41 教会派
婦人会は他の領地でもあるものらしく、有力者の奥様を中心に交流しているようだ。
そこはお母様がやることじゃない? とは思うけど、王都での付き合いもある。王都と領都を行き来するなんて不可能に近い。どこも代理を立ててやっているそうよ。
制度的にも限界が近づいているのかもしれないわね。まぁ、わたしには関係ないこと。破綻したら逃げればいいだけのことよ。
「もし、よければの話なのですけど、冬の間、年長の子を何人かわたしが預かってもよろしいでしょうか? 少し、教育してみたいので」
婦人会による奉仕は来年の春。今日集まったのは予定を立てるみたいよ。
「教育、ですか?」
「はい。失礼な言い方になりますが、お金を出しただけでは孤児の未来はありません。なんの知識も与えず技術も与えず世に出せばただ死ぬだけです。せめて読み書き計算を教えるべきです。それで世に出て生きられないのならその者に生きる力がなかったと言うことです」
社会保障がない以上、生きる力がない者は脱落していくしかないのよ。
「孤児のためと言うなら最低限度の力を身につけさせるべきです。あとはその者の自助努力次第ですわ」
寄付よりそっちのほうが孤児のためになるでしょうよ。
「もし、そこまでいかなくとも孤児たちに読み聞かせもいいかもしれませんね。物語を聞かせて外の世界を教える。それだけでも孤児は外の情報を得られ、想像力が鍛えられます。厳しいことを申しますが、偽善をするならこちらの利になるよう動くべきです。自己満足による奉仕は止めることを進言します」
金持ちが寄付するのなんて憎まれないようにすることと自分はいいことやってますよアピールでしかない。
まあ、慈愛の精神でやっている人もいるでしょうが、寄付で救われたなんてこと、わたしは聞いたことがない。寄付で貧困がなくなったとも聞いたこともないわ。
寄付でなく社会制度を調えることが貧困をなくす最善の方法だとわたしは思うわ。
なんて理想が罷り通る世界ならそうなっているでしょうけど、そうならないのが現実。なら、やるほうの利や名誉を利用して孤児の生活を改善していけばいいわ。
「別に婦人会の活動を貶めているわけではありません。この活動が上手くいけば女性の地位向上にも繋がり、男性も婦人会の言葉を蔑ろにはできなくなります。今、それを変えられる場所にいるのは婦人会だけです」
女性だからって地位に関心がないわけじゃない。怠惰で生きているわけでもない。こうして叔母様と会える立場にいるのだから地位は高いでしょう。
だけど、それはあくまでも庶民の中ではの話。貴族社会に入れるわけではないわ。自身の地位が上がらないのなら集団としての地位を上げればいい。代表は叔母様でも活動するのは婦人たち。発言権はそちらのほうが高くなるでしょうからね。
「とても素晴らしいことです!」
と、真っ先に応えたのは……マルヤー婦人だった。
……こちらが実質的なリーダーね……。
「婦人会で孤児たちを救いましょう!」
「理解してくださる方がいてよかったです、マルヤー婦人。あなたのような方に立ってもらえたら婦人会もよりよいものとなるでしょうね」
やる気なマルヤー婦人を煽り、褒め讃えた。
叔母様の視線が突き刺さるが、そんなこと気にせずマルヤー婦人を煽りに煽り、褒め讃え、自分の役目だと信じ込ませた。
時間も遅くなりこの会はお開きになり、玄関までついていき、馬車が見えなくなるまで見送った。
「チェレミー。どういうつもりなの?」
笑顔から厳しい表情になる叔母様。何気に優秀な人なんだよね、この人って。
「どうもこうもありませんよ。叔母様の相談に応えたまでですよ」
「そんな上辺を訊いていないのはわかっているでしょう。マルヤー婦人を焚きつけた本当の理由はなんなの?」
「教会への牽制、ですかね?」
どこの世界も宗教は強く、政治に関わってくる。この国も教会派って派閥があり、自由に教会を建てる権利を国からもぎ取っていると聞くわ。
「……あ、あなた……」
驚愕の目を向ける叔母様ににっこり微笑み返した。
「わたしたちが動くと問題ですが、マルヤー婦人が動く分には教会も口出すことは難しいでしょうよ」
教会は貴族に口を出してくるけど、庶民に強く出るにはそれ相応の口実があり、敵にはしたくないでしょう。教会は武力を持ってない。民衆の意思とやらを武器に使ってくる。
領都の著名人でもあるマルヤー婦人を敵にするには司祭辺りを連れてこないと無理でしょう。どこにでもある街の神父ていどでは太刀打ちできないでしょうよ。
「叔母様は婦人会の纏め役と言う立場を守りつつ、マルヤー婦人が暴走しないよう協力していけばいいですよ。もし、問題があれば相談に乗りますから」
わたしはもう日陰者。この火傷がある限り表には出られないわ。ナジェスがお嫁さんを娶るまでは叔母様がやらなくちゃならないんだからがんばってください、だ。
「あなたが男だったらどんなによかったか」
「そうですね。でも、わたしは女。この国で表に出るには身分的にも状況的にも低すぎます。今の立場で状況をよくしていきますよ」
裏で暗躍しているほうが性に合っている。面倒な責任もないしね。
「姉様!」
「お姉様!」
復活した二人がまたわたしを左右から潰しにかかってくる。けど大丈夫。一度した失敗はしません。ちゃんとドレスに防御小を施しておきました。
「姉様、夕食です!」
「いきましょう!」
二人に引っ張られて食堂に向かった。




