最後の異世界召喚
魔王を倒す為、此処とは異なる世界の者達が、勇者を召喚する。
そして、魔王を打ち倒す。
そんな、ありふれて、ありふれた お話です。
《魔王の城》
カツンッ
コッ
カツ
コツン、カッ、
カツッ
断続的に、何かがぶつかる音が微かに聞こえている。
「今日は、随分と頑張っているようだな」
玉座に座る存在が、低い声で呟いた。
「はい、数刻前から、対魔法対物理障壁への攻撃が続いてるようです、魔王様」
魔王と呼ばれた存在が、目を細めた。
「この城への長距離攻撃など、全人類種の全魔導士を集めたところで、対魔法対物理障壁はビクともしないだろうに」
魔王の前の重臣達が、頷いた。
「はい、魔王様」
カツ
カツッ、コツン
コッ、
ガツ、ガコン
「ん?」
魔王が顔を上げた。
バキャ!
ゴキッ!
ギャギャギャ!
ゴキャ!
音が変わった。
微かに聞こえていた音が、はっきりと聞こえる。
「これは、いった」
ドガーーーーン!
ズーン!
ボガーンッ!
ガガガガ!
ドガドガドガドガ!
轟音がひびいた。
城が、揺れている。
「どうなってるんだ!?」
「城が直接攻撃されてるのか!?」
魔王の重臣達が叫んだ。
「うろたえるな!」
魔王が一喝する。
そこに、
ドゴーーーン!!
巨大な音とともに、天井が崩れた。
ドチャ!
ビチャ!
天井の大きな穴から、何かが落下して来た。
それを見て、魔王が顔を歪める。
「これは、人間か?」
それは、人間だった。
胴が千切れ、内臓がぶちまけられていた。
顔は潰れ、性別は分からない。
左手が肩から無かった。
何故か、円盤状の丸い薄い物に棒が付いた何かを、右手に握っていた。
円盤状の物には、文字のような物が書かれている。
魔王の従者が、転がった人間の死体に近づいた。
手を翳す。
「魔王様!この人間から、高濃度の魔力の反応があります!」
「何ッ!?まさか奴ら、自分に魔力を纏わせて、この城に突撃してるのか!?」
魔王は玉座から立ち上がった。
「しかし、そもそも、突撃出来る場所まで、この城に近づけるわけが…」
大きな窓を開き、正面を見る。
そこに、敵の姿は無い。
それは、上からやって来ていた。
暗い灰色の雲を突き抜けて、輝く紺碧の物が、いくつもいくつも、この魔王の城に向かって来ている。
百や二百では無い。
数千の輝く光が、紺碧の光を纏った人間が、止まる事無く向かって来る。
それらは、対魔法対物理障壁を破り、城にぶつかる。
城はその衝撃で、少しずつ、確実に破壊されてゆく。
魔王は空を見上げた。
美しかった。
あまりにも、それは美しかった。
数え切れない紺碧の光が、自分に迫って来る。
魔王は心を奪われた。
ドギャ!
《布告》
全人類種の集いは、世界に向けて布告を出した。
『我々、全人類種の集いは、勇者召喚式魔導弾を使い、魔王の城を破壊し、魔王を打ち倒した事を、ここに布告する』
その布告は、瞬く間に全世界に広がった。
全人類種は歓喜した。
《勇者召喚式魔導弾》
強大な戦力を持つ魔王に対しての、全人類種の最後の手段が、勇者召喚だった。
一部の種族にだけ伝わる秘術だ。
異世界から人間を召喚する。
召喚された人間は、この世界とは別の存在であるために、別の可能性を秘めている。
この世界の存在を凌駕する、圧倒的な能力である。
しかし、その能力には色んな種類や段階があるらしい。
戦闘に特化した勇者もいるし、技術職や折衝役が得意な勇者もいる。
ありていに言えば、使い物にならない勇者を召喚する場合もある、と言う事だ。
役立たずの勇者を召喚しても、危機的状況は何も変わらない。
そこで、一部の種族にしか伝わっていない秘術を、全人類種に共有する決断をした。
全人類種が、魔導士達を総動員し、最大の勇者召喚を行う。
質より量の勇者召喚だ。
全人類種より集められた魔導師の数は、上位から下位まで、およそ三十万人。
全人類種の集いの行動は早かった。
勇者召喚の秘術を伝授された者達から順々に、魔王の城の対魔法対物理障壁の外円へと、転移魔法によって送り込まれた。
三日と経たず、魔王の城を三重に囲む魔導師の包囲網が完成した。
すぐに、三十万の魔導師により、勇者召喚の秘術が始まった。
勇者を召喚する。
一人や二人、十人や百人では無い。
全人類種の魔導師を総動員し、練って重ねて凝縮したその秘術は、最大で10万人規模の勇者召喚が出来る能力があった。
召喚する座標は、魔王の城の真上、分厚く横たわった灰色の雲の上空。
