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半分引きこもり

 夜、会社から戻った真司に愚痴った。有ること無いこと、尾ひれを付けて――。

「……中でも、許せないのはさあ、子供がいない夫婦なんて最低よ、って言われたことね。酷いでしょう。わたしだけじゃなくて、あなたまで最低だって事でしょう? 違う? もう絶対、許せない。子供がいないのだって、そうなりたくってなった訳じゃないわ。休憩時間が終わってさあ、仕事に戻った時、わたし、悔しくって哀しくって、電気スタンド組み立てながら、こっそり泣いちゃったのよ。もう嫌よ、あんなところじゃ働けないわ」

「なら、もうそんなところへ行く必要は無いよ」

 人の良い真司は疑うことを知らない。尾ひれを付けるが上手い彩の言葉を真に受ける。だからこそ結婚したとも言えるが、当の彩は本気で、そう言われたと思い込んでいるから恐ろしい。被害妄想な部分が著しくある。


 翌日、彩は出勤しなかった。一日中、何度も同じ言葉の独り言を呟く。

「ほんと、働くなんて、もうこりごり……」

 家人の誰もが、外に出て働いている。

 だからと言って、家の掃除をしたりすることはいし、食事の仕度をすることもない。コンビニへ行く以外に、階下へ下りることもないし、誰かと話すこともない。一日中、怒りにかまけて何もしないまま、二階の夫婦だけのリビングで過ごした。


 次の日から、何もすることのない生活の日常化が始まる。

 時間の経過が傷ついた心を癒してゆく。一日中、テレビを見て過ごすのは退屈だが、慣れれば平気で、何よりラクである。

 外は怖い。家の中は安全。

 彩は思う。

――これは、もしかしたら、引きこもり? 否、違う。家事はやっている。

 家事、って言っても、せいぜい真司と自分の分、ほんの少しの洗濯をするくらいなのだが。それとて、真司はお風呂場で下着や靴下を脱いだら、すぐ傍の洗濯機へと放り込み、義母が自分たちの物と一緒にやってしまう。だから彩が真司の衣服で洗うのは、部屋で脱いだパジャマとワイシャツくらいの物である。

 お風呂の準備も義母がやっていて、階下から、「早く、お風呂、入りなさーい」と、叫ぶ声を聞き、渋々入るといった具合。

 引きこもりなんかじゃなく、なまくら主婦だとは思わない彩である。

 彩の言葉を借りるなら、やはり半分引きこもりなのか……?


 ***

 

 あれから三年が経つ。

 けれど、子供は愚か妊娠さえしていない。

 彩は近頃よく考える。

 あの時、中絶なんかしたくない、産みたいとも言えなかった。不安ばかりが先立ち、産みたいとさえも思えなかったと。

 それなのに心の中では、義父母に知らせただけだった真司の言動を責める。あの時、義父が言った言葉で真司の頬に浮かんだ安堵の色。彩が忘れようととして忘れられない真司の頬。あれこそが一番許せないのだが……。言ったところでどうなるものでもないことは、結婚生活の間に思い知った。


 たとえ障害があっても、俺たちの子供だ何とかなるさとか――。

 彩が産みたいなら家族で力を合わせよう、そうすれば子供は守れるとか――。

 今、命がある子供は俺たちの子だ、産めよ、彩、とか言ってくれていたらとは思う。だが、言えない上に思えない人、そんな真司に言えだの思えだのと言っても始まらない。

 そうは言っても、たとえ最後には中絶することになったとしても、そんな言葉のひとつやふたつはあって欲しかったと思う。堂々巡りの彩である。

 妊娠したには彩なのだから、もっとしっかりすれば良かったのだろう。今更、身勝手な思いである。だが、そう思っても仕方がない部分が、この家にはある。

 一度、思いの丈を口にしてみたことはある。だが真司に「結局はそうするしか、仕方がなかったんだから同じことじゃない。彩、どうして今頃になってそんなこと言うの?」と逆に訊きかえされた。

 似たような出来事は山ほどある。 

 

 あれから三年経った今も、また障害児だったらと思うと、怖くて妊娠はできない。しっかりと避妊をしている。真司も同意している風で、コンドームを毎回きちんと着けている。そうなったらなったで、子供という言葉がふたりの間から消えて久しい。

 階下の義父母も口には出さない。普段の義父母は口数も少なげで、たまに声が聞こえれば、何かを言い合って口げんかをしている様子。だからなのか時折、義父のどでかい声がする。「さっさと、風呂、入れー!」苛立った声が響く。


 義父は看板屋の職人で、グループの頭である。戸外の仕事でクレーンも扱うからか、身体も大きく声も大きい。気が短いところのある、いわゆる職人気質。彩が結婚する前に亡くなった実家の父は、典型的なサラリーマンで、話す声も穏やかな人だった。比較すれば何から何まで、まったく違うタイプである。

 障害児だということを父に話せば、「そうか、ふたりでよく話し合って決めなさい」と言っただろう。「お父さんたちは、お前たちが決めたことなら、協力するから」とも言ってくれたであろうと、彩は思う。


 大人だけのこの家族、何かが狂っている。会話の中から、肝心な何かが抜け落ちているように感じる。

 真司は不自然だとは思わないらしい。何度か訊いてみたが、「何がおかしいの?」と、逆に訊き返された。そうなると自分だけの思い過ごしなのか、とも思うが、気分は晴れない。モヤモヤ感は拭えない。

 だからせめて、地雷を踏まないように、今日も彩は自堕落に生きる。一つ屋根の下に暮らす人々に恨みを抱きつつ、半分引きこもりのままで……。

 これから先、この家族に幸せは来るのだろうか?

 半分引きこもりの嫁がいる、この家族に……

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