940 なにが? 下
長年ないのが当たり前に生きてきたけど、胸って思いの外、邪魔よね。
やはり他者におっぱいがあるのがいいのであって、自分のおっぱいが膨らんだところでおもしろ味もない。揺れるわけでもないんだしさ……。
「…………」
「どうしました?」
離れにやって来たミシエリル様がわたしを見るなり茫然としてしまった。
「あ、いえ、なんでもありません」
離れの者と同じく目を逸らした。
「わたしに胸があることがそんなに驚きでしょうか?」
上司がカツラだったみたいな反応をしなくてもいいのに。
「いえ、そうではありませんよ! そんなときもありますしね!」
公爵夫人が気を使うとか初めて見たわ。そんなにタブーなことか?
「これは、魔力を溜める珠を入れているだけですよ。ここが邪魔にならない場所なので」
気まずくさせるのも申し訳ないと、ブラジャーの下からガラスの珠を取り出してみせた。
「この中に特級に匹敵する魔力が籠められております。謂わば、外付けの魔力容器ですね。これでいろんなものに付与を施せるようになりました。これをどうぞ」
腕輪を出してミシエリル様に渡した。
「前に言っていた治癒力を上昇させる腕輪です。一日つけていれば隠れている病気は完治するでしょう。死病でも一年もつけていたら完治すると思います。今回、お世話になるお礼としてお受けくださいませ」
ガラスの珠をブラジャーに戻した。
「あと、別に胸に触れてくれても構いませんよ。魔力容器をつけているにすぎませんから」
「そ、そうなのね。そう納得しておくわ」
それでもわたしに視線を向けないミシエリル様。まあ、好きに思ってくださいよ……。
「それで、今日はどうしましたか?」
「領地から連絡が来て、いつでも歓迎すると報告が来たわ」
それをわざわざ知らせに来たわけか。別に手紙でいいのに。
「ありがとうございます。こちらは準備はできておりますので明日か明後日には出発させていただきますわ」
まだ仕事が残っているので状況次第ね。
「明後日でお願いできるかしら? こちらはまだ時間がかかりそうなのよ」
「わかりました。お邪魔させてもらう身。ミシエリル様にお任せ致しますわ」
急いでいるわけでもなし。無理をさせるわけにもいかないでしょう。
「ありがとう。助かるわ」
本当にフットワークの軽いお方だ。誰かを使いに出すとかしないのかしら?
そんなことを考えながら引き出しからエッグタルトを出した。
「──なんだそれは?」
どこからともなく現れる菓子カス様──じゃなくてタルル様。引き出しに入れてエッグタルルにしてやろうかしら?
「エッグタルトというものです。魔力が増えたことで作れるようになりました」
「欲望に堕ちたわけではなかったのだな」
なんでよ? わたしは地上のおっぱいランドから堕ちるつもりはありませんよ。




