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再起のとき

 年が変わって、春の訪れをあちこちに感じる三月。

 赤ちゃんがダメになってから、もう直ぐ一年になる。いつまでも悲しみに浸ってもおれない。これではいけないと彩も思う。

 一大決心の末、義母に倣って、外に出て働こうと、面接に向かう。

 まだ三十歳にはならない彩は、即日、採用された。


 家から自転車で、三十分の場所にあるその会社は、電気関係の下請け業者である。数ある求人広告の中からその会社を選んだのは、真司が電気関係の会社に勤めるエンジニアだから――。

 それともうひとつは、出来るだけ家から離れたかった。彩が住むこの地域には大手電気会社の工場があり、その下請け会社が結構ある。もう少し近い場所にもあった。

 小物を作るその会社には、こんな時代でも注文が多く入るらしい。小さな会社だが面接に行った際、案内された作業場には、作業員が十数人いるのが見えた。ほとんどが中年過ぎのおんな達のようである。


 初出勤の日、ひとりの先輩おんなに教えられた仕事は、卓上電気スタンドの組み立て。彩にとっては簡単な作業だった。数人が同じ作業にあたるから、完成品が次々と並べられていく。

 午前中の作業が終わり、昼の休憩時間になった。

 親切な先輩おんな数人が、ロッカー室から弁当を持って出てきた彩を取り囲み、食堂へと案内する。

 親切心とお節介、無遠慮がセットになっていることを彩は知らない。若い彩は、その類のおんな達にとって、興味の的なのである。

 無理やり自分の指定する場所に彩を座らせ、自分達はその周りに陣取る。


 外に出ることを義母が喜び、嬉々として作ってくれた弁当を彩は広げた。

 おんな達に遅れながらも一口食べた途端、太った先輩おんなが唐突に訊いた。すでに女を廃業したかと思うほど、齢を重ねた女である。

「彩さん、子供は?」

 彩はギョッとして、顔を上げると、他の廃業おんな達の目が一斉に彩に向けられていた。その手の質問を受けるには、心の傷がまだ癒えてはいない。事の経過など話せる余裕はまだない。うつむき加減に応える。

「はあ、まだ、いませんけど……」


 廃業おんな達は彩の胸の内を知る由もなく、あちこちの口から言葉の矢が飛び出す。

「て、ことは、欲しいとは思っているんだ」

「なら、早く作ったほうが、絶対、良いよ」

「うん、若いうちに、生んだほうが良いわよ」

 彩の心が、ギリギリと軋み音を発するが、廃業おんな達には届くはずも無い。箸を口に運んでは喋るおんな達。

「そうよ、何か、今、高齢出産だと、障害児の可能性が高いとか、何とか、言ってるじゃない」

「そう、だから、早く生んじゃいなさい」

「そうよね、そうしたら、旦那さんも喜ぶし、早く帰ってくるしねえー」

 おんな達は口々に言う。沈む彩の気持ちを益々、海底深くへと沈めるのを楽しむかのように――。


 別の廃業おんなが、彩の顔をとらえる。

「ご両親も孫の抱ける日を、待ちわびてらっしゃるでしょう」

 仕方なく、「ええ、まあ」と返す。その女は強張った彩の顔を見て、ため息混じりに諭す。

「まあ、今の若い人は、子供より、自分達の楽しみを重視するのよね。でも、よくよく考えたほうが良いわよ。悪いことは言わないから」

 周りのおんな達が示し合わせたように、「そうそう」と、頷き合う。


 ほんの少しの間、会話が途切れ、これで終わると思ったが、自分が幾つで初めての子を産んだのとかを、おんな達は言い合った。聞きたくはないが、彩は少しだけ開放された気がした。

 なおもおんな達の話は続く。

 自分たちがいかに、子供に恵まれたかを自慢しあう。少なくとも彩にはそう聞こえた。それが出来の悪い息子、娘の話であったとしても――。

 それは彩にとって、傷口のかさぶたを突き刺すものでしかない。

 弁当の味も何もあったものではなかった。

 そして漸く、彩にとっては気の遠くなるような昼休みが終わった。


 作業中は良い。

 けれど午後の作業には、もう一度、休憩時間があった。

 彩はおんな達から逃れるようにトイレに行った。そして、次の仕事が始まるまで、個室に隠れていた。

――何で、こんなことしなくっちゃいけないの!

 作業中のほうがまだ良い。

 五時半の終業後は、逃げるように職場をあとにした。

 自転車のペダルを漕ぐ彩の頬に、夕暮れの尖った風が突き刺す。

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