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母 -はは-

作者: 本栖川かおる

 母強しとは良く言ったもの。実際、少々の病気でも炊事や洗濯、子供の送り迎えなどやってしまう。大人になって子供を授かった今だからこそ、母の偉大さを痛感する。


「お母さん、お腹減ったあ……」

 小学校から帰った娘が言った。

「もう少しでご飯にするから、少しだけ我慢しなさい」

 こんなやり取りを今まで何回やってきただろうか。


 うちの父は仕事人間だった。朝早く仕事に行き、夜遅く帰ってくる。休日も家にいることは稀で、仕事行ったりゴルフ行ったり、父と一緒に遊んだ記憶など殆どない。その代わり、母が傍にいてくれた。

「お母さん、それ本物じゃないよ」

 娘が幼稚園児だったころ、テーブルの上に置かれた板チョコの包装紙を剥いたときのことだ。ミルクチョコレートと書かれた紙は本物だし、銀紙だって綺麗に包んである。見た目はスーパーで売っている板チョコだった。

「そうなの?」

 なんでも、幼稚園の授業で商品の売り買いを勉強したらしく、その教材として保育士が本物の包装紙を使って作ったものらしい。

 そう言えば同じことを幼稚園でやった記憶が蘇る。そして、母と同じことをしてしまった自分に気が付いた。あのとき私は、触ればわかるのに……と心の中で笑ったのだった。


 ソファーに横になって、テーブルにある厚焼き煎餅を頬張る姿をテレビでみるときがあるけれども、そんなことって出来るのだろうか。

 朝、早く起きて子供のお弁当を作り送り出す。洗濯機に衣類を詰め込みスイッチを押し、朝食の洗い物を始め片付いたら掃除機。それが終わったら、“ぴーぴー”と鳴く洗濯物を外に干して、加齢を感じさせる顔に色々なものを塗りこみ隠し、パートに出かける。

 子供が帰ってくるギリギリまで働き、夕食の食材を買って帰宅。すぐに夕食の準備をし食べさせる。“ふーっ”と息をついたのも束の間、旦那が帰ってきてまた台所へ。このどこに煎餅を頬張り横になる時間があるというのだ。

 そう言えば、母も同じようにいつもセカセカと動いていたように思える。三六五日休んでいる姿を見たことがない気がした。そんな母に無理難題を言って良く困らせたものだ。今だから言える言葉なのかもしれないけれど。


 私が東京に就職して一人暮らしを始めたときの話。田舎に飽き飽きしていた私は早く家を出たかった。この田舎から東京までは三時間。それほど遠くではなかったけれど、実際電車に揺られてみると三時間と言う時間は長い。

 就職して数ヶ月が経ったときに、電気の点いていないアパートに帰った私の鼻を擽るものがあった。コンロの上に置かれた鍋が懐かしかった。

 蓋を開けてみると、これ何日分あるんだろうと思える量のカレーライスだった。ここで作った形跡はない。カレーの匂いを周りに撒き散らしながら、三時間揺られてここまで持って来たのだとわかった。

 ここで作れば良いのにと思ったけれど、実家で料理など殆どしたことがない私は、この家に調理器具などないかもしれないし、近くに食材を買う店がないかもしれないと思っての母の行動なのだろう。調理器具はそれなりにあったが、実際のところ冷蔵庫は空に等しかった。

 このときは、そんなことをしなくても良いのに。と思って可笑しくなったけれど、今、自分の娘が同じ状況だとしたら、ちゃんと食べているのか、栄養は足りているのか心配になって、母と同じことをしているかもしれないと思う。


 そう言えば、五月二週目の日曜日は母の日だなあ。と、ふとカレンダーを見る。旦那も休みだし、娘も連れて帰ってみようか。


「あ、もしもし? お母さん? こんどの日曜日って家にいるかな?……」

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