開戦の歌
オレは今、化け物と対峙している。そして、オレの後ろには気を失ったマイが……。
この怪物は死神だ。人体を変質させて人を襲う者たち。鋭い牙、真っ赤な体、3メートルはあるだろう巨体。まるで人の原型をとどめていない怪物だ
(ヤバイヤバイヤバイヤバイ……)
本能が逃げろ叫んでいる、足がすくむ。だが逃げればマイは確実に……コロサレル――
オレは持っていた短刀を怪物のほうに構えた。しかし、その直後オレは近くの壁に激突していた。一瞬にして怪物に吹き飛ばされたのだ。
嫌な音がして、腕に激痛が走った。腕がおかしな方向に曲がっている。足がすくんで立ち上がれずに、俺は激痛と恐怖に耐えていた。
怪物のほうを見てみると、やつはマイの方にゆっくりと向かっていた。マイを軽々と片腕で持ち上げて、牙をむき出しにしてその大きな口を広げた。
マイヲクウツモリダ――一瞬で血の気が引いた。その一瞬は本当に長く感じた。残虐なイメージが頭をよぎり、気がつくと俺はその怪物のほうに突っ込んでいった。
「ウガァーーーー」
怪物の体中に傷ができていて、もがき苦しんでいる。何が起こったかわからなかった。気がつくと俺とマイは怪物の傍で倒れていた。そして、オレの右手の親指には見たこともないような漆黒の大振りな指輪がはめられていた。不思議な感じがした。その指輪から力は不思議な力があふれていて、オレを包み込んでいるような気がした。腕も何事もなかったかのように元に戻っている。すぐに察した、それは魔道具なのだと――。
まだ呆然としている頭をたたき起こして、指輪に意識を集中させると右腕に信じられないくらいの力がみなぎってきた。とにかく何も考えずに思いっきり怪物の腹をぶん殴った。すると、怪物はふっとんでいき、さっきのオレのように激しく壁にたたきつけられた。その腹は筋肉が食い込み陥没していた。怪物は何かうめいているようだが、もう襲ってくる気配はなかった。とどめとばかりにオレは短剣を手にとってゆっくりと怪物のほうへ歩み寄った。
――なぜこの世界にやって来たのかは覚えていない。一ヶ月前、皆藤に襲われかけたところまでは覚えている。だが、俺は今ここにいる。あたりにはごつごつした岩肌がむき出しになっている荒野しか見えない。人間も、死神も木も草もなにもない。そこで、俺は今戦っていた。
「千石、もっと集中しろ! 修行になんねえだろうが!」
「うっせー、滝口! わかってんだよこの強暴女が!」
「2人とも、そろそろやめたほうが……。」
滝口香奈と西浩平。この二人は幼馴染らしく、俺より1つ年上だ。長い黒髪に整った顔立ちの滝口、西は色黒でごついやつだ。
俺より1年前にこの世界に送り込まれたという二人は、俺にこの世界で生きるための術を教えてくれた。
魔法、大きく分けると2つあるらしい。光の力と闇の力。光の力ってのはまあ魔法使いが使う魔法だな、ド○クエで言うメラとか。闇の力ってのは強化魔法で、ドラク○で言うバイキルトとかだな。まあ属性やら何やらが色々あるらしいんだけど……。この力がなければ、俺たちを襲ってくる死神ってやつらにすぐやられちまう。たった一つの対抗手段ってわけだ。そんなこんなで俺は2人に稽古をつけられているんだ。
それにしても滝口は強暴だ。長い黒髪をたなびかせながら思いっきり大剣で切りつけてきた。闇の力の所持者だってことが十分にわかる……。
俺は攻撃をかわしながら銀色に光る左手の指輪に意識を集中させた。すると俺の周りの空間がゆがみ、俺の姿が消えた。滝口はキョロキョロと俺のことを探している。しかし、何かに気づいたのか大剣を振りかぶった。
――気がつくと日が暮れていて、滝口と西が火をたいていた。
「俺……」
「やっと気づいたかヘタレ。あたしの攻撃もろにくらって気絶してたんだよ。」
「千石君の魔法はずいぶん良くなってきたんだけどね。幻にほとんど歪みはなかったし。香奈がちょっと強すぎるんだよね。」
「一瞬でも隙を作るやつが悪い。気を抜いたらおしまいなんだよ。特にお前の場合は。」
たしかに、俺の魔法の範囲は俺の周囲1メートルしかない。一瞬でも幻が歪めば簡単に場所を特定されてしまうのだ。だけど歪みといってもほんの少し、眼を凝らして見ないと絶対に認識できない程のレベルには到達しているはずだ。お前は動物かなんかだろ、と言いそうになったが殴られそうなのでとりあえずは止めておくことにした。
「そういえば、明日はこの世界の女神様ってのが降臨する日だね。」
珍しく西が沈黙を破った。この情報は、食料調達のために俺が町に幻想魔法を使って忍び込んだときに得た情報だ。
「本当か、浩平? 女神様なんだったらあたしたちもとの世界に帰してくれるんじゃねえか? その女神様とやらを探しにいこうぜ!」
こちらも、珍しくキラキラした目をしながら滝口が食いついてきた。
「う~ん、でも千年に一回しか現れないらしいし、伝説かも……。下手に動くとまた死神たちに襲われるかもしれないよ?」
「伝説だって賭ける価値はあるだろ! 元の世界に帰りたくねえのかよ!?」
西は困ったという顔で俺のほうを見てきた。俺に振るなよ……。その横で滝口が「行くよな?」と無言の圧力をかけてきている。お前もか……。
結局、この夜は2人の言い争いが続き、滝口が押し切って西に無理やり承認させた。まあ、滝口が何をしたかは言わないでおこう。でもこれだけ言っておく。ホント強暴女だ。
えっと三話目です。ここまではある程度出来上がっていたのでスムーズに更新してこれました。
いや~改めてみると展開おかしいですね、お恥ずかしい(汗)
ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。次回からはもっと物語を動かしていこうと思っております。よかったら次回からも読んでいただけると幸いです。では、また次回。