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沈鬱のとき

 翌朝、彩はベッドから出なかった。

 思い出しては泣き、泣き疲れてはぼんやりを繰り返して、一日が過ぎていった。

 そしてそれは、次の日も、また次の日も同じで、ひと月が過ぎても変わりがなかった。

 来る日も来る日も、一日のほとんどの時間をベッドで過ごしている。時折、這い出てテレビを点けてみるが、画面の中の喧騒が煩わしく感じられて、直ぐに消す。


 最初の喪失感に加えて、今では罪悪感も首をもたげ、それが彩を責める。

 真司は腫れ物に触るかのように、彩に接している。それがまた疎ましく感じたりもする。真司に責任がないことははっきりしているから、そんな自分が自分でイヤにもなる。

 あれから、義父母とはご飯を一緒に食べていない。始めのうちは体調が良いなら、一緒に食べるようにと真司も勧めた。けれど真司のそんな言葉に対し、背を向ける彩。

 暗く沈んでばかりいる彩を、何とかして元気づけようと真司が言った。「何か欲しい物があれば、買って来てやるよ」

 彩には、渡りに舟であった。それからは、朝、欲しいものを伝えれば、会社の帰りに買ってきてくれるようになった。


 階下の義父母も同じで、彩には何も言わず、義母は彩の分の食事も用意してくれる。真司には何か言っているようなのだが――。

 どうしても一緒には食べられない。一緒に食卓に着くところを想像するだけで、彩は寒気がする。罪を犯したような気持ちになるのが拭えない。それは赤ちゃんを死なせてしまった罪とは違う別の罪。そう、それは健常児を身ごもらなかった罪。

 彩は二つの重罪を背負った気になっている。

 家の嫁として、長男の嫁として、彩は罪の意識に苛まれ続けていた。だから心苦しくて、義父母の顔を見ながら食事をすることができないという、後ろ向きの感情に支配されていた。


 何もしないで、ただ悲嘆にくれているうちに、二ヶ月、三ヶ月と時は過ぎていく。

 真司の話によると、義父も「俺らの娘やと思うているから、何も心配しなくて良い。元気になるまでのんびりしていたら良い」などと言っているらしい――。

 ひとつ屋根の下に暮らしながら、ほとんど階下に彩は下りない。義父母と顔を合わせない。お風呂に入るのも、階下が寝静まってからにしている。だから義父母の様子や言葉は、真司から聞くだけである。

 そんな彩でも、ふと自分の行動に思い至る。

――いつまでもこうしていても、仕方が無いけれど……。

 だが、前向きな考えも、そこで止まってしまう。


 この頃は階下から直接、義母が声を掛ける。「ご飯、出来たわよー」とか、「お風呂、早く、入りなさーい」などと聞こえ、彩も気分の良いときには返事をする。

 そうしてお風呂に入ろうと下りた時、義母に遭った。

「あっ、彩さん、ちょうど良かったわ。私、来週からパートに出るわね。家に居てばかりも、つまらないから……」

「えっ、そうなんですか?」

「前にも行ってたスーパーで、また、働くことに決めたの。だから来週からは、昼間はひとりで留守番してね」

 義母の顔が、ほんの少しだけ楽しげに見えた。


 そして初出勤のその日、下から聞こえる義母の声。

「彩さーん、じゃあ今からパートに行くからね。ちゃんと留守番していてねー。留守番している間は、鍵、開けないようにねー。誰かが来ても、出なくて良いからねー。じゃあ、行って来ますよー」

 小さな子供に留守番をさせているときのような言葉のあと、玄関のドアが開き、そして閉まった。鍵を掛ける音も聞こえる。

 彩は表通りを見通せる窓際に立った。自転車に跨り、パート先へと向かう義母の後ろ姿が見える。背筋を伸ばし、颯爽としているように感じられる。

 羨ましくて眩しい――。

 けれど彩は陰鬱な感情に逆らえず、「フン」と小さく鼻を鳴らした。


 義母は日を追うごとに明るさを増していく。化粧をしているからだけではない。

 彩はと言えば、真司から預かったお金で、コンビニへお菓子を買いに行く。化粧だって、もう長いことしていない――。

 それでも日曜日になれば真司とふたりで、大型ショッピングセンターへ買い物に出かける。

 ふたりが毎週のように行くそのショッピングセンターには、先月の始めに大きなクリスマスツリーが設置された。


 今年も残すところ、2週間ほどで終わろうとしていた。

 だが彩の目には、色とりどりで形も様々な飾り付けであっても空しく映るだけ――。

 ふたりで洋服を選んだり、ふたりで遊ぶゲーム機を買ったりしても、心は大して躍らない。

「今日は夕食を済ませて帰ろうよ」

 ただ、真司のその提案には、惹かれる。階下に気兼ねが要らないからだろう。

「そうね、そうしよう」

 応える彩の声は、その時ばかりは少しだけ弾む。化粧っ気は無く、覇気も感じられない顔付きではあるが……。

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