936 賢者タイム 下
酒カスは放っておいて、だ。呼び鈴を鳴らしてラグラナを呼んだ。
「ジーヌ公爵領に向かうから馬車の用意を。護衛はいらないわ。ルーセル様を守るように伝えて」
「付き添いはわたしとナディア、ランでよろしいでしょうか?」
「あら、ランがいたの?」
館に置いてきたはずよね。一応、メイド扱いだからね。
「はい。屋敷に待機させておきました。お嬢様がいつ気が向くかわかりませんので」
小さい頃からわたしを見ているだけはある。想定済ってことなのね。
「任せるわ」
次にローラを呼んでしばらく留守にすることを伝えた。
「畏まりました。ここはお任せくださいませ」
「悪いわね。少し休みたいの」
「それがよろしいかと。あまり顔色がよろしくないので」
引きだしから手鏡を出して自分の顔を見た。顔色、悪いか?
「ローラには隠せていないってことなのね」
ラグラナ以上にわたしを見ていた存在。些細なことに気がつくんでしょうね。
「はい。お見通しです」
しかし、おっぱい星人ってことはバレてないでしょうね。なんたって、わたしはまだ変態を三つ残しているのだからね(特に意味はなし)。
「なにかあれば呼び鈴を鳴らしてちょいだい。すぐ戻って来るから」
王城は魔力に満ちている。各所に仕掛けた魔力吸引器から毎日のように魔力が集まって来る。仕事とは別に魔力を溜めているから転移に魔力を使えるわ。
……まあ、菓子カスがいれば転移してもらうんだけどね。安上がりだし……。
馬車の用意を頼み、仕事を片付けていたらミシエリル様がやって来た。公爵夫人なのにフットワークが軽いことで。自らの仕事もあるでしょうに。
「呼んでいただけるならこちらから参りましたものの」
「こちらから動いたほうが早いわ。あなただと無駄な前置きは省略してくれるからね」
「面倒ですからね」
必要ならするけど、省略できるならわたしはとことん省略させてもらうわ。
「わたしとしては入領の許可と野営できる場所をお借りできればそれでよろいのですけどね」
伯爵令嬢でしかないわたしに多大な時間を割く必要はない。馬車があれば野宿くらい問題ないからね。
「そうもいかないわ。城に泊まってちょうだい。いつでも泊まれるようになっているのだからね」
公爵家なら国王陛下夫妻が泊まれる部屋は常に確保しているはず。そこに泊まれとか言っているのかしら? 不遜すぎて止めて欲しいわ。
「わかりました。お言葉に甘やかせていただきます」
「ただ、五日は待ってちょうだい。わたしも向かうから」
遠慮します、と言っても無駄でしょうから了承しておく。
「では、五日後に──」
そう言うと帰って行った。本当にフットワークが軽いお方だ……。