それは、一気にやって来た。
勇者達が、召喚され、一斉に雲を突き破り、魔王の城を目指す。
最初の一万で、魔王の城の対魔法対物理障壁に、ヒビを入れ、突破し、無効化した。
次の五千で、魔王の城を半壊させた。
次の一万で、魔王の城は瓦礫と化した。
次の五千で、魔王の城、及びその周辺から、生命反応が無くなった。
さらにそこから、二万の勇者が、魔王の城があった場所に降り注いだ。
その衝撃による土砂の嵐で、視界は閉ざされた。
土砂は上空高く舞い上がり、どす黒い傘のような雲が湧き上がった。
その黒い傘は、半日以上、そこに止まり続けた。
やがて、視界が開けると、魔王の城を中心とした、地形をえぐり取った、超巨大な丸い窪みが出来ていた。
《全人類種の集い》
簡易な鎧を身につけた男が、部屋の中に入って来た。
男は、簡易な鎧でありながら、歴戦の戦士の風格があった。
鎧の男は部屋を見回す。
広い部屋には、いくつもの椅子が無秩序にあった。
二十三脚──。
その内、十九脚の椅子が使われていた。
三人が壁際に立ち、背中に壁をあずけている。
一人は床に腰を下ろしていた。
部屋の中の者達は、姿が様々だった。
背の低い毛深い者。
獣の顔をした者。
爬虫類の顔をした者。
金髪で耳の長い者。
背が高くやせ細った者。
全身に鱗がある者。
バラバラの見た目をしている。
「皆さん」
鎧の男が声を上げた。
部屋の者達が、鎧の男に視線を送る。
「四つ前の朝に行った、我々、全人類種の集いの最終兵器である、勇者召喚式魔導弾は、完全に魔王の城を破壊しました」
数人が頷いた。
「これによって、我々、全人類種の共存関係は、新たな段階に入りました」
鎧の男は、一番近くにの椅子に座っていた男に顔を向けた。
禿頭で、長い白髭をたくわえた老人だ。
老人は、ゆっくり立ち上がった。
鎧の男と交代し、部屋の中の者達と対峙した。
「皆の者!」
痩せた皺だらけの老人とは思えぬ、太くはっきりとした声が部屋中に響きわたる。
「人類種の一部に伝わる、勇者召還の儀式は、全人類種が知る事になった」
老人は、部屋を見回した。
「魔王の脅威が無くなり、この全人類種の集いが解散した後、我々の中で紛争が起こり、人類種同士で争いになった時、どこかの勢力が、この勇者召喚式魔導弾を使用する可能性があると言う事だ!」
語気が荒くなった。
「よいか!もし、そんな事になったら、紛争に関わってない全勢力が、全力を持って、同じ事を行うだろう!そうなれば、間違いなく、魔王の脅威以上に、全人類種は滅亡に近づく!」
老人は、大きく息を吸い、ゆっくり吐いた。
「だから」
落ち着いた声に戻った。
「だから、あれは、此度の魔王との最終決戦が最後だ、それで、魔王の軍勢を根絶やしにする」
老人が、鎧の男に顔を向け、一度頷いた。
そして、元の自分の椅子へと戻り、深く腰を下ろした。
再び、鎧の男は、全員の前に立った。
「それでは、今後の予定をお話します」
部屋の者達が、鎧の男に意識を向けた。
「現在、魔王軍の残党が、砦へと集まっています、流石に、まだまだ、混乱しているようです、そして、砦に残党が集結する頃合いを見計らって、勇者召喚式魔導弾の第二撃を放ちます」
おお、と、数人が声を漏らした。
「第二撃は、初回の四割ほどの規模になる予想ですが、魔王も四天王も十二魔獣も百鬼隊もいない残党のみ、確実に砦ごと消滅させる事が出来るでしょう」
鎧の男は姿勢を正した。
「全人類種が未来を生きる為の、最後の勇者召喚になるでしょう」
《最後の勇者召喚》
巨大なアリーナ会場は、数えきれない光で埋め尽くされている。
1万本を超えるペンライト。
たくさんの赤い光が、燃えるように揺れている。
その中で、1人の女性がマイクを握りしめ、高らかに歌っていた。
歌声は、会場を、1万を超える人の心を震わせる。
歌が終わり、女性が両手をあげて客席を煽る。
バンドメンバーも、それに合わせて各々の楽器をかき鳴らす。
ラストのジャンプの為に、女性が少し膝を曲げ、腰を下ろした。
その時!
アリーナ会場の空中に、突如、白く輝く光球が現れた!
バンドメンバーも、女性も、客達も、キメのタイミングが外され、その光球から目を離せない。
光球は徐々に大きくなり、パン!っと会場中に広がった。
アリーナの中が、眩い白い光になった。
「すげぇ演出!まるで異世界召喚だ!!」
誰かが叫んだ。
『最後の異世界召喚』終わり