降臨の歌
太陽がまぶしい。オレが目覚めるともう昼前だった。
今日は女神が千年ぶりに降臨するらしい。まあそんなことはどうでもいいんだ。今日はオレがこの町に来た記念日なので、町の皆がパーティーを開こうというのだ。
この町は好きだ。記憶がない得体の知れないオレを受け入れてくれて住む家まで用意してくれた。
「あと5分……」
そう、パーティーの開始時刻の10分前。パーティーが開かれるのはこの町のはずれの集会場。全力で走っても20分はかかる。
急いで支度をして家を出た。ヨーロッパの町並みだっけ? 異界の住人が伝えた建築物が立ち並ぶ。この町に来たときから思っていたのだが、なんだか昔から知っていた気がする。まあ、オレが前に住んでいたところもこんなところだろうだろうから当然なのだが……。そんなことを考えながら全力で走った。
会場についた時にはもうパーティーは始まっていた。門を開け会場に入ると、そこにはマイが立っていた。しかもオレのことを睨んでいた。
「お・そ・い・よ」
「ご…ごめんなさい……」
マイは腕につけた魔道具を鳴らしてオレの眼前に指を突き立ててきた。魔道具――異世界の住人である証――災いをもたらすともいわれているが、この町の住人はそんなことも気にせずにマイのことを受け入れた。本当にいい人たちだなあ~。
「ちょっと! 聞いてるの!?」
マイが今にも泣きそうな顔でこっちを見ていた。どうやら説教をしていたようだが、会場のいつもと違った雰囲気に見とれていたオレには一言も耳に入ってこなかったようだ。
「あ~うん……皆楽しそうだしオレらも参加しようぜ!」
「ちょっとバカシン! 待ちなさい!」
マイを無視してオレは皆がワイワイ盛り上がっているところに次々に顔を出して、挨拶に回った。千年ぶりに女神様が降臨するというのに、結構な人数が集まっていた。参加できなかった人からも伝言として多くのお祝いの言葉をもらった。
(おい、聞いたかよ? また"死神"ってやつが出てきたらしいぜ……)
(ええ、しかも襲われたのって隣の町なんでしょ? 魔法を使うらしいわ……)
魔法、魔道具の力を引き出すことによって生まれるエネルギーの塊。オレも使えるもんなら使ってみたい。だが、この力がこういうことに使われるから異世界人は忌み嫌われるのだ。
マイがこっちに手をふっているのに気づいた。さっきまで泣きそうだったマイは、デザートで機嫌を直したようでニコニコととてもうれしそうだった。
その時だった。真昼間なのに外が急に暗くなった。と思った瞬間、轟音が鳴り響き地面が激しく上下にゆれた。テーブルの上にあるものの多くは地面に落ちて、窓ガラスは激しく割れた。立っているのもままならずに、オレはその場に座り込んでしまった。やがて揺れがおさまると、外が騒がしくなってきた。
「怖いよ、シン……」
いつのまにかマイが寄ってきて震えながらオレの腕にしがみついていた。オレは怯えるマイにそこで待っているように言って、様子を見に外へ出た。
そこで俺が見たのは、たった一人の少女だった。奇妙な格好をしていた。マイがこの町に来たときと同じような格好だった。そして背中には大きくて、なのに重さを感じさせないような神々しい翼が輝いていた。
「我が名はアルテミス……変革はもう始まっている……」
そういうと、アルテミスと名乗るその少女は翼を大きく羽ばたかせた。すると、竜巻が巻き起こりあたりにあったものを吹き飛ばした。竜巻はすぐに消え、その場には少女の姿は見えなかった。
アルテミス、千年に一度降臨するといわれる女神の名前。しかし、オレは彼女のことをどこかで見たことのある気がした。
その日、パーティーどころではなくなり、町の修復作業が開始された。女神の降り立った場所の周辺はクレーターのようになっていた。幸いなことにそこに人はいなかったので怪我人は出なかったらしいが、オレの女神に対する怒りがおさまる気配はなかった。
「よかったね~、誰も怪我しなかったんだって。女神様ってそういうのもちゃんと考えてたんだよね」
「んなわけあるかよ。あいつは人が怪我しようが死のうがしったこっちゃねえんだ」
「でも……」
「うるせえな! あいつは最低の糞野郎なんだよ!」
女神への苛立ちから怒鳴ると、マイは黙りこくってしまった。よく見えなかったが、泣いていたんだと思う。
その日家に帰ると、マイに八つ当たりしてしまったことをひどく後悔した。いつまでも眠れずに窓の外を見ていた。
――いつの間にか俺は寝ていたようだ。外で何か聞こえる。何だこの音は? 悲鳴!?
あわてて外を見ると町の中心部が燃えていた。そして、傷だらけのマイの姿が見えた。