始まりの歌
――雨が降りしきる中、俺は今ナイフを突きつけられている。人生最大のピンチが今まさに訪れている
久しぶりに制服をきて登校すると、学校は文化祭ムード一色だった。何だか教室に入りにくくボーッと教室の前にたたずんでいた。なんせ一カ月ぶりの学校だ。教室の前でボーッとしていると後ろから急に声をかけられた。
「おっはよ~、和樹!退院おめでとう!」
ビクッとして振り向くと、そこには昔から見慣れていた綺麗な栗色の髪と幼さが残る顔があった。綾瀬詩織、俺ん家のお隣さんだ。こいつとは小学2年生のときに知り合って以来9年間ずっと同じクラスだ
腐れ縁の幼馴染というわけだ。
「いきなり大声だすなよ!ビックリしただろ!それと、俺のことはお兄ちゃんって呼びなさい!」
バカみたいなことを言ってしまったが、詩織はかなり可愛い部類だ。しかもロリ顔、冗談でも言わない方が失礼だろう。
「うぅ…、ごめんなさいお兄ちゃん…」
本当に言いやがった。
「いや、お兄ちゃんは冗…「じゃあ私委員会の仕事あるから。後でね、お兄ちゃん」」
詩織はニヤニヤしながらそう言って、生徒会室の方へと走って行った。
アホの詩織のおかげで緊張が解けた俺は、教室に入ることができた。皆全然変わっていなくて、おれの退院を祝福してくれた。しかし、ただ一人皆藤純の姿がどこにも見えなかった。鞄はあるから学校にきてはいるんだろうが、誰もあいつの行方を知らなかった。
おれが知っているすごい優等生だった皆藤純は、あまり学校に顔を出していないらしい。最近では不良グループを次々に潰して回っているようだ。しかも相当数の不良を病院送りにしているという噂まである。
その日は明日の文化祭の準備日だったため、夜の8時まで学校で作業をしていたが、一度も皆藤純の姿を見ることはなかった。
「本当にどうしちまったんだろうな皆藤のやつ……」
家が隣同士の俺と詩織はいつもどうり一緒に帰路についていた。
「和樹が入院した次の日からだよ……死神が何とかって言ってて……」
"死神"そんなものはいるはずがない。人間っていうのは死神様に魂狩られて死ぬわけじゃない。病気とか怪我そういうのが原因で死ぬんだから。
「死神?おいおい、あいつ変な宗教に入っちまったんじゃねえの?」
「そうかもしれないね……でも…」
「でも?」
「ううん、何でもないよ…」
詩織はそう言うと黙りこくってしまった。気まずい沈黙だ。
家の前までくると詩織がさみしそうな声で「ありがとう、さよなら」と言った気がした。空耳だと思ったが…。
家に着くとすぐ風呂に入った。もう9月の半ばだとはいえ残暑がきつい。すぐ汗をかいてしまうので気持ち悪くていてもたってもいられない。風呂の中で考え事をしていたせいか、1時間も湯船に使っていたらしくのぼせてしまった。
風呂を上がると自室で雑誌を読んでいた。しかし、詩織との別れ際に聞こえた空耳?が頭から離れずに雑誌を読んでいるといってもただ開いているような状態だった。
突然木片でも飛んできたのか窓に何かがぶつかった音がした。結構大きい音だったのだが最初は気にしなかった。しかし、3回4回と繰り返されると気になってくるもんだ。窓のほうに行き、何事かと思ってカーテンに手をかけた。
その時、勢いよく窓ガラスが割れる音がして破片が部屋中に飛び散った。その衝撃からか、蛍光灯はやられたようで部屋が暗闇に包まれた。そして、何者かが俺の喉元にナイフを突きつけていた。暗闇の中でさえわかる充血してしまっている眼、返り血も見える。すぐには誰だかわからなかった。しかし、一瞬雲の切れ間から月の光が差し込み、その人物の正体をあらわにした。
薄ら笑いを浮かべ、そこに立っていたのは皆藤純だった。