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番外・王太子ではない王子の場合

誰にだって生きているのだもの、不満はあるだろう。

それは金持ちだって貧乏人だって、同じ事だ。

人は己の目で見た事聞いた事しか知る事はない、媒体?それで得られるのは「紙の上の出来事」であって、それ以上でも無ければそれ以下でもない。

何故なら、「経験」がないからだ。

だからこそ、人は生きている上で不満を持つ生き物だ。理由とか原因は知らない、恐らく誰も知らない、本能レベルで叩きつけられて刻み込まれた遺伝子とか魂とか、恐らくはそんな部分の話になるのかも知れない。ならないかも知れない。

でも、もしくはそれこそが「人が生物として生きる理由」と言う場合もあるのかも知れない。

不満を感じない人?

そんなの。

 天才鬼才と謡われるテミストクレスの知らない、事実がある。

 誰も教える事はない、教える事が許されないと言う意味でもあるが違う意味でもある。

 当の本人は、それを求めるかと言えばどうだろうか? それは当の本人以外には意味のある問題ではないのかも知れない。


 王子が逃亡した地域で起きた幾つかの出来事に対して、そこは一時期に騒ぎとなる事はあったけれど不毛の土地となる事は無かった。

 これには国境線の問題とか色々と国がらみの問題が生じて来たせいもある。ただし、後継者もいない様な高齢の貴族では頼りにならないと言う事も含めて「色々」と改善をされたらしい。

 戦後と言うにはまだ早い時期に、天変地異に盗賊と言った踏んだり蹴ったりを受けた人々……ちょうど、若い人が出稼ぎで留守にする時期だったと言うのも被害が大きかった理由だろう。

 土地が枯れたのは毒が撒かれたのだろう、体を壊した者が多かったから水源に撒かれたのかも知れない。その割に死者が少なかったのは行幸だったと言えるだろう……体の弱い者は、残念な事だったが。

 盗賊が現れた際に、根こそぎ奪ったりしなかったのは「たまたま」王子のお供で常駐していた騎士や腕の立つものが僅かながらいたおかげだと言われている。彼等は自らの主を守る事が出来なかったと気落ちしていたが、それでも領民たちにとっては自分達を守ってくれた英雄に違いなかった……例え、盗賊達によって片腕やら片目やらを切りつけられ主を奪われたりとかしたが、それでも命があるだけマシだった。本人達にとってどんな気持ちであるのか、それはこの場合は関係が無い。

 彼等は、自らの主を守る事は出来なかったけれど。替わりに領民を守ってくれた、だからこそ、おっとり刀よろしく駆けつけた騎士団に助命嘆願を願い出て貰えた。

 その事もあり、王子の騎士や護衛、側仕えと言った10人程度は罰を含めて生涯、主を無くした地の守り人として過ごす事となったと言う……なので、誰一人思う事は無かったのだろう。

 そう、通常ならば決して領民の言葉など貴族寄りである彼等が王家へと言葉を届ける事など決してない事とか。

 後から現れた上級騎士だと言う人達の中に。盗賊が使っていたのと同じ剣を使っていた、同じ目をした人物が数名いた事など。


 失われた、当の主は……実を言えば生きていた。肉体的には。

 あの状態を生きていると言うのは、単に生物として鼓動を刻んでいるだけだと言うべきだろう。

 気を失い、拘束され、事情も外も一切見られぬ状態となった、かつてリーディウスと呼ばれていた人物は。一度も声を掛けられる事もなく、身動きを取れない状態で、しかも口と下半身に差し込まれた管があり、体のどこかには針のようなもので刺されている感触があった。

 声を出そうとしても口いっぱいに広がった管がまともな言語をしゃべるのに邪魔をし、時折液体の様な少しだけ固形の様な物体が強制的に喉を流し込まれている。排泄を覚えても垂れ流すしかないが、差し込まれた管を通るようになっているのだろう。時折、気が遠くなる事もあるのでもしかしたら血液を採られているのかも知れないと言う気がする……その意味する所には、ついぞ気が付く事は無かったけれど。

 そうして、一体何日が過ぎたと言うのか。

 ある日、唯一の自由を許された片目には普段ならば、薄暗いよく見えない壁があるだけだった。鉄格子が嵌められているので牢だろうと判る程度の……でも、そこに一人の人物がいる。耳も塞がれているので何を言っているのか聞こえないけれど、がんがんと叩く鉄格子を見て開けてくれと叫んでいるのだろう。

 すでに、誰一人呼ぶ者のない異なる世界から現れた存在……「来訪者」

 薄汚れた、そして頬のコケ具合から相当な重労働を強いられているのだろうと言うのが近距離から見れば判るかも知れない。でも、リーディウスは片目しか見る事が出来ないのでそこまで見えない。ただ、目の前に大事だと思っていた愛おしいと思って「いた」人物がいるのを見ただけだ。


