254 悪辣
「ほんと、そなたは……いや、なんでもない」
言いかけた言葉を飲み込むと、ピーと口笛を鳴らした。
なに? と思ったらキャラメルがやってきた。あなた、完全にコノメノウ様の従僕になってない? 貴女の主、わたしなんだけど。
「今日は風呂でも入るか。よく冷えたしゅわしゅわワインを頼むぞ」
いや、わたし、まだやることあるんですけど。
「ラグラナに言ってください。わたしはまだやることがありますので。メイベルも帰ってていいわよ」
「また悪巧み?」
「またとはなによ? わたし、悪いことなんてしたことないわ」
天地神明に誓って悪いことなんてしたことないって言えるわ。
……どこのやってもーたーだよとか言っちゃイヤよ……。
「そうね。悪いことはしてなかったわね。貴女は人を誑かすことしかしてないわね」
そう言われたらなんも言えねー。
「うう、わたしが魅力的だから悪いのね。ごめんなさい……」
なんて主演女優級の演技を見せたのに、メイベルは無言で去っていってしまった。イケず~!
まあ、いいわ。ルゼット様との話し合いがある。メイベルには心優しくいてもらいましょう。
「ルゼット様。ロンゼ様。少しよろしいでしょうか?」
草刈りから戻ってきた二人に声をかけた。
「悪巧みか?」
この親子、わたしをなんだと思っているのかしら?
「まあ、悪巧みと言えば悪巧みですね」
もう否定するのも面倒だしね、悪巧みで構わないわ。やろうとしているのは悪辣だけどね!
「……チェレミー嬢が言うと笑うに笑えんな……」
「やるやらないはルゼット様次第です。強制はしません」
「強制はできんが拒否はできんのだろう? それは、マルビオ家に取って利になることなんだろうからな」
「理解が早くて助かります」
「話してくれ」
「マルビオ家の方々をここに呼ぶのに何日かかりますか? すべてじゃなく、主要な方々だけで構いません」
別邸はそう広くないけど、テントを張れば問題ないわ。野営できる用具は揃えてきたしね。こんなこともあろうかと精神に隙はないのよ。
「これからすぐに帰らないとなんとも言えんが、なるべく多く呼べばよいのか?」
「数日滞在となるので野営できる方々か、別邸でも構わない方々のほうがよいですね」
「では、領都にいる者だけにしよう。兵士を寄越しても構わぬか?」
「ここ、水はあるんですか? 飲み水ていどならわたしでも用意はできますが」
「問題ない。水樽は城にある。それを使えば問題ない」
「資金はコノメノウ様の預かり金からお支払しますね」
「それは無用だ。マルビオ家が出す」
「ですが……」
わたしが言い出しっぺだ。かかる費用はすべて出すのが筋でしょうよ。
「マルビオ家の利になるのだろう? なら、すべてを出さなければチェレミー嬢に借りをつくることになる。返せと言われたときが怖い」
ふふ。わかってらっしゃる。
「では、お願いします。四日、いえ、五日後に。わたしも用意に時間がかかるので」
準備時間は余裕を持っておきましょう。




