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寄り道

 

「——でな——なんだよ」


「へぇ、すごいねお兄ちゃん」


「だろ?その後——」


 約束どうり唯と2人で帰っている。はずなのだが……。




 俺たちが歩みを止めると後ろの人物もそれに応じて立ち止まる。そして俺たちが再び歩き出すと後ろの人物も同時に歩き出す。

 先ほどからこのようなやり取りが数回行われている。


 そしてついに、唯の我慢の限界がきた。


「もぉ!いのりさんっ!私たちについて来ないでくださいよ。これじゃあ全然お兄ちゃんと2人っきりじゃないじゃないですか!」


「そんなこと言われても、私の家も全く同じ方向だし」


「うぅ、だったら、違う道通ってくださいよ」


「そんなことしたら、遠回りになっちゃうじゃない?帰るの遅くなったら怒られちゃうわ」


 いのりが首を傾げながら可愛いく困り顔をした。


「なら私たちが遠回りして帰るので、ついて来ないでくださいね!」


 唯が俺の手を引きスタスタと歩いて行く。


「お、おい、唯」


 唯を宥めようとしたが、聞いてくれそうにない。


「あ、そういえば、今日は私もこっちの方にに用があるんだった」


 とわざとらしく大声で言い、いのりが後ろからついて来る。


 俺も流石にそれはちょっと無理があるだろと思ったが、いのりは平然としている。

 必死に離れようとする唯に対していのりは一歩も引く気配が無い。


「もう、なんなんですか?!なんでそんなに付きまとうんですか?」


「だって……あなた達、2人きりにしたら何するかわかったもんじゃないでしょ?」


「お、俺はそんな……」


「空くんは何もする気ないだろうけど、唯ちゃんは違ったみたいよ?」


 そう言われて、俺はそっと唯を見た。

 唯は下を向いて、少し顔を赤らめている。


「って唯お前図星かよっ!」


 ついつい俺はツッコミを入れてしまった。


「そんな大それたことはするつもりなかったんだよ? 本当だよっ?」


 唯がこちらを見上げて言ってくる。

 意図してか無意識かは分からないが、少し上目遣い気味になっており、可愛かった。


「まあ、ともあれ、私の空くんに変なことしないって約束するならこのまま別れて帰ってあげるわ」


「むぅー!『私の空くん』って勝手に彼女気取りしないでください!!お兄ちゃんは私の、私だけのお兄ちゃんなんですぅ!」


「おいおい、お前たち変なところで張り合うなよ……」


 ちょっと疲れてきた。

 こんなのが毎日続いたらと考えると頭痛がする。


「グルルル……」


「ガルルル……」


 2人ともまだ威嚇し合っている。


「いのり、唯のことは俺が責任持って家まで連れ帰るから、今日のところは帰っても大丈夫だぞ?」


「ん〜ちょっと不安だけど、私は空くんを信じるね!」


「おう、そうしてくれ」


「うん、それじゃぁ、ばいばいっ♡」


 手を振って別れを告げるいのりはまるで天使のようだった。

 いのりはそのまま走って帰って行った。


「お兄ちゃん、汚いメス豚を追い払ってくれてありがと」


「そういうこと言うようなら唯のこと嫌いになるよ?」


「え、ちょっと、あわ、どうしよ……私、嫌われちゃうの?」


 唯が泣きそうだ。


 ちょっとしたイタズラ感覚で言ったのだが、唯には効果覿面だったらしい。

 さっきまでの威勢の良い唯とは大違いだ。


「ごめん、ごめん、冗談だよ、ちょっとからかっただけだからそんな顔するなって」


「ばかぁ…………」


 上目遣いで罵られてしまった。


「でも唯にはあんまり酷い言葉は使ってほしくないな」


「あっ……」


 唯がハッとしたように口元を押さえている。


「俺は素直で優しい唯が好きだから」


「う、うん」


 唯が俯いて赤面している。


 ちょっと気まずくなってしまったので、話題を変えることにした。


「な、なぁ唯、この後どうする?」


「あ、うん、どうしよ……」


 表面上は笑顔でいるが、上の空のような返事だ。

 思ったより思い詰めている様子だ。


