174 コンポート伯爵
「お嬢様。それを被るのですか?」
この日のために用意していた狐のお面(口元は出してます。火傷は左側、おでこから頬の辺りまであるので)をしたら、なんとも言えない顔でラグラナが尋ねてきた。
「布のほうがよかったかしら?」
一応、紙袋も用意してあるわよ。赤い彗星も作ったけど、いろいろ問題があるから封印したわ。
「布を被るほうが失礼ですよ」
「冗談よ。ネタで作ってみただけだから」
あ、普通にベールをかけろって突っ込みはいらないからね。
ゴスロリ系のも作ってもらったけど、わたしのキャラじゃないんで止めたわ。今度、レアナがきたら着せてみましょうっと。
狐のお面は白に赤い線を走らせたもので、ちゃんと耳もつけてあるわよ。
「口紅したほうがいいかしら?」
このかた化粧なんてしたことないけど、唇乾燥しないための色つきリップは創ってある。ちなみにこれ、メイドに意外と人気があるのよね。
「お嬢様はそのままで綺麗だと思いますよ。肌艶は異常なくらいよろしいですからね」
まあ、異常なのはよくわかるわ。わたしの付与魔法は人体にもかけられる。美肌にすることも、状態維持も思いのまま。ただ、あまりやりすぎると人体改造になっちゃうからほどほどにしているわ。
……人体改造って難しいものだわ……。
服も伯爵令嬢に相応しいものにして、髪も纏めてもらった。まったく、面倒なものだわ。
姿見の前に立ち、伯爵令嬢となった自分を見詰めた。
「意外と化けるものね」
胸を見たらわたしだとわかっちゃうけどさ。
「お嬢様、伯爵様の用意が整ったようです」
部屋にいたランがローラから連絡を受け取ったようだわ。
さすがに電話のようなものを創ると大変だがら発信する呼び鈴を鳴らすとイヤリングが受信して揺れるようにしたのよ。
「わかったわ」
ラグラナとランを連れて客間に向かった。
伯爵を迎えるような立派な客間ではないけど、先にきていたコンポート伯爵は、棚に飾られていた壺を鑑賞していた。壺マニアかしら?
「ようこそいらっしゃいました、ラルフ様」
ラルフ・コンポート伯爵。三十二歳。現当主であり、受け継いだ土魔法は王国一だと言われているそうよ。
伯爵とは思えないくらい日焼けをしており、ニッカポッカを穿かせたらきっと似合うでしょうね。ねじり鉢巻でもプレゼントしようかしら?
「あなたがチェレミー嬢か。変わった令嬢とは聞いていたが、確かに変わった方のようだ」
「その性格が災いして顔に火傷を負ったバカな女ですよ」
「ふふ。とても十六歳とは思えないセリフだ」
「このような姿でラルフ様の前に立つことをお許しくださいませ」
おもしろそうにわたしを見るラルフ様に構わず、この姿で現れたことを謝罪した。
「なに、気にすることはない。箱入りのご令嬢と話すよりは気が楽でいい。わたしは現場に立つ人間なのでね」
でしょうね。日焼けした貴族なんて初めてみたもの。
「では、長々話すのは避けておきましょう。城を建てる件、お引き受けてくださいますか?」
「わたしの好みでやらしてもらえるならな」
「もちろんです。ラルフ様の思い描く城を建ててもらって構いません。ただ、生活をよくするために設置してもらいたいものがいくつかあります」
「トイレと風呂、洗面所か?」
建てるだけでなく内装も拘りを持つ方のようだ。
「さすがです。もう館を調べましたか」
「あんな不思議なものを見てじっとしていられないからな。できることなら他も見せて欲しいものだ」
「女性の部屋でなければご自由にどうぞ。必要なら任せている職人にも会わせますわ。わたしより詳しく聞けるでしょう」
「設計はチェレミー嬢がしているのか?」
「いえ、こうして欲しい、ああして欲しいと言っているだけです。設計や図案は職人に任せております」
「なるほど。意匠はチェレミー嬢がやっているわけだ」
「ただ、自分の好みを押しつけているだけですわ」
「うむ。おもしろい。チェレミー嬢の好みを教えてくれ」
せっかちな方だ。でも、嫌いではないわ。
ではと、わたしが考えたお洒落な城を絵に描いてラルフ様に教えた。




