78 防壁
なにかと忙しい日々を送っていると、叔父様から手紙が届いた。要約するとそちらにいくからよろしくとのことだった。
「レアナ。叔父様がくるって」
すっかり館での暮らしに慣れたレアナ。帰るときがきたと察して悲しそうな顔になった。
「好きなように生きるには力が必要なものよ。自分らしく生きたいのなら力をつけなさい」
貴族の令嬢が好きなように生きるのは至難だ。だけど、諦めてしまえばそこで試合終了。人生は死ぬまで勝負は終わらないのだから勝つために動け、だ。
「館と城は半日の距離。また遊びにきたらいいわ。いつでもあなたを歓迎するわ」
なんて慰める毎日を送っていたら叔父様とナジェスがやってきた。
「ようこそいらっしゃいました。叔母様はこなかったのですか?」
「城を留守にできんからな。レイアには残ってもらった」
領地内でもそんなことしなくちゃならないんだ。代理も大変なのね。
「まずは部屋へどうぞ」
客室は二部屋しかないけど、わたしの専属や男性は館(本館)に残ってもらい、他のメイドは別館に移ってもらったので、客室は四部屋に増やせた。寝泊まりするだけなら問題ないでしょうよ。
城から連れてきたのは護衛の兵士だけなので、うちのメイドに世話をさせることにする。
少し休んでもらったら叔父様とナジェスにはお風呂に入ってもらった。
「冷えた体を温めるには風呂はいいものだな」
意外とお風呂に抵抗がない叔父様。よく冷えたスパークリングワインを飲みながらニッコニコだ。なんだか毎日入りにきそうな勢いね。
「道を整備してくれたら叔父様たちのお風呂を用意しますよ。慰安所としてお友達でも誘ってきてください」
アルドたちの仕事をまた増やしてしまうけど、館のお風呂は小さい。お陰でラーダニア様と一緒に入れてない。大浴場を造れば一緒に入れるはずだわ。
すべてはおっぱいのために。わたしはおっぱいのためなら鬼にでもなれるのよ。ハイル、おっぱいぱい!
少し遅めの昼食を済ませたら館の案内をする。
叔父様は領地を管理運営する人。責任がある。領地で変なことされたら堪ったもんじゃない。部下に見回りさせるだけじゃなく自分の目で見る必要もある。
特にわたしは王宮やらお妃様から目をつけられている。最近ではラーダニア様を住まわせている。叔父様から見たらわたしはトラブルメーカーでしょうよ。
……トラブルにはせず、ちゃんと纏めているけどね……!
ましてや特別区としようとしているんだから自分の目で見とかなくちゃ心配で禿げちゃうでしょうよ。あ、ラーダニア様に育毛剤がないか訊いておこうっと。
一通り館を案内したらわたしの部屋に移り、マクライやローラ、モリエを呼んで館の財政状況を報告する。
「……王宮から金貨二百枚か。恐ろしいな……」
「一行事の予算だそうですよ。きっとコノメノウ様につけられる予算は金貨二千枚から三千枚くらいじゃないですかね?」
なにに使うかまではわからないけど、守護聖獣様につけられる予算が少ないはずがない。金貨五千枚と言われてもわたしは驚かないわ。でしょうねと納得できるわ。
「粗相はしてないんだろうな?」
「しておりません。お呼びして尋ねてみますか?」
粗相はしてない。だってほぼ放置だし。
「いや、よい。わたしには畏れ多いからな」
「別に取って食われることはありませんよ」
誰が食うか! と怒られそうだけど。
「逆にお前はよく守護聖獣様と平然と接されるな? あの方は神に匹敵する存在だぞ」
「匹敵するだけで神ではありませんよ」
残念ながらわたしは無神論者。神がいたとしても神に祈ることはしない。まあ、形だけ祈ることはあるけど、神に望むことはないわ。
「コノメノウ様はコノメノウ様。わたしにはそれ以上でもそれ以下でもありませんよ」
もちろん、守護聖獣としての立場は尊重するわよ。わたしもこの国の民であり、この国の社会体制で生きているんだからね。
「……お前のそういうところが恐ろしいよ……」
あれ? 恐れられたのわたしだった? 害や不利益は与えてませんけど。
「いや、失言だった。忘れてくれ」
「はぁ、まあ、わたしは気にしておりませんので構いませんわ」
誰になんと言われようとわたしはわたしの生き様を変える気はない。わたしは誰がなんと言おうとおっぱいに囲まれたスローライフを送るのよ。
「商人も増えているようだな」
「まだ二つだけです。最低でも十はきて欲しいですね。ここを守るためにも」
十も集まれば組合となる。そこまでの団体となれば並みの商会が介入してくるのは難しくなる。わたしを守る第一防壁となるわ。
「お前はなにを目指そうとしているんだ?」
「誰にも邪魔されないわたしの居場所です。それ以外のものはいりません。名誉もお金もそちらにお渡しします」
もちろん、それに伴う責任も、ね。
「ただ、費用は差し引かせてもらいますよ。こちらもいろいろ出費が激しいので」
「いや、お前が稼いだものはお前が使え。ましてや守護聖獣様に渡された金は絶対にこちらに回すなよ。お前の責任で管理しろ。責任をこちらに押しつけるな」
ふふ。さすが叔父様。わたしの考えなどお見通しみたいね。
「……お前は隠しているようでだだ漏れなのだ。普通を装いたいのなら普通の令嬢として過ごせ。まったく……」
叔父様の忠告に黙って頭を下げた。ご迷惑おかけしますと、ね。




