32 魔石
指輪の需要が止まるところを知らない。
もうそろそろ模造品なり偽造品なり出てきてもいいと思うのだけれど、そんな話は出てこない。わたし以外に付与魔法の使い手はいないのかしら?
「飽きたわ」
付与しても付与しても尽きることのない作業。ライン工になった気分だわ。あ、イメージで言ってみました。すみません。
「……わたしはこんなことするために生まれてきたわけじゃないのに……」
なんのために異世界転生したかわからないじゃない。ってまあ、なんの使命もない、モブ伯爵令嬢に生まれたからこんなことしてるんですけどね!
「お嬢様。マゴット様がいらっしゃいました」
あら、もうそんなに日にちが経っていたのね。忙しくてつい先日旅立ったように感じられるわ。
今日のノルマを片付けてから外にいってみた。
「また馬車が増えたわね」
三台から六台に増えているとか倍々ゲームでもしているの?
「ああ。売れて売れて仕方がないよ」
「相当熱に浮かされているみたいね」
バブルを知らない世代だけど、きっとそのときみたいに周りが見えなくなっているのでしょうね。人とは簡単に欲望に支配される生き物なのね。
「あぁ、怖いくらいだったよ。チェレミー様に言われてなければわたしもあの中で狂っていたんだろうね」
「何事も一歩引いて全体を見る、ってことが損しない秘訣よ」
わたしもおっぱいに溺れないようにしないといけないわね。わたしのおっぱいライフ──ではなく、スローライフは始まったばっかりなんだから。
「米は手に入れられたかしら?」
メイドたちが毎日飲むからもうなくなりそうなのよね。
「ああ。馬車二台分は仕入れてきたよ。それと、アルニア商会ってとこが米を輸入していたから定期的に仕入れられるよう契約してきたよ。問題ないだろう?」
「ええ。問題ないわ。これから需要が増えると思うから助かったわ」
お妃様にはシェイプアップアイテムの他に甘酒も送った。
甘酒は飲む点滴とされ、お腹の調子もよくしてくれ、抵抗力もつく。お妃様の体調がよくなるなら他も欲しくなるはず。そのときのために備えて置きたかったのよね。
「わたしからアルニア商会に手紙を出すから渡しておいてちょうだい」
「ああ。アルニア商会から手紙をもらっているよ。ご贔屓にして欲しいってさ」
「ふふ。あなたの後ろにいるのがわたしと気づいちゃったかしら?」
わたしは商売の素人だけど、一流の商人からしたらマゴットの動きはあきらかにおかしく映るはず。誰か後ろにいると気づくのは当然の帰結でしょうよ。
「そうかもな。火傷を負った伯爵令嬢がいたな、とか呟いていたし」
「あら、街にもわたしのことが伝わっているのね」
わたしったら有名人ね。ふふ。
「そこで笑えるのがチェレミー様だよな。わたしはとんでもない人についたもんだよ」
「危ないと察したらさっさと逃げていいわよ」
わたしは別に忠誠心とかは求めていない。くるもの拒まず去るもの追わず、だわ。
「ああ、察したらな。だが、それまではチェレミー様のために働かせてもらうよ。わたしはあなたのお抱え商人なんですから」
騎士のように片膝をついて頭を垂れるマゴット。だからそういうのはいらないって言っているのよ。
「まあ、好きにしなさい。マゴットがいてくれて助かっているしね」
まだバインバインさせてもらってないしね、危ないことはさせないわ。
「ラグラナ。夕食は豪華にするようガイルに伝えてちょうだい。わたしは夕食まで休ませてもらうからあとはお願いね」
今日の夜は長そうだし、夕食まで休むとしましょう。
部屋に戻り、アマリアにも自室で休むように伝える。最近、魔力籠めばかりさせてたからね、今日はもう休ませてあげましょう。
椅子に座ってお休み三秒。夕食前に目覚めた。
「おはようございます」
目の前にラグラナの顔。な、なんのよ!?
「よかった。まったく動かないので息をしているのか心配になりましたよ」
「ぐっすり眠っていただけよ。顔が近い」
あんまり近いとキスしちゃうわよ。ペロペロしちゃうんだからね。
「お湯を」
「はい。タオルです」
サッと絞ったタオルで顔を拭いてくれるラグラナ。あなたの中ではわたしは永遠の五歳児なの? 顔くらい自分で拭くわよ。
タオルを奪い取り、自分で顔を拭いた。
「マゴットたちは?」
「まだ倉庫に搬入しております」
馬車六台分に拡張させた箱もある。と言うか、倉庫にすべて入るかしら? まだ二つしか完成してないのに。
「魔力がいくらあっても足りないわね」
さすがにアマリアだけの魔力では追いつかなくなっているし、お母様から送られてくる魔力充填箱は指輪に使っている。どうにかしないとパンクしちゃうわ。
「そう言えば、マルディア王国では魔物から魔石なるものが取れると聞いたことがあります。王都にも取り扱う店があるのではないでしょうか?」
魔石、ね。
「王国には魔石が取れる魔物はいないの?」
「いないと思います。大魔境に生息する魔物からしか取れないそうなので」
大魔境か。この世界にはそんなものがあるのね。ファンタジ~。
「なら、話をつけてくれる?」
「畏まりました」
値段が合えば購入することにしましょう。




