第3話 謎の痙攣
薬匣の朝は、昨日の事件の痕跡を静かに残していた。
棚に並ぶ薬瓶の影に、小さな埃や微かな香りの変化――それは、今日も誰かの体に潜む秘密を知らせている。
「莉里、急ぎの依頼だ」
蒼川医師の声が響く。今日の対象は、宮廷内で何度も痙攣を起こす若い侍女だった。前回の毒の痕跡事件とは違い、今回は原因が全く不明だという。
私は深呼吸し、侍女のいる部屋へ向かう。豪華な絨毯や装飾に目を奪われる暇もない。小さな違和感、壁の埃の動き、床の微かな液体――全てが手掛かりになるのだ。
「莉里様……また、体が……」
侍女はベッドで小さく震え、苦しそうに目を閉じる。咳もなく、熱も微熱程度。体表の異常はない。目の奥の光だけが、不調を訴えている。
私は手早く脈を取り、舌と呼吸を観察する。
「……痙攣のタイミングと薬の痕跡に注目します」
棚から乾燥草根と薬粉を取り出し、微量のサンプルを分析する。手に伝わる感触、匂いの違和感、微かな色の偏り――すべてが情報だ。
すると、微かに異質な粒子が見つかった。普通の宮廷薬匣には置かない、珍しい薬粉だ。
「これは……誰かが意図的に、薬を混ぜた痕跡です」
蒼川医師も小さく頷く。
「なるほど、侍女が痙攣を起こすのは自然の病ではないか……」
阿助が廊下から駆け込む。
「莉里さん、これ見てください!」
彼の手には、昨夜の宴で使われた食器番号と、薬の分量を示す走り書きの紙。前回の事件と同じパターンだ。だが今回は、量やタイミングが微妙にずれている。
私は紙と体の状態を照合し、仮説を立てる。
「痙攣は、毒の直接的作用ではなく、体内での反応の結果です。微量で体調を揺らすための仕込み……これは、警告か、それとも試しでしょうか」
侍女に安全な解毒の処方を与えつつ、私は部屋を見渡す。窓際に置かれた茶碗、棚に置かれた香炉、すべてが手掛かりになる。誰かのちょっとした行動が、事件の糸口を握っている。
夜になり、薬匣で今日の調査を整理する。微かな痕跡、匂い、数字――全てを並べて考える。
「小さな事件、でも意味は大きい……」
前回の毒の痕跡事件と今回の痙攣事件。どちらも表面的には別々だが、手口の微妙な一致が気になる。
棚の灯りに照らされながら、私は小さな薬師の直感を信じる。
――この連鎖には、まだ見えない誰かの意図がある。薬は命を救うためにある。しかし、同時に、宮廷の闇を映す鏡にもなるのだ。
小さな手が、今日も静かに真実を紡ぎ出す。
莉里の宮廷での調査は、まだ始まったばかりだ。




