第31話 思い出
――男爵領からの帰還途中の野営地。
「シビック。良かったらどうぞ」
「ありがとうございます」
カナン男爵家での滞在を終え、俺達はペイレス領へと帰還する。
その際中も、グレイへの訓練は続けていた訳だが……グレイへの指導を終えて焚火の前にでしゃがみ込んでいると、セーヌがココアの入ったカップを持ってきてくれた。
気遣いは嬉しいのだが、他の騎士達からすれば、俺が彼女に特別扱いされるのはきっと面白くない筈。
誠心誠意仕えている自分達より、外様の人間を優遇されて喜ぶ人間はいないからな。
空気が悪くなる事請け合いである。
まあセーヌも別に、ペイレス家に仕える騎士達を軽んじている訳ではないんだとは思う。
多分、俺が元貴族であるという部分が大きく影響してしまっているのだろう。
要は、無意識的に俺を貴族として扱ってしまっているのだ。
だから俺に対する態度が、護衛にする様な物でないと気づけずにいるに違いない。
因みに、カローナ夫人の快癒とそれに俺が関わった事は周囲には伏せて貰っていた。
まあセーヌ達、一部の人間は知っているが。
何故か?
俺の【ズル】とペシアスのコンボで病気が治せるなんて情報が広がりでもしたら、モテモテになってしまうからだ。
主に、権力者連中に。
なにせエリクサー相当の効果な訳だからな。
だがそれは余りにも宜しくなかった。
目立てば変な連中に狙われる可能性が上がるし、貴族達の注目の的になればグンランの反感を買いかねないからだ。
コンボ効果で多くの命が救える可能性はあるが、争いの種になると分かっている以上、伏せさせてもらう。
俺は他人のために自分の全てを犠牲に出来る様な、聖人君子じゃないからな。
まあ伏せられるかどうかは、カナン男爵家やペイレス伯爵家次第の所はあるが……その両家に取って俺は恩人に当たるので、大丈夫だとは思うけど。
「横、いいですか?」
「どうぞ」
セーヌが横に座っていいかと聞いて来たので、俺はマントを彼女の足下に敷いてやる。
貴族令嬢を地べたに座らせる訳には行かないからな。
「ありがとうございます」
セーヌが俺の横に座る。
焚火の炎を受け、彼女の肩程までの細い金の髪が赤く染まっていた。
その涼し気な青い瞳も、仄かに赤く輝いている。
やっぱ美人だな。
気品あふれる美しいその横顔を見て、冗談抜きでそう思う。
昔っから美少女だとは思っていたが、成長して彼女は本当に綺麗になった。
イーグルが惚れてしまうのも、まあ無理もない話である。
「叔母さまの事、ありがとうございます」
セーヌが小声で感謝の言葉を伝えて来たので、俺は黙ってそれに頷いて応えた。
「……」
「……」
「シビックは……私と初めて会った時の事を覚えていますか?」
しばしの沈黙の後、セーヌが口を開く。
少し離れた場所に騎士の姿はあるが、まあ声は届かないだろう。
そう思い、俺はセーヌの問いに溜口で返した。
「んー、確か6年前だったっけか?」
セーヌと初めて会ったのは、俺が13の時だ。
彼女の父親であるケイロニア・ペイレス伯爵が、用事でジョビジョバ家を訪ねて来た際に顔を合わせている。
「実はシビックを初めて見た時、凄く驚いたんですよ」
「驚いた?」
「ええ。長男であるグンランさんと次男のアグライさんは、その前から知っていて……なんていうか、少し怖そうな感じでしたから。それで、シビックに同じ感じの人物像を勝手に抱いていたんです」
「ああ……」
亡くなった父親は強面だった。
次男であるアグライ兄さんはそんな父親に瓜二つで、しかも大男だ。
10歳だったセーヌからすれば、さぞ怖そうに見えた事だろう。
実際は情に厚くて気さくな人なんだけどな……
片や長男のグンランは、どちらかと言えば母親似の美男子だ。
だが彼は人にも自分にも厳しい性格で、その完璧主義な気質のせいか、常に不機嫌なしかめっ面をしていた。
本人が何でもできる天才だったからこそ、それに合わせられない周りにイライラしていたのだと思う。
「でも実際は、凄く優しそうな人だったから」
「ははは。まあ上の二人と比べられたら、大抵の人間が優しそうに見えるさ。グンランなんか、いつもこんな顔をしてるしな」
俺は眉根を顰めて、不機嫌そうな顔を作ってみせる。
グンランの顔真似だ。
「ふふ、似てますね。じゃあ私も」
セーヌが俺を真似て、グンランの真似をしようとする。
が、全然似ていない。
彼女のは不機嫌なしかめっ面というより、どちらかと言えば、困り顔の様な可愛らしい感じである。
「その顔。グンランってよりは、餌を‟待て”されてる子犬みたいだよ」
「ええ!?そ、そうですか?」
「ははは。まあセーヌにしかめっ面は似合わないって事だな」
「もう、シビックったら」
セーヌと他愛ない話を続ける。
まあ共通の想い出なんて殆どないので、内容は主に彼女が普段は何をしているかという感じの話だ。
俺の方は家をでるまで訓練漬けだったから、あんまり話す様な事が無いんだよな。
ふと、それまで笑顔だったセーヌが真剣な表情に変わる。
「あの……シビックは冒険者としてやって行くんですよね」
「ああ」
「だったら、この旅が終わったら……もうあまり会えなくなってしまいますね」
セーヌが寂しそうに俯く。
まあ確かにそうなるだろう。
今の俺と彼女じゃ身分が違うからな。
家の事もあるし、友人として気軽に会う様な真似は出来ない。
それにこの仕事が終わったら、俺は金級昇格の為に王都へ行くつもりだった。
スキルの【ズル】無しでの合格を考えているので、ペイレス領からは長く離れる事になってしまうだろう。
それに、金級になった後戻って来るとも限らない。
其の辺りは状況次第だが、下手をしたらこの護衛任務がセーヌと関わる最後の機会になる可能性まである。
「……」
そう考えると、何とも返事しずらい物があった。
気のきいたセリフでも言えればいいのだが、秘蔵の【ズル】もこういう時には役に立ってくれない。
「正直、寂しいです」
「俺もだよ。けど、まあ仕方がない事さ」
出会いがあれば、別れも又ある。
俺が実家と袂を分かった様に。
「そうですね……」
ちょっとしんみりした雰囲気になってしまい、その後直ぐにセーヌは簡易ハウスへと戻ってしまった。
もし俺がペイレス家の騎士になったなら、もう暫くは一緒に居られるんだろうが……
ま、ありえない選択肢ではあるわな。
拙作をお読みいただきありがとうございます。
『面白い。悪くない』と思われましたら、是非ともブックマークと評価の方をよろしくお願いします。
評価は少し下にスクロールした先にある星マークからになります。