 そう、「愛」していると思っていた。


 何を言っているのか判らないけれど、恐らく構わないのだろう。

 身動きが出来ない、一言もしゃべる事が出来ない人形の様な自分を相手に何かを言っている……聞こえない程度でちょうど良いのだろう。憤懣(ふんまん)やるせないと言う感じで、ただただ暴れるかの様に見える。


 最初、彼は拾った女の子と意思疎通が出来なくて困惑した。

 王子と言う立場に押しつぶされる日々、妻となった女性は一部を除けば下級貴族から母である王妃や姉である王女達にまで褒められる幼い頃から定められた才女。その才能から近隣諸国からも引く手あまたと言うのだから、いっそ彼女を理由に戦争が長引いたのではないだろうかと思った事もある。出会い頭に挨拶もしないで「彼女を嫁にしないなら寄越せ」と言われてうんざりしたのは……毎度の事ではある。

 国王から土地を預かる領主、その領主から土地と領民を預かっている貴族。

 婚約者である彼女は侯爵家令嬢、本来ならば直接王から土地を預かるのは公爵家で無ければならない筈だが初代が移民だった彼女の先祖は功績により国王から直轄地の一部と事情から領地を下賜された。税金こそ払わなければならないし、流石に国家反逆罪でもすれば領地を返上しなければならないが、かと言って定められた税を納めて居れば小さな王国と言っても良い……他の領地は基本、国からの査察が入る様になっている。

 だと言うのに、公爵家が納める領地からは問題点がごろんごろん馬鹿みたいに出ると言うのに侯爵家から出る問題と言えば些細と言って良い程度だろう……侯爵は幾度となく様々な貴族から領地運営について話を聞かれるそうだが、概ね笑顔でごまかされていると言う評判だ。

 実際の所を婚約者たる彼女の目から見て聞いてみれば基本は身分の中で実力主義を重用し、それなりに功績があれば褒美を出す。お互いで監視しあっている状態なので無体な真似は起こさない……これは人道的な問題からではなく、問題が起きた時に対処するのが面倒だと言う別の理由があるからだが、それを差し引いても躍進(やくしん)的な政治手腕と取れなくもない。まさしく、成り上がったからこそ出来る手法で他の貴族には認識から変えなければならない難しい方法だと言われた事があった。

 それでも、侯爵家がその手法を取り入れたのは先祖からの教えであると言う事と直轄地をいただいた為に他の領地と異なり国から受けている援助が少ない事からの苦肉の策でもあるのだそうだ。他の領地には基本常駐している騎士団だが、国境付近まで行かなければ騎士団の屯所はない。自警団的な独自な騎士団を用いる事で自領を治めている……ただし、毎年ある程度の才能を持った子供は王都や近隣の領地へ文官や武官を目指して出さなければならないので、なかなかうまくいかない事もあるのだそうだ。

 王子である自分よりも多くの事を学び、それを実践していた当時婚約者だった彼女……小さな失敗を積み重ね、それを努力で補っているのだと弟から母から言われても決まっている将来に対して何一つ希望は無かった。でも、絶望も無かった事を知らなかった。

 定められた年齢となり、王太子ではないのだからと控え目に。けれど国として戦争が冷結した……国民には終結したと告げてあげられた結婚式に何の感情も無かった。妻となった彼女は完璧なまでに優雅な微笑を湛えており、まるで人形の様だ。冷たい氷の人形の様だと思った事は遠い昔の話ではない。それが王族として貴族として必要な事だとは覚えている筈ではあったけれど、その時は好意的に感じる事が何一つ無かった。

 結婚式が終わって、ただでさえ忙しい最中に自分こそ忙しいのだと言って彼女に自分が拾った筈の少女を丸投げして、そうして忘れた頃。

 最低限の貴族の前に出られるだけの教育をしたと言う彼女が引き合わせたのは……他の貴族女性の古いドレスを無邪気に喜ぶ幼い子供の姿……後に彼女の居た世界の3012年東邦と言う場所では子ども扱いをするのが失礼だと言われて困惑した。恐らく、彼以上に困惑したのは妻だったのだろう。そんな個人的な話を初めて聞いたのかも知れないが、困惑の方が大きくて妻の戸惑いなど気にもならなかった。逆に、これで最低限貴族の前に出せる教育をしたのでは無かったのかと、幼子が休む為に姿を消した後で(なじ)ったくらいだった。

 忘れていたのだ、幼くても女は女。

 ましてや、市井にあった……「来訪者」である彼女、愛海(マイミー)は見掛けによらず強かで(たくま)しいのだと告げた人も居たくらいだ。当時は耳を貸さずに一笑に付したのが妻に対するあてつけではないなどと、当時は思いもしなかったが。


