決断のとき
促されて、彩はティシューの箱を抱え、ふたりで階下へ降りる。
下のリビングでは、義父母が揃って難しい顔つきのまま、バラエティー番組を見ていた。真司の「話がある」という言葉で振り返り、「何だ?」と訝しがりつつ、義父がリモコンでテレビを消した。
リビングと言っても、ソファーがある訳ではない。いわゆる茶の間である。そこに大きな座卓が設えてあり、義父母はそこに向かい合って座っていた。テレビを消すのを見届けた真司は、キッチン側にある食卓テーブルの椅子に腰掛けた。隣に彩が腰掛けると、義父母も移動してきて、食事時のいつもの席に着く。
涙で腫らした顔の彩がティーシューで鼻を押さえている。息子夫婦の一大事である。
「何、どうした?」
義父の言葉を皮切りに、真司が事の次第を話し始めると、ふたりとも血の気が引いた青白い顔になった。時折、義母が、「えー、そんな」と小さく言い、泣いている彩を見ては、目を逸らす。
真司が話し終えると、皆が沈黙し、重苦しくよどんだ空気が漂った。
やがて、その沈黙の闇から、義父が手探りに、ゆっくりと声を出して言い始める。
「育てるのは、大変だろうなあ……。内臓にも障害があるってかあ……。それなのに覚悟って、言ってもなあ……。障害を持っている子を、どうやって、育てるんだ? 大きくなって、苛められでもしたら、かわいそうだしなあ……」
背中を丸め、うつむいたまま、「障害児かあ……」とボソッと言った。
彩は何か罪を犯したような気分になった。その傍らで、「そうか、苛められることもあるのか」と義父の言葉に聞き入る。義父は生まれてくる子の祖父として、孫の不憫さに思いを馳せているのだろう、再度つぶやく。
「そうだと分かっていて、産むことはないか……。苛められでもしたら、かわいそうだしなあ……」
そうやって、義父は独り言を言いながら、真司から聞いた内容を解した。そのあと、暫く考えるふうであった。
家族の間に重苦しい沈黙の時が流れた。
やがて、大きく息をすると、声の調子が変わり、丸めた背中も伸ばして、「子供は、また、出きるか……」と言った。そして思い切ったように言う。
「今回は諦めるか、なあ、真司、彩。子供は、また出来る。きっと出来る」
義父の言葉を待っていたかのように、その言葉を聞いた義母の言葉が続く。
「彩さんもショックだろうけど、生まれてきてからだったら、後戻りはできないのだしねえ、どうあっても育てていかないといけないのだしねえ」
彩は思い出したように涙が溢れるが、義母の言葉に押されるように、義父が力を込めた声が聞こえる。
「苛められでもしたら、かわいそうだ、今回は諦め。なっ、子供は、きっとまた出来る。なっ」
お腹の中にいる自分の赤ちゃんが、望まれない子供であると知り、哀しくて彩は泣いた。障害を持った子供であることが哀しくて涙。普通でないことが哀しくて――。哀しさで涙は、あとからあとから零れる。
本当に罪を犯したような気分だ。ちゃんとした赤ちゃんを身ごもらなかった罪。
隣に座る真司は終始、黙ったまま、一言も言葉を発していない。この恐ろしい決断から逃れたいかのように――。
決断に念を押すように、そして義父が言う。
「子供は、また出来る。それで良いよな、真司」
涙の向こうに、僅かに頷く青白い真司の横顔があった。その頬には微かに、安堵の色が浮かんでいる。 自分ではなく他の者の決断に従う安堵の色。
それを彩はどこか、他人事のように見つめる。