172 結婚指輪
この館にきて二度目の夏がきた。
去年は海や湖にいけず、暑い夏を過ごすだけだった。けど、今年はちょっと違う。大露天風呂をプールと変えたのだ。
水着回よ! と叫びたいところだけど、それをやる前にタグナーとマレーナの結婚式を行わなければいけない。
夏に結婚式? 暑くね? とか言わないの。わたしの付与魔法で涼しくすればモーマンタイ。ウェディングドレス──とまではいかない純白のドレスを着ても暑くはないわ。
「綺麗よ、マレーナ」
「お恥ずかしい限りです」
この国では適齢期を過ぎたことになるけど、わたしから見たらまだまだウェディングドレスが似合う年齢だわ。
「チェレミー様。娘と婿殿のためにありがとうごさいました」
タルティール男爵と妻のラニームが二人揃って頭を下げた。
「いいのよ。叔父様やお父様を呼べずごめんなさいね」
当主が家臣の婚礼に参加はしないものだけど、これはわたしが勝手に行ったもの。娘や姪の元にいくくらいなら許されるでしょうよ。
「とんでもありません。謝らないでください。このような立派な式を挙げてくださり、タルティール家を取り立てていただける。嬉しさより申し訳なさでいっぱいです」
「いいのよ。わたし、タグナーには期待しているの。だから、男爵も夫人もタグナーを支えてあげて。働きによってはタルティール家を子爵と持ち上げるわ」
「し、子爵ですか!?」
「そのくらいないとわたしが困るのよ。資金援助するから王都に居を構えなさい。お父様にはわたしから手紙を出すから」
こちらに居を構えるより王都のほうがいいでしょう。タグナーには上位貴族との窓口と交渉担当になってもらうんだからね。
「そ、そこまでタグナーを買っているのですね」
「ええ。タグナーがカルディム領にいてくれてよかった。わたしは運がいいわ」
能力と出世欲を持ち、向上心もある。こんな人材なかなかいないわ。よくぞわたしの前に現れてくれたと思うわ。
「これは、タグナーの将来への投資。いえ、前払いね。タグナーにはしっかりと働いてもらうわ」
払った以上の成果を見せてくれることを期待します。
「タグナー。マレーナ。結婚おめでとう。これはわたしからの贈りものよ」
リングケースを盆に乗せたアマリアが進み出てきた。
「わたしの魔法を籠めた結婚指輪よ。タグナー。マレーナの右手の薬指に。マレーナはタグナーの左手の薬指に嵌めてあげなさい」
この世界がゲームか漫画なら結婚指輪なり婚約指輪なりあってもいいのに、なぜかないのよね。結婚は男がネックレスを贈るのよ。
神父だか牧師だかが仲介? はしないので、わたしが見届け人として二人の指輪交換を見守った。
初めてのことに二人は戸惑うけど、なんとかお互いの薬指に指輪を嵌めた。
「まだ愛や情はないかもしれない。けど、こうしてあなたたちは結ばれた。これからゆっくり愛や情を育みなさい。そして、子を成しなさい。二人に幸運を! タルティール家に祝福を! 未来に幸あれ!」
両手を空に掲げ、春に集めた梅の花びらを噴き出させた。
ライスシャワーにしようかと思ったけど、そんな文化も風習もない。わたしもなんで米を撒くのか知らない。説明もできないから春になんとはなしに集めた梅の花びらを撒くことにしたのよ。花びらなら綺麗だしね。
メイドたちも喜んでいるようだし、失敗にはなってなくてよかったわ。
挙式が終わればあとは披露宴。立食パーティーにして結婚式を盛り上げた。
あとは若い人に任せてと、端に用意した椅子に腰かけた。
「また変わったことをするんだな」
音もなくコノメノウ様が現れた。
「興味がおありですか?」
参加は要請しなかった。こういうのは苦手だろうと思ってね。
「酒が飲めるなら呼んで欲しかったな。こんな極上な酒をどこに隠しておった。あるんなら出さんか」
ちょっと上質な葡萄で作っただけのスパークリングワインなんですけどね
「あれはお祝い用です。特別な日に出すものです。まあ、コノメノウ様が望むなら用意致しますよ」
「うむ。頼むぞ」
満足気に頷いて去っていった。
酒飲み守護聖獣様にも困ったものだけど、お菓子大好き聖妖精様も困ったものだ。ウェディングケーキを食べ尽くす前に止めないと。
よっこらしょと椅子から立ち上がった。