 知らない世界の事を、舌っ足らずな言い方をする姿を可愛らしいと思った。

 短い言葉で簡単に済ませようとするから、言い回しがおかしくても微笑んでいられた。

 妻の取り巻きだと思った貴族の令嬢や父親が利用価値があるのか見定める目で見つめるのが、許せないと思った。


 ああ、でも。

 それさえも。


 この世界は不便だと機嫌を悪くすれば、ドレスや宝石を送って機嫌を取った。

 侍女達が苛めるのだと言えば、その侍女はすぐに移動させた……流石に王城の解任権限を王子の身分では持っていなかったので配置換えがせいぜいだった。それでも、配置換えをされれば侍女も己の言動が相応しくない事に気付いただろうと思って正直には言わなかったが、要は視界に入らなければ良いのだ。実際、その後は会う事も無かったらしくて同じ不満は聞かなった。

 一人で眠るのが怖いから一緒に寝るのだと言い張って、護衛の騎士と喧嘩をしていれば部屋に招き入れたりもした。


 そんな事をすれば、どうなるかなど考えるまでもなく理解しなければならなかったのに。

 寝取られた新妻として妻は可哀想な者を見る目で見られた、けれど女など男にとっては政略の道具なのでそこまで酷い事にはならなかったのだろう。それでも凛とした(たたず)まいを見せる姿に天晴(あっぱれ)と国王夫妻や他の王子夫婦や臣下に下った身内が褒め上げ、ついでとばかりに心の広さを評価されていた……それでも、同情する声は後を絶たなかった。本気で同情しているのか王子妃と言う地位の為に悪意ある噂を流す事が出来なかったのか、今でも判らない。

 結婚したばかりの新婚の夫婦でありながら、いかに政略結婚とは言え新妻を放置する姿は……流石に、王子と言う立場のおかげで正面切って言って来る者もなく平穏と言えば平穏な日々。それでも、何かもの言いたげな視線は(わずら)わしいと感じたし遠まわしに方々から「あんな素晴らしい新妻を持って殿下はお幸せそうですね」と言われる日々に一度「下げ渡しを望むのか?」と言ってしまい非常に面倒になった事がある……主に、希望者殺到で「冗談だ」と言っても信用されなくて断るのに四苦八苦したので。

 当時は都合が良いと思っていたが、その新婚夫妻の中を切り裂くかの様な無邪気な「来訪者」については……王子の後見があるからと表立って言う者は滅多に居なかった。僅かに上級貴族の中で噂になる程度で、茶会や夜会に招かれる事もなかったのは国王の許可が出なかった英断である。それでも一人退屈な時間を過ごしているだろう事を思って度々公務を抜け出して様子を見に行く事で評判を落とし、そうして白い目で見られる事を哀れと思って足しげく通うと言う悪循環が生じた。


 そんな日々が続いたおり、契機が訪れた。

 王子妃懐妊が、当の本人の口から紡がれたのである。

 当時、人払いがされていた。夫婦だけで話がしたいから時間を作って欲しいと言われ……「彼女」の元へ足しげく通っている事を言われるのかとうんざりした。そんな事は一度だって、言われた事が無かったにも関わらず。

 うんざりした表情を隠しもしない王子に向かって、王子妃は内心を探らせない微笑を浮かべながら「懐妊致しました」と告げた。それも、すでに安定期に入っているのだと。

 王子は、王子妃に。己の妻に向かって「だから何だ」と「誰の子だ」とせせら笑った。

 王子妃は、王子に。己の夫に向かって「自覚をお持ちください」と「誰の子だと言うのでしょう」と変わらぬ笑みを浮かべた。

 いかに男であっても王子だって人体構造的な知識や妊娠と言った知識が全くないわけではない、だから王子妃が安定期に入るまで王子本人に告げなかった理由も思い当らなかったし、それまでどんな状況だったのかと言った情報も積極的に知りたいと思わなかった。だから、報告書で王子妃の様子に変化があったと言う事は些細な事として記憶に留めなかった。


 本当は、もっと早くに妊娠している事に気付いている筈だったのに。

 妻が夫に、安定期に入るまで告げなかったと言う意味を。


 夫は、本人は否定するだろうが妻を恐れ逃げた。妻と言う現実から逃避した。

 妻は、特に何もしなかった。何もしない事が最も恐ろしいのだと言う事を知っているのかいないのかは不明だが、とにかく妻は何もしなかった。

 夫にとって妻は現実の象徴であり、王子にとって「来訪者」は逃亡と言う意味で救いの象徴だったのだろう。

お金があれば退屈を免れる為に求めるだろう、刺激を。

お金が無ければお金がないなりに模索するだろう、生きる為に。

生活に不安が無ければ、遊戯に乗り出すだろう。たまにやんちゃになる人もいるだろう。

生活に困窮するのならば、少しでも楽に生き残る方法を探すだろう、その方法が正しいかどうかは別として。


だけど、本当に生きる事に満足している人は何かを考える必要はあると思うかい?

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