1023 *マルセス* 上
「……怪物令嬢で怪嬢か。近くで見ると、異名負けしているな……」
あれは怪物なんて可愛いものではない。得体の知れない真っ黒に染まった闇の渦だ。恐怖そのもだ。同じ生き物とはまったく思えない。
「そうだな。見た目は幼いが、中にいるのは老獪な魔女のようだ」
兄上も同じ感想のようだ。いや、まだ可愛く見えているほうか。兄上も姉上も老獪な連中の中で生きているのだからな……。
「チェレミー嬢は危険ではありませんか?」
いや、危険そのものだ。あれは絶対に外に出してはダメな存在だ。なぜ王宮や王城は放っておくのだ?
「相変わらずお前は怖いもの知らずだな」
「そうね。まさかチェレミー嬢を危険と言えるのだから」
なぜか尊敬の目を向けられてしまった。
「きっとチェレミー嬢はマルセスを気に入るだろうな」
「ええ。面と向かって言ったらあなたを欲しがるでしょうね」
な、なにを言っているのだ、この二人は? そんなこと言うわけがなかろうに。
「王宮も王城もチェレミー嬢を警戒しているわ。でも、チェレミー嬢はそれを覆せるだけの知謀があるのよ。なんの武力も持たず、派閥も持たない。彼女一人で王宮を黙らせ、王城に自分の価値を示したわ」
「ミシエリルからチェレミー嬢のことを聞いても眉唾なところはあったが、この目で見て納得だ。いや、それ以上だ。同じ人とは思えんよ」
そう言う割には愉快そうな兄上。どこに愉快なことがあるというのだ? 脅威しかないだろうに。
「素直にチェレミー嬢を危険と言えるあなたを尊敬するわ」
「まったくだ」
いや、なぜ尊敬されるかがわからない。
「兄上たちは危険とは思わないのですか?」
「では訊くが、チェレミー嬢のなにが危険だと思うのだ?」
「な、なにって……」
え? なんだ? わたしはなにを危険視しているのだ?
「そう。ないのだ。チェレミー嬢の行動はすべてコルディーにあるのだ」
「これで贅沢だとか野心があるだとかならまだ納得できるの。でも、チェレミー嬢は質素倹約を地で行っている。高価な宝石をつけるわけでもなければ豪華な衣服を身に纏うこともない。美食ではあるけど、贅を凝らしたものを食べているわけでもない。カルディムではメイドと同じものを食べているというわ」
わたしも見ている限り、メイドを虐げることもない。自分のことは自分でこなしていた。とても令嬢とは思えない質素さであり、誰に対しても礼儀正しかった。
「もちろん、貴族としての考えは持っている。家のために動いている。だが、それは悪か? 間違いか?」
悪でもなければ間違いでもない。貴族として極普通の考えだ。
「確かにチェレミー嬢は、怪物だ。並みの老獪では太刀打ちできんだろう」
「だからこそ、チェレミー嬢の言葉を軽く扱うことはできないのよ。その言葉には双方の利が含まれているのだから」
なんなのだ、あのご令嬢は? さらに危険と思ってしまうわたしが間違っているのか?




