悪魔の歌
――悪魔のような風貌をしたそいつは、もう西の死体を口の手前まで持ってきていた。
「ぁあああああああ!」
滝口は剣を抜き、鬼神のごとくそいつに飛び掛っていった。だが、そいつは難なくそれをかわし、さっき俺達に放った黒い球体を滝口に放った。滝口は後方に吹き飛ばされ、その場でうめいていた。
「邪魔すんなよ。ゴミ虫が」
西が食われそうになっているというのに、俺にはどうしようもできなかった。俺の力のなさをうらんだ。幻想という弱い力を……。
だが、俺はあきらめるわけにはいかなかった。魔力を集中させ幻想を作り出す。俺は幻想で作り出した炎を体に纏わせて、その悪魔の元へと走っていった。
「へえ、千石君は炎の魔法を使うんだ」
そいつはニヤリと笑い西を放り投げると、さっき俺たちを攻撃した黒い球体を手に出現させた。それは、次の瞬間にぐにゃりと変形して剣のような形になった。
やられると思い目を瞑ったが、攻撃がくる気配がない。金属音がして目を開けてみると、そいつと滝口が目にも止まらないスピードで剣を交えていた。
感覚強化の魔法を操る滝口は、その魔力を集中させ、そいつと互角にやりあっていた。
「その退魔の剣厄介だねえ。僕の力でも斬れないなんて……」
「」
黒い剣が折れて、その先端が俺のすぐ目の前に刺さった。
「あらら、斬られちゃったよ」
「お前もたたき斬ってやるよ!」
滝口はそういって斬りかかった。
しかし、滝口が剣を振り下ろした後には何もなく、そいつは西の目の前に立っていた。
「人間風情が死神の上級種に敵うわけないでしょ。でも、さっきので魔力を消費しちゃったからこいつもらうね――」
「止めろーー!」
おれは状況を把握できずに、その中でただ一人呆然としていた。
その光景は「喰う」というより「吸収する」という形に近かった。西の頭を口の中に突っ込み、魔力を吸い出していた。魔力を吸い出された西の死体は、どんどん干からびていき最後に残ったのは灰の山。
吸収し終わると、そいつは滝口に飛び掛っていった。激昂した滝口もまた、そいつに斬りかかっていった。
そのスピードはさっきまでのそれを更に超えていた。しかし、怒りで我を忘れたような滝口が敵う相手ではなかった。
退魔の剣は飛ばされ、そいつの拳が滝口の腹に入る。滝口はその場に倒れこんでしまった。無防備な滝口を持ち上げて、そいつはさっき西を喰ったときのように滝口を食おうとしていた。
その時になってやっと俺は正気を取り戻した。
魔力を集中させて、自分の姿を消した。そして、滝口を救うため、そいつのもとに近寄っていった。だが、集中力が散漫していた俺ではどうすることも出来なかった。
「そんな幻覚じゃあ誰でも気づくよ……。千石君」
そいつの手から黒い剣が出てくる。あの日の夜のようにこいつは俺にその剣を突き立てた。
皆藤純――あの日も、今も、こいつが全ての始まりだった。
そして、俺はまた死を覚悟した。走馬灯のようなものが俺の頭をよぎった。
――母さん、今まで本当にありがとう……。でも、俺もう元の世界には戻れないや。
父さん、勝手にいなくなってごめん。20歳になったら一緒に酒飲むって約束破っちまったな。
学校の皆は今何してんだろ。かったるい授業受けてんだろうな……。俺も皆と一緒に卒業くらいはしたかったな。
詩織……俺は、ずっとお前のこと………。
その時だった。暖かい光が全身を包んだ。それは、何かを語りかけてきているような、どこか懐かしい感じがした。