105 長屋
朝食が終われば三人を工房に案内する。
と言ってもラーダニア様が使っている一軒家だ。さすがに数日で工房は造れないわよ。
「小さくてすみません。新しい工房は急いで造らせますけど、他にも造るものがあるのでここで我慢してください」
「いえいえ、このような立派な工房を使わせていただけるだけで満足ですよ! なんですか、この冷たい箱にお湯が自動的に沸く壺は? 特にトイレが素晴らしいです!」
マーレアンさんが工房の設備に大興奮。そんなキャラでしたの?
「まあ、気に入っていただけたら幸いです。必要なものが出てきたら遠慮なく相談してください」
保湿水の報酬としてラーダニア様の要望に答えている。いろいろな薬と引き換えにご用意致しますよ。
「身の回りのものを揃えたいときはアマデア商会に声をかけてくたさい。わたしのほうからも伝えておきますので」
「はい。よろしくお願いします」
工房の案内が終われば次は寝泊まりするところだ。工房の二階にも寝泊まりする部屋はあるけど、一人部屋しかない。とりあえず三人には長屋に寝泊まりしてもらうことにする。
ファンタジーな世界に長屋ってのもなんだかなーとは思うけど、職人たちには結構喜ばれているし、建てやすいと四棟くらい建てられているわ。
職人の奥様たちには食堂をやってもらい、独身者には喜ばれているわ。
「これが長屋ですか」
「ええ。部屋は独身者用と家族用があります。皆様は独身者用ですね」
長屋はこれからも増えるだろうから一ヶ所に纏め、十棟まで増やせられるよう土地は確保してある。
ただ、棟の並びは適当だ。家族棟、独身棟、独身棟、家族棟と並んであるわ。
一応、できた順に一号棟、二号棟とし、三人には三号棟を使ってもらう。
「本当なら男女を分けたいところですけど、まだ女性が少ないので鍵つきで対処しております。鍵はわたしの付与を施しているので複製は不可能です。失くしたときは報告してくださいね」
長屋の部屋に入る。
「部屋はこの通り狭いですけど、必要なものは揃っております」
ベッドに机、物入れ、衣紋掛け、そして、トイレ。これは、コノメノウ様がきてくださったからの設備だわ。
「トイレットペーパーは各自で買ってもらいます」
ここでは、葉っぱや手でとかでは禁止にしているわ。いくら手を洗ったからといって気分的に嫌だもの。木の消費量は上がるけど、仕方がないと許容するわ。
「部屋は火気厳禁です。魔法も強いのは自粛してくださいね」
エルフ種は誰でも魔法が使え、生活にも使っているとか。絶対使うなは無理なので、強い魔法は自粛してもらう形にすることにしたのよ。
部屋の説明をしたらあとは三人に任せ、わたしは館に戻った。
「タルル様は?」
「おそらくコノメノウ様の部屋ではないかと」
自由な聖獣様たち。場所を把握するのは難しいのよね。
コノメノウ様は部屋にいるのは魔力を吸い取っているので、部屋にいたらわかる仕様にはなっているわ。
とりあえず部屋にいってみる。
「失礼します」
ノックをして返事を待たずにドアを開ける。コノメノウ様、ノックをしても返事をしてくれないのよね。
「どうかしたか?」
「タルル様に用がありまして。ここにおりますか?」
姿はないけど。
「あやつなら長老のところにいったぞ」
「長老様のところに? またなぜ?」
今朝会ったばかりの間柄でしょうに。
「お近づきの印に酒を持っていった」
「……長老様、お酒なんて飲めたんですか……?」
野良と言うか、あの沼で生きている亀よね? お酒を飲む機会なんてあるの? と言うか飲めるの?
「村の連中が供えているみたいだぞ」
マジか! わたし、この辺のことなにも知らないわね!
「……それは失礼なことしました。次からは定期的にお酒を供えるようにしますわ……」
お社的なもの建てたほうがいいかしら? たまに草刈りをして見た目をよくしたほうがいいのかしら?
「別に構わんだろう。ただあの沼に住み着いているだけの亀だしな」
「タルル様があと百年もしたら聖獣化するとおっしゃってましたが」
「聖獣になったからと言ってなにか役目を与えられるわけでもなければ暮らしが変わるわけでもない。わしやタルルのように人とともに生きるほうが希だ」
もしかして、聖獣って結構いたりする?
「まあ、気になるならあの沼を保護区にして残してやれ。聖獣化すれば新たな住み処を探しにいけるだろうからな」
いったいどういう理屈かしら? まあ、探究したいわけでもないから軽く流しておくけどね。
「タルル様が帰ってきたら部屋をどうするか尋ねてもらえますか? さすがに用意しないのも不味いですから」
自由な方とは言え、部屋を用意しなかったなんて聞こえが悪い。使わなくても用意はしておくべきでしょう。
「妖精は気まぐれだからな。そう気にすることもないぞ。逆に決められると反発する。放置でよい」
コノメノウ様がそう言うなら求められるまでは放置しておきますか。
「わかりました。そうさせていただきます」
「そうしとけそうしとけ。あ、なにかツマミを頼む。ちょっと辛いのがいい」
「では、ニンニクチップを作らせます」
まだ唐辛子やカラシが見つかってないのでニンニクの辛味で我慢してもらいましょう。
コノメノウ様に一礼して部屋をあとにした。




