第2話 毒の痕跡
皇宮薬匣の朝は、夜とは違う匂いに満ちている。
薬草の香りと、蜜のような甘い匂いが混ざった独特の匂い。私は深呼吸をして、今日の仕事に集中する。
「莉里、君に頼みたい仕事がある」
蒼川医師が、普段より少し厳しい顔で私を呼んだ。
「はい、何でしょうか?」
「内廷で、貴族の侍女が急に体調を崩したらしい。原因は不明だが、調べて欲しい」
私は小さく頷き、依頼の場所へ向かう。廊下には、宮廷らしい豪華な絨毯が敷かれ、金色の欄干が光る。だが、私はその華やかさよりも、足元の小さな滴や壁の埃に目が行く。情報は、意外な場所に隠されているのだ。
侍女の部屋に入ると、彼女はベッドで薄い布にくるまれて震えていた。咳き込み、顔は赤く、唇はわずかに青い。呼吸も浅い。
「莉里様……」
彼女の声は弱々しい。私はすぐに体温と脈を確認し、咳の原因を考える。単なる風邪ではない。薬の痕跡が、体に残っている。
棚の薬を取り出し、手早く調合を始める。薬草の香りをかぎ分け、微かな異臭を探る。すると、混ざってはいけない草根がわずかに混入されていた。
「……これは、意図的に混ぜられた痕跡です」
蒼川医師も眉をひそめる。
「誰かが、この侍女を害そうとしたのか……?」
その時、阿助が小走りで部屋に入ってきた。
「莉里さん、見てください!」
手にした紙には、昨夜の宮廷の宴で使用された食器の番号と、薬の分量のメモが書かれていた。誰かが薬を操作した証拠だ。
私は紙を確認し、侍女の症状と照合する。
「薬の分量と混入のタイミング、使用者……すべて一致します。これは、事故ではありません。誰かが意図して……」
だが、ここで足止めとなる。犯人はまだ宮廷内にいる。証拠は小さく、目立たない。私が拾える痕跡は、微かな香りや色、数字の並びだけ。だからこそ、観察眼が試される。
私は深く息を吸い、薬を侍女に与える。ゆっくりと、体内で毒を中和するための処方を組み立てる。咳は徐々に落ち着き、顔色も少しずつ戻った。
「大丈夫……少し休めば回復します」
侍女はかすかに微笑む。安心した顔を見ると、胸の奥が温かくなる。
だが、微かな違和感が残る。混入された薬草の香り――普通の薬匣では使わない組み合わせ。誰が、何のために……?
夜になり、薬匣に戻る。棚の灯りの下、私は今日の痕跡を整理する。
「小さな事件……でも、誰かの意図が隠れている」
微かな痕跡から、宮廷全体の陰謀へと繋がる糸を感じる。まだ見えない真実に、私はそっと手を伸ばす。
小さな薬師の仕事は、こうして一歩ずつ、宮廷の闇に迫る。
薬は命を救う。それと同時に、嘘もまた、解かれる運命にある――。




