134 キッチンカー
花見の初日はちょっと曇り空だった。
まあ、雨が降るような空模様でもない。梅の花が霞むことはないでしょう。
館の者も二組に分けるんじゃなくて三組に分けることにし、わたしは三日間でることにした。
わたしとしては一日で充分なんだけど、いつの間にか主催者としての立場となってしまたったのよね。
「コノメノウ様も初日にいくんですか?」
横に立つ幼女体型のコノメノウ様。楽しそうに丸めたゴザを小脇に抱えていた。
「花見だからな」
「王宮で花見なんてしてたんですか?」
そんな行事があるって聞いたことないわよ。
「ないぞ。わしが勝手にやっていただけだ。まあ、酒の調達が大変であまり飲めなかったものだ」
「飲みすぎだと止められていただけでしょう」
なんか容易に想像がつくわ。
「花見の席で量を決められるとかいじめだろう」
心配をしてのことでしょうが。このうわばみは。
「まあ、わたしはなにも言いませんが、カルディムにいるときは死なないでくださいよ。王宮からお叱りなんて嫌ですからね」
それで領地没収とかされたらわたしの闇が目覚めちゃうわ。
「安心せい。わしになにがあろうとカルディム家に責任を負わせることはない。好きなだけ酒を飲ませろ」
「ハイハイ。村から梅の蜂蜜漬けをもらって梅酒を作りましたからたくさん飲んでください」
大した量ではなかったけど、足りない分は創造の壺でたくさん創った。コノメノウ様が飲んでもなくならないでしょうよ。
「梅の酒か。美味いのか?」
「味見したときとっても美味しかったです」
たぶん、元の世界の梅酒と変わらないと思う。わたしの舌にあったからコノメノウ様も気に入るでしょうよ。
「それは楽しみだ」
初日組を連れて沼に向かうと、職人や村の者が五十人くらい集まっていた。
「ガイル。よろしくね」
「はい。お任せください。よし、やるぞ」
料理メイドに声をかけ、職人に作らせた屋台を展開させて料理を作り始めた。
「まずは長老様にご挨拶しましょうか」
ここは長老様の聖域。わたしたちは貸してもらう立場。ちゃんと筋は通しておきましょうか。
長老様は岩の上におり、首や手足を引っ込めていた。
「眠っているのかしら?」
「おーい。長老の。一緒に酒を飲もうぞ」
コノメノウ様が声をかけたら首が出た。
──それはいいのぉ~。
なんか軽いわね。
岩から降りると沼を泳いできて陸に上がった。意外と機敏。
「コノメノウ様。長老様をよろしくお願いしますね」
「ああ。こっちは好きにやる。そなたらはそなたらで楽しめ」
「わかりました」
メイドに視線を向け、お酒の用意をお願いして梅の木の下に向かった。
場所は兵士が取っててくれ、ラティアたちメイドが用意してくれてたので、わたしは座るだけ。
ちなみに板を置き、柔らかい絨毯を敷いています。やはり花見はこうでないと。椅子に座っては風情がないわ。
まあ、絨毯やゴザに座る習慣がないのでラグラナに止められたけど、別にやらないわけじゃない。上品ってわけじゃないだけで絨毯に直に座っておしゃべりしたりすることはあるのよ。
こういうときスカートって便利よね。胡座をかいて座っても下品に見えない。足が痺れたら女の子座りすればいいしね。
「お嬢様。どうぞ」
ランに薄めたワインを受け取り、初日組で乾杯をする。
もちろん、護衛のために騎士と兵士、あと村の勇士たちが立っててくれるわ。
村の勇士には最終日に花見をしてもらい、謝礼として清酒飲み放題を約束しているわ。
曇り空でも空気が暖かい。風もないので穏やかに梅の花を見ることができた。
と言うか、花見って花を見るだけでは時間はなかなか進まないものよね。この体はまだアルコールに強くない。ちびちび飲んで、軽く摘まむだけ。あとは、メイドたちのおしゃべりを聞くだけ。
なにが楽しいんだ? とか訊く人は人生に病んでいるかもしれないから注意しなさいよ。わたしは、この緩やかに流れる時間を楽しんで……いられませんでした。暇で仕方がありません。
こんなことなら楽器の一つでも習っておくんだったわね。この世界、ピアノとかあっちゃうし。
「来年のためにピアノでも買いましょうかね?」
そうね。別にピアノを用意しなくても別のものなら用意できるわ。
「ラグラナ。ワイングラスを八個ほど出してちょうだい」
「畏まりました」
疑問に思いながらもワイングラスを出してくれ、そこにワインをちょっとずつ量を変えて注いでいった。
そこに音を付与していく。
アイテムボックスから付与してないグリムワールを二本出した。
グリムワールでワイングラスを叩くとカーンって音が鳴り、次々と鳴らしていった。
音の付与を少しずつ変えていき、木琴──ではなく、鉄琴の音にしていく。
わたし、前世では鉄琴を学んだことがあるんですよ。と言っても小学校の発表会で習ったていどのものですけど。
でも、音階は今も覚えている。
ドレミ、ドレミ、ドラシラソ。うん。段々と思い出してきたわ。
いろいろ鳴らしていると、キラキラ星とジングルベルを思い出した。確か、こんな感じだったかしら?
花見の曲としてはアレだけど、今のわたしにはそれしかできない。まあ、余興になれば問題ないでしょう。
交互に曲を奏でたらあとは適当だ。明るいメロディーを鳴らして場を盛り上げた。
やっぱり人生に音楽は必要だわ。




