964 *ヤルゴ* 下
桟橋が終われば船作りだ。
チェレミー様がご希望した船は細い船だ。一人用と二人用の船で、櫂を使うものだ。
わたしは王都生まれで、ジーヌ公爵領に来たのは五年前。それでも船を見る機会は結構あった。だから異質な船なのはわかった。
「漁をする船とは違うのだな」
船大工の者に尋ねてみた。
「ええ。おそらく移動用ですな」
チェレミー様から渡された小さな船を見て、船大工はそう答えた。
「見本ながら見事なものだな。この曲線、どう出しているんだ? 湯圧か? にしては木目の長さが不可思議だ」
「魔法だろう、お貴族様なんだから」
「なるほど。魔法で木を曲げているのか。おれたちも魔法が使えたらな」
船大工たちはチェレミー様から渡された見本に顔を突き詰めていたが、魔法を使わなくとも技術はあるようですぐに一艘作り上げた。
ご祝儀効果か、船大工のやる気は凄まじいものだ。徹夜で試作を作り出してしまった。
「一日で作れるものなのだな」
「旦那、さすがに一から作ったら五日はかかりますよ。作っておいたものを使用したからできたんですよ」
「無理をしなくてもいいんだぞ。チェレミー様も急ぐ必要はないとおっしゃっておるのだからな」
「なに、あの方は職人を大切にしてくださる。そんなお方なら喜んで無理しますよ」
船大工の心をつかむようなことがあったか?
「この見本ですよ。作りが丁寧だ。あのご令嬢様は、これを作る職人を抱えているってことだ。公爵様もおれらを大切にしてくださるが、あのご令嬢様は、職人を尊敬してくれている。職人の作ったものを雑に扱う者はおれたちのことをわかっちゃいねー。昨日もおれたちの道具を見て、よく手入れされていることに感心していた。あれは日頃から職人を見ているいい証拠だ」
そういうものなのか? わたしにはさっぱりだが。
チェレミー様に試作を見せると、とてもいいものだと喜んだ。
「やはり海で使う船と湖で使う船だと、扱う技術が違うものなのね。よくこの流線が出せるわね。湯圧技術が凄いわ」
「ご令嬢様は湯圧を知っているので?」
「ええ。知っているわ。やはり職人の知恵と技術は凄いものよね。百年先、いえ、五百年先まで残して欲しいものだわ。こんな宝が失われるなどコルディーの損失だわ」
おべっかではなく、心からそう思ってそうな顔だ。
船大工たちもチェレミー様が本心で言っていることがわかるのだろう。満足そうに笑っている。
「五人くらい乗れる船もお願いできるかしら? 湖の上でゆっくりしてみたいの」
誰も貴族の道楽と思っていない。チェレミー様のためにと承諾した。
この方は商人だけではなく職人まで味方にするか。本当に恐ろしいご令嬢だ。本店が本気になるのがよくわかったよ……。
 




