120 こんにちは
「あ、そうそう。タグナーを引き抜いて構いませんでしょうか?」
肝心なことを忘れていたわ。
「タグナー? 文官のタグナーのことか?」
「ええ。叔父様が思い浮かぶタグナーです。記憶に残る人物ですか?」
一領地の文官なんて百人もいない。その六割は領地。二割は王都。残りは各町にいる。ちなみに文官と役人は違います。身分的には文官が上。役人を仕切るのが文官って言ったところかしらね。
「優秀な男ではあるが、協調性がなくて独断行動に走りがちだな」
なるほど。能力に差があるというのも大変なものね。
「では、わたしが引き抜いても構いませんね?」
「そうだな。タグナーもお前の下なら力を発揮できるだろう。好きにしなさい」
「ありがとうございます。タグナーの力を惜しみなく発揮させますわ」
「タグナーも大変な者に目をつけられたものだ」
「恐らく、自ら望んで目をつけられにきたんですよ。わたしなら自分の能力を認めてくれるだろうとね」
これまでのわたしの動きで決めたのでしょう。そして、自分の能力を見せつけた。フフ。まんまと引っかかったのはどちらかしらね。
「はぁー。一応、お前のところに出向と言う形にする。わたしではそれが限界だ。あとは兄上と決めろ」
それもそうね。お父様の許可は必要だったわ。
「わかりました。こちらから手紙を出しておきます」
「こちらからも出しておく。さて。遅くなったが食事にしよう。一段落したら腹が空いたよ」
「はい」
叔父様のあとに続いて食堂に向かった。
時刻は九時くらいになっており、もう朝食って時間ではないけど、城の料理人の働きにより温かい食事が用意されていた。
「城の食卓も豊かになりましたね」
「お前が原因だがな」
ハイ、そうですね。調味料や食材、調理法を回してますしね。
「王都の食卓も豊かになればたまにいってもいいんですけどね」
長年続いた弊害か、料理人は新しいことに挑戦しないのよね。しかも、これが貴族の食事だとばかりに固定しちゃってる。いくら美味しくても飽きて仕方がないわ。
「それ、わざとやってないだろう? お前ならどうとでもするだろう」
「ふふ。さすが叔父様。わかっちゃいましたか」
「これだけ散々やっておいて不可能と言うほうがどうかしている。意図的にやっているとわかるわ」
あらら。バレテーヤ。
「王都にはもう戻りたくありませんしね。下手に婚約させられるのも嫌ですし」
子供さえ産めばあとはどうでもいいって貴族はいるもの。そんなところに嫁がされるなんてゴメンだわ。
「まあ、お前の場合、変なところに嫁がせたら家を乗っ取るくらいのことはしそうだからな。兄上もしないだろう」
そうだといいんだけどね。
「ただ、お前は王妃様と繋がりがある。そちらから言われるのではないか? 言われたら断れないぞ」
「簡単には言ってきませんよ。館には王宮の目があります。わたしの性格も知られているでしょう。もし、言ってくるとしたら外堀を埋め、あらゆる逃げ道を断ち、こちらが断れない理由を用意してからでしょうね」
今はわたしを攻略するための情報収集をしているんでしょうよ。
「……よくそれで笑っていられるな。敵が間近で監視しているようなものだろう……」
「見えているものがすべてではありません。見えてないからと言って存在しないわけではありません。人の印象など曖昧なものです。近くにいたからなんだと言うのです? 人の本質はそう簡単に見えませんよ」
心を開けないのは悲しいけど、開いたところでおっぱい星人がこんにちは。ドン引きされるのがオチだわ。同志が現れない限り、わたしは偽りの伯爵令嬢を続けるまでだわ。
「ふふ。悲しそうな顔をしないでください。わたしは今、とても幸せなんですから」
おっぱいに囲まれた生活。貴族の義務もない。好きなことをできるスローライフ。これほど恵まれた者は他にはいないわ。
「わたしはわたしの大切なものを守るためなら手段は選びません。目的を見失ったりしません。心を偽ることなど造作もありません。大切なものがこの手から零れ落ちなければね……」
この手のひらは小さい。あれもこれもは乗せられない。なら、大切なものは厳選するべき。やっぱり、この手に乗るくらいのおっぱいが──じゃなくて! 家族が大切ってことなのよ! 本当よ!
「──お姉様!」
バン! と扉が開いてレアナが飛び込んできた。あと、ナジェスも。
「こら! はしたないぞ!」
「だっていつまでもお姉様がきてくれないんだもの!」
そう叫んでわたしに突進してきて抱きつくレアナ。お可愛いこと。
「叔父様。今日は二人を相手しますので面倒事はお任せしますね」
あまりわたしが出ると叔父様の立場が危ぶまれる。陰日向に叔父様を支えると致しましょう。
「ああ。他に疲れが溜まって休んでいると話しておくよ」
「ありがとうございます」
「お姉様、お話し聞かせて!」
「ぼ、ぼくも!」
ハイハイ。たくさんお話致しましょうと、二人を抱き締めてあげた。まったく、可愛い子たちだよ。




