第4話 隠された感染
夜明け前の皇宮は、静まり返っていた。
薬匣の薄明かりに照らされる棚には、昨日の痕跡と微かな匂いが残る。誰かが急いで通った証だ。私はその気配を感じ取り、今日の依頼に思いを巡らせる。
「莉里、急ぎの案件だ」
蒼川医師が穏やかに告げる。だが、その瞳には緊張の色がある。
「はい、何でしょうか?」
「内廷で感染症の疑いが出た。まだ症状は軽いが、侍女が数名、熱と咳を訴えている。調査してほしい」
私は小さく頷き、侍女たちが集まる部屋へ向かう。途中、阿助が紙束を手にして走ってくる。
「莉里さん、これ……誰かの記録です!」
手にしたのは、昨夜の宮廷内の清掃記録と、食事や薬の配布メモ。小さな異常を示す数字が散らばっている。誰かが意図的に記録を改ざんしているようだ。
部屋に入ると、数人の侍女が咳き込み、顔を赤くして布団にくるまっている。熱は微熱程度だが、体の震えと倦怠感が目立つ。普通の風邪ではない。
私は脈を取り、舌を観察し、微かな痕跡を探す。すると、微量の薬草が混入された水を口にした痕があり、咳のタイミングと一致する。
「……これは感染症を装った毒の可能性があります」
蒼川医師も眉をひそめる。
「誰かが、感染症と偽って侍女たちを操作しているのか……」
阿助が声を潜めて囁く。
「莉里さん、食器や水差しにも微量の痕跡があります。量は少ないですが、影響は確実に出ています」
私はすぐに調合を開始する。微量の薬草で体内の毒を中和し、感染症に見せかけた症状を和らげる。侍女たちは徐々に呼吸が落ち着き、顔色も戻る。
「大丈夫……ゆっくり休めば回復します」
安堵の声が部屋に広がる。だが、違和感は消えない。微量で症状を作り出す手口、記録の改ざん……これは偶然ではない。明確な意図がある。
夜になり、薬匣に戻る。棚の灯りの下で、今日の痕跡を整理する。前回までの毒の痕跡、痙攣事件と今回の感染症疑似事件。
「小さな事件が、線でつながる……」
全ては表向きは別々に見えるが、手口の共通点が確かにある。意図的に人々の体と行動を操り、宮廷の内側を試すような力が働いている。
私は深く息を吸い、心の中で決意する。
――薬は人の命を守るためにある。しかし、それと同時に、宮廷の闇を映す鏡でもある。
小さな薬師の観察眼が、やがて帝都の陰謀を紡ぎ出す。その糸の先には、まだ誰も見ぬ真実が待っているのだ。
棚の薬瓶を眺めながら、私はそっと心に刻む。
「明日も、必ず真実を見つける……」




