963 *ヤルゴ* 上
王都から早馬が駆けて来た。
何事かと思えば会長のマルジル様から。ウワサのご令嬢がジーヌ公爵領にやって来るとのことだった。
チェレミー・カルディム様のことは少し前からヤーファル商会内で共通情報として扱われている。
そして、チェレミー・カルディム様に対してヤーファル商会は絶対的支援を行うと、絶対命令のような扱いとされていた。
なにをそこまで、と思いはしたが、貴族相手に商人がなにか言えるわけもない。支店を任されている者として従わざるを得ない。準備を進めることにした。
「また報せか」
毎日のように早馬が駆けて来て、資金が送られて来た。
「それだけ見返りがあるということか?」
支店が扱っていい資金ではない。もう一つ支店を建てるかのようだ。
ヤーファル商会は大きいが、ジーヌ公爵領ではそれほど規模は大きくない。伝手も地元の商会よりは少ない。協力金として主なところにばら撒いた。
資金が尽きた頃、また資金が送られて来た。
「いや、前回と同額ではないか。本店、大丈夫なのか? どう取り返せるのだ?」
ヤーファル商会に入って二十年以上。商売を熟知するわたしでもまったく想像ができない。ヤケクソとしか思いようがなかった。
それでも本店の命令には逆らえないので、近くの村にも赴いて食材の確保に奔走した。
そして、チェレミー・カルディム様がジーヌ公爵領にやって来た。
ウワサどおり顔に火傷があり、十七歳とは思えない幼さ。なんと言って表現していいかわからなかったが、妙な迫力はあった。見た目に騙されてはいけない見本のように感じた。いや、見透かされていそうな感じだった。
なるほど。見ればわかるとはこのことだったのか。確かにわかる。この方はバケモノだ。軽く見ていい方ではない。油断していい方でもない。全力で応えなければいけないお方だ……。
領都のいたるところに声をかけ、協力金を渡していたお陰で船大工を集めることができた。
そんなチェレミー様は桟橋を作らせた。
なぜ、桟橋? とは思ったが、船遊びをしたいそうだ。確かに船遊びをするなら桟橋は必要か。だが、船遊びをするご令嬢も珍しい……いや、初めて見たよ。
桟橋が完成すると、なにか不思議な儀式を始めた。
なにをやっているかわからないが、敬意をもってやっていることはわかった。
桟橋に酒らしきものをかけたり、湖に流したりと、なにかを奉っているようだ。
それが終われば船大工たちに紙らしきものに包んだ金を配った。
金はこちらから出しているのだが、ご祝儀だと言って船大工に配っていたのだ。
船大工にしたら特別に小遣いをもらったみたいなもので、全員が喜んでいた。
なるほど。人を掌握に長けてもいるのだな、この方は。普通の貴族とはまったく違うぞ。
 