「じゃあ、ちょっとだけ寄り道しないか?」


 唯がセンシティブになっているので、気分転換にと誘ってみた。


「うん……」


 あまり乗り気じゃなさそうだったが、俺は強引に手を引っ張った。


「じゃあ、行くぞ」


 俺は唯の手をしっかり握ると目的の場所へと、まっすぐ歩いて行った。


 俺の目的はというと、最近俺たちの街に来た話題になっていた移動式のクレープ屋台だった。


 屋台の近くまで来たところで唯もようやく気付いたようだ。


「あ、あれって!」


「そうだ、例のクレープ屋台だ」


「私一回食べてみたかったんだぁ」


 唯がだんだん元気になってきた。


 クレープ屋台の前まで来ると、店主のおっちゃんが景気良く話しかけてきた。


「よっ、そこのお二人さんクレープはいかがかね?」


「お兄ちゃん」


 そう言いながら唯が俺の服の裾を優しく引っ張ってくる。


「ん?どうした」


「私、クレープ……食べたい」


「ああ、良いぜ! おっちゃん、クレープ2つ」


「はいよ、どのクレープにするかい?」


 種類が多くて迷うな。


「オススメとかってあるんすか?」


「そうだなぁ、カップルにはこの、『ダブルラブストロベリー』が人気だな、しかしだな……これは普通のサイズの2倍あるから1人じゃ食べきれないと思うぞ」


 カップルという言葉が気になったが、敢えてスルーした。


「そうなのかぁ、じゃあ唯、これを一緒に食べるか?」


 唯は無言で頷いた。


「おっちゃん、『ダブル ラブストロベリー』1つ頼む」


「まいど、540円ね」


 俺はお金を払いクレープを受け取った。


 近くに良い感じのベンチがあったのでそこで食べることにした。


「唯、先に食べていいぞ」


「あ、ありがとう」


 唯はパクッと、これでもかというくらい口いっぱいに頬張った。まるでハムスターが口いっぱいに木ノ実を溜め込んでいる時のようだ。


「どうだ、美味しいか?」


「——うん!すっごく美味しいっ」


「喜んでもらえて何よりだ」


 唯が少しは元気になってきた。


「お兄ちゃんにもあげる」


「おう」


 俺は控えめに一口食べた。——こっこれは!


「美味い!!クレープの生地の焼き方、油の量、ストロベリーとクリームの相性が抜群で最高だ」


「だよねだよねっ! ねぇ、もう一口食べていいっ?」


「唯のために買ったんだから、どんどん食べていいよ」


「お兄ちゃん、ありがと!」


 おっちゃんは「1人じゃ食べきれない」と言っていたが今の唯は1人で食べきりそうな勢いだ。


 結局10分ほどで完食してしまった。

 焦って食べていたせいか唯の口の横にクリームが付いている。


「あ、唯、ちょっと動かないでくれ……」


「え、えっ、え……」


 俺はそっと指でクリームを取ってあげた。


「クリーム、付いてたよ」


 指に取ったクリームをどう処理しようか迷っていると、クリームのついた指が唯にパクリと食べられてしまった。



「ごちそうさま♡」


「……」


 不意打ち的な可愛さに思考が停止した。


「お兄ちゃんっ?! 大丈夫? おにーちゃーん」


唯は俺の顔の前で手を振って俺の意識を呼び戻そうとしている。


「——はっ! す、すまん、ちょっと意識が飛んでた」


「ふふっ、お兄ちゃん、今日はありがとね、さっきいのりさんに釘を刺されたばっかりだったのにクレープ食べさせるためにわざわざ寄り道してくれて」


「気にすんなって」


「明日、いのりさんに怒られたらどうしよっか?」


 唯が心配そうに聞いてくる。


「いのりには俺からちゃんと言っておくよ、唯が誘ったわけじゃないしな」


「そんな、お兄ちゃんに迷惑は——」


「迷惑なんかじゃないさ、俺がそうしたいからしただけだよ。それに、迷惑だなんて思うくらいなら最初から誘ったりなんかしないだろ?!」


「ありがと……お兄ちゃんは本当優しいね」


「まあ、お兄ちゃんだからな!」


 

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