959 クレヌー湖 上
朝食を終えたら騎乗服に着替えて湖に向かうとする。
「チェレミー様は、そうのような格好もするのですね」
ハリーヌ様には女性用の騎乗服が珍しいようだ。まあ、馬に乗る貴族女性なんてなかなか見ないものね。
「キツくはいのですか?」
「伸縮性の高い生地と、わたしの付与魔法で快適に着ておりますよ。本当はもっと緩やかな服を着たいのですけど、周りが許してくれないのですよ」
「ま、まあ、それは致し方ないかと……」
そう。致し方ない。ハリーヌ様や貴族女性は肌を見せない文化の中で、それが当たり前として教えられ、疑うことも知らずに生きているんですからね。
「妥協の産物がこの騎乗服ということです」
付与魔法で柔らかくして、締めつけを極力なくしている。スウェットを着ている感じにはなっているわ。
わたしはシューティングスターに跨がり、ハリーヌ様やなぜかついてきたロリっ娘は馬車に乗ってもらった。
「おー! 綺麗じゃないの!」
来る途中にもうっすら見えてはいたけど、今は視界を遮るものはない。コルディーにこんな大きい湖があるだなんて知りもしなかったわ。
向こう岸が見えるから二十キロはないかしら? どんな形の湖なんだろう? この世界に伊能忠敬さんは転生しておりませんか~!
湖畔に立つと両端が視界に入らない。細長い湖なのかしら?
「水が綺麗ね」
この水がジーヌ公爵領を豊かにしているのね。羨ましいわ。
「どうにかカルディムに送れないかしら?」
いや、やろうと思えばやれるけど、賄えるほどの量はさすがに無理だ。精々、館を潤すのがやっとね……。
「湖に名前はあるのですか?」
「クレヌーと呼ばれております。伝説では湖の底に古代の王国があり、クレヌーという女王が治めていたそうですよ」
「そんなお伽噺があったのですね」
「真実かどうかはわかりませんけどね。お伽噺として残っております」
仮にその王国があったとしてもコルディー建国前。千年とか前のことでしょうね。きっと誰かが妄想した話がお伽噺として残ったのでしょうよ。滅んだあとに誰が伝えたんだよって話だ。
「ただ、湖の周りには謎の石碑がいくつも残っております。ほら、あそこにもあります」
ハリーヌ様が指差す方向に、石碑というか石柱があった。
「古代のものですか」
「はい。学者が言うにはモロク石が使われているとか。ここでは採れない石のようですよ」
モロク石? 初めて聞くわね。確かにここでは採れないとか言われたら妄想力は働くわね。
「石碑には文字が刻まれておりますよ。なんて刻んであるかはわかりませんけど」
近くまで寄り、その刻まれた文字を見た。
 




