第30話 マッチョ
カローナさんから合意を得たので、玉を彼女に渡して使って貰うと……
「凄いわ!体から力が溢れて来る!」
その全身から黒いオーラが立ち昇り、カローナさんが目を大きく開いてベッドから飛び起きた。
やせ細ったその体は筋肉がもりもりと膨らみ、かなりゆったり目立った服がぱっつんぱっつんの状態へと変わる。
「……」
マッチョになった奥さんを唖然と眺めるカナン男爵。
そういやマッチョになる事は説明してなかったな。
そりゃおどろくわ。
しかし……
夫婦揃ってマッチョ。
正に似たもの夫婦。
とか馬鹿な事を一瞬考えてしまうが、当然口にはしない。
「あの……夫人、ペシアスは何て言ってます?」
「10分もあれば完治するそうよ」
「おお!治るのか!!」
10分。
10秒で一月ほど寿命が持っていかれるので、10分なら60か月。
つまり5年分の寿命という訳だ。
5年は決して少なくはない。
が、どうせ病気で近いうちに亡くなる身だったのだから、まあ経費としては安い方だろう。
「それにしても血が滾るわ。ちょっと運動してきてもいいかしら?」
マッチョ夫人が、運動したいとか馬鹿な事を言い出す。
ペシアスの力を使うと少し興奮状態になってしまうので、たぶんその影響だろう。
この状況でそれを素で言ってたらドン引きものである。
「回復中に運動すると、余計時間がかかってしまうと思いますので……」
治療中に激しい運動とかして消耗したら、回復するまでの時間が長引いてしまう可能性がある。
そうなると寿命を余計に消耗する事にななりかねない。
ここは我慢して貰わないと。
「ああ、そうよね。私ったら……」
「ふむ……ダンス位なら大丈夫ではないか?」
カナン男爵が、真顔でそんな事を聞いて来る。
正気か?
この人。
「悪魔さんが言うには、少しは体を動かした方がいいらしいわ。じっとしてるより、血行が良くなるから」
「おお、そうか。では一曲」
「うふふ、貴方とこうして踊るのは久しぶりですね」
男爵が手を伸ばすと、奥さんその手をとってベッドから降りる。
どうやら踊る気満々の様だ。
因みに夫人の寝室はかなり広いので、ダンス位は問題なく出来るだけのスペースはあった。
「では、拙いですがわたくしめが……」
男爵が目配せすると、執事が夫人の部屋にあったバイオリンを手に取って演奏し出す。
そしてお互いの手を取り、軽快なフットワークで踊り出すカナン男爵夫妻。
俺は一体何を見せられているのだろうか?
力が正義を標榜するジョビジョバ家も大概普通の貴族の範疇には入らなかったが、カナン男爵家も大概である。
「む、体格は元に戻ってしまうのか」
10分経って【ズル】でペシアスの力を強制終了させると、夫人の体が元のやせ細った物へと変わる。
その姿を見る男爵は心なしか残念そうだ。
「体の方はどうだ」
「ふふ、筋肉は亡くなってしまったけれど絶好調ですわ、あなた。まるで生まれ変わったみたいに」
「おお、そうか」
無事病気は治った様だ。
玉を返して貰い、ペシアスに確認もしたが問題ないとの事。
「シビック、君には感謝しても感謝しきれない」
「ありがとうございます、シビックさん。貴方は私の命の恩人ですわ」
二人が俺に頭を下げる。
「お気になさらずに」
「この礼は必ず」
「期待しておきます」
いやいやそんなお礼だなんて、とかは言わない。
貴族の申し出る正当な謝礼を断るのは、相手に対して失礼に当たるからな。
「では、私はこれで失礼いたします」
そう告げ、俺は夫人の部屋を後にする。
部屋を出る際——
「せっかく元気になったのだから、これからは体を鍛えてはどうだ?」
「うふふ。そうですね」
――という夫婦のやり取りが耳に入ってきた。
なんか……その内、お似合いのマッチョ夫婦になりそうだな。
とかどうでもいい事を考えながら、俺は部屋へと戻るのだった。
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