319 怪嬢 上
ルゼット様から送られた手紙でマルビオ伯爵領で起きたことをそれなりに把握したのでしょう。厳しい顔をしているわ。
まあ、無理もない。コノメノウ様が王都から動くなど滅多なことじゃない。わたしだって守護聖獣の存在は知っていても遠い存在。一生会うこともないと思っていたもの。
神にも近い方が動くと言うだけで大騒ぎになることでしょう。こうして動いていられることが異常事態なのよ。
……まあ、面倒事に巻き込まれたくないから追及はしてないけどね。わたしはあくまでも引退したコノメノウ様を預かっている立場なのよ……。
「まさかコノメノウ様が一年も前からカルディム伯爵殿のところにいたとはな」
「そうですね。上の方としてもそう騒がしたくなかったのでしょう。わたしには預かり知らぬところですけど」
あくまでもわたしはコノメノウ様のお世話係と言う立場にいさせてもらいます。
「わたしもこの傷のことで世から隠れてしまった身。コノメノウ様を世話をする者として選ばれたのでしょう。結構自由に過ごしておりますから」
「経済特区を造っているそうだな」
「お耳が早いですこと」
別に隠しているわけじゃないけど、そう有名にもなってないはず。カルディム家とルーガー家ってそこまで深い関係はないしね。
「息子から聞いた。いろいろ手を伸ばしているとな」
「そうですね。なぜかいろいろなところからお話がきて忙しくなっております。わたしとしてはもっと静かに暮らしたいのですけどね」
ベールの上から傷をなぞってみせた。
今は上位者の方と対面しているので傷を隠すためにベールをかぶっているのですよ。
「チェレミー嬢のことはウワサでしか知らんが、一連のことから計画的に隠遁したみたいだな」
お、なかなかの推理力を見せるじゃない。さすが将軍に登り詰めた方は違うわ。結構頭脳派なのかしら?
「それはライダニア様の考え。結果はこの通りです」
わたしは火傷を負い、去るように王都を出て田舎で隠遁者となった。それが結果。大半の方はそう捉えていることがすべてなのよ。
「……なるほど。カルディム家の娘は怪嬢というウワサを聞いていたが、まさに怪嬢の名に相応しいな……」
え? わたし、怪嬢なんて呼ばれているの? 怪なんてつけられるようなことした? いや、いろいろしているけど、そんなウワサが立つほど認識されているってことにしたっけ?
「それはまた恐れ多いあだ名をつけられたものです。まあ、その認識で構いませんわ。悪巧みはいろいろしてますからね」
わかる人にはわかってしまうもの。なら、そう思わせるほうが裏読みしてくれるでしょう。そのほうが都合がいいわ。ククッ。
「ただ、わたしは表舞台で踊ることはありません」
「裏舞台では踊る、か」
ほんと、鋭いお方である。けど、そういう人のほうが扱いやすいわ。一番の敵はなにをするかわからないバカだからね。




