい!」
唯が満面の笑みでそう答え、今夜の食事は終わりを迎えた




