1039 ロイスタン・ジーヌ 下
「と、言った感じの叱咤激励でよろしかったでしょうか、公爵様?」
柔らかく微笑んで見せた。
公爵様では言えなかったことだ。天才であることに引けを取られて。なんとかできたのは当主としての力で押し込めることだけ。苦しかったでしょうよ。
「自分を優秀だと思っている方は滅多なことでは他者の意見など聞かないもの。それ以上の実力者でなければ耳も傾けないでしょう」
だからこそ、公爵様はわたしに頼ったのでしょう。わたしの異名は轟いているのだからね。悲しいことに……。
「なにか反論がございましたらお聞き致しますわよ」
わたしの異名と成してきたことを耳にしていれば大きい口は叩けないでしょう。自分にはそれだけの実績を残していないのだから。
できることは虚勢を張るか口数を多くするかのどちらか。貴方はどちらかしら? それとも第三の選択をしますか?
「……まさに名に恥じぬ怪嬢だな。わたしでは太刀打ちできないようだ……」
負けを認めるか。ふふ。やっぱり性根は悪くないようだわ。
「もし、ロイスタン様が十五から家を飛び出していたらわたしなんか太刀打ちもできない傑物となっていたでしょうね」
わたしが勝てているのは圧倒的経験力。前世の知識を持っているから。艱難辛苦を乗り越えて来たからだ。そうでなければ凡人のわたしが天才に敵うわけもないのよ。
「経験は大切ということか」
「天才など掃いて捨てるほどいるものです。しかし、天才が故に効率を求めてしまう。非効率を否定してしまう。読めてしまうのですよ。その動きが。単純明快に。ロイスタン様にはわたしの先が読めますか? 先手を取ることができますか? わたしは、効率も非効率も大事だと思う女ですよ」
凡人が故に無駄なこともする。回り道もする。答えに向かって一直線ってこともしない。いや、できない。できるのはいくつもの道を用意すること。どの道を通ろうと目的地に着けるようにしているまでだ。
「……読めるようで読めない。なにを考えているかわからない不気味さがあったよ……」
「なにを考えているかわからない者など王城にいくらでもおりますよ。心を隠し、欲を殺し、無能を装う者がね。正しいことが正しく働かず、数の力で歪められる。理不尽が罷り通る。どんなに頭を回転させようとも正解は見つからない。不正解が正しいとされたりする。貴族はそんな世界で生き残らねばならない。天才などちょっと有利にするくらいでしかありませんわ」
不気味など言っているようではダメだ。甘ったれた世間知らずのボンボンのセリフでしかない。いいカモでしかないわ。
「公爵様やミシエリル様は、そんな世界で戦っておるのですよ」
貴方が領地でぬくぬくしている間に、ね。




