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演劇の道を進むのか、はたまたばっちゃんの志を果たすべく化学者の道を選ぶのか。真理とそれを取り囲む人々を巻き込んでの温かい中学生物語

 「真理ちゃん、武志君が来てるわよ」

さっき玄関のブザーが鳴っていたが、珍しく母が「わたしが出るわ」と言ってドアに向かったのだ。

「ハーイ、今行くわ。と言うか上がってもらって」と返事を返す。

「もう上がってるよ」後ろで声がする。

「は、早い。お主、忍びの者か?」

「今度の劇、忍者物に決めたのか?」

「バーカ、未だ春休み中だぞ。それに劇のテーマを決定するのは敵の山岡女史にあり。童はそれをありがたく頂だいして、敵のお気に召すようにシナリオに仕上げるしかない、悲しい囚人の身じゃ。オーイオイオイ」

「それ、泣いてる積りか」武志君、呆れたようにわたしを見つめる。

「で、何の用?」

「お前がさあ、あいつが居なくなって、定めし打ちひしがれて、4,5日漬けた白菜のようになっているんじゃないかと心配してたのにさ、意外と元気じゃないか」

「あいつ?ああ、東村君ね。彼行っちゃたわ、でもしおれた白菜にはなってはいないのだ。この世には素敵な恋が、それこそ星の数ほど落ちてるんだから。それに恋以外にも興味のある事が一杯溢れているわ。たった一つ恋を失くしたからと言ってしおれてる暇もないし、感傷に浸ってる時間も無い。まあ、詩の5,6枚は物にしたかな、わたしにはやらなきゃならないこと、学ばなきゃいけないことが山程有るんだから。でもさ、矢張りあれは初恋だったのかな」

「詩を5,6枚だって。ふうん、お前、威勢の良いこと言ってるけど・・ま、良いや、春休みは短いだろ、みんなで横浜辺りに行かないか?例の仲間でさ」

「横浜?わたし実は余り行った事ないんだ」

「俺もだよ。沢口が2,3回行った事があるだけで、他は皆、右に倣えだよ」

真理は少し考えた。みんなきっとわたしの事慰めようと計画立てたに違いない。ここで断ったりしたらみんなの心が傷つくだろう。しかも断る理由も全く持ってないのだから。

「そうねえ、横浜か。海があって船があって、中華街もある・・」

「そうなんだよ、帆船が、日本丸と云うのがが在ってさあ、今度の日曜にはその帆船が総帆展帆と言って、その帆を張るのを見られるんだってさ。凄いだろ、見てみたくないかい?」

武志君の目が輝いている。思い出した、この間の夏休み、沢口君と二人で彼は帆船のウッドモデルを作ったんだ。それでわたしもじっちゃんに同じ物を作って(殆ど母が作った?)プレゼントしたんだった。

「まあ、見たくないと言ったら嘘になるかな。でもそれを見るだけに横浜に出かけるのって・・」

「そこから山下公園や、港の見える丘の展望台、女の子の好きな人形の家なんかもある・・」

「他には?未だ在るでしょ、中華街以外にも」

「在るよ、君のお祖父さん船好きだったろ、他にこの勾玉のイザナギ神社から名前を取ったイザナギ丸が引退して、その豪華な内部を見学できるんだ。勿論操舵室もだけど。そ、それに・・」

「さっきから何を隠してんのよ、さっさと言いなさいよ、早く!」

「お前、漫画好き?」

「へっ、漫画。別に嫌いじゃないよ、寧ろ好きかな」

「ヘヘヘ、じゃあガンダム、知ってる?」

「名前は知ってるよ。内容はあんまり分らない。それでそのガンダムを劇にしたらって話し?」

「そ、そうじゃなくて、そのガンダム、ガンダムって戦闘人型ロボットですっごく大きいんだ」

「そのくらい分るよ」

「良かった!その実物大の模型を、模型と言っても本物みたいにリアルに出来ていて、空を飛んだり走ったり」

「ええっ、空を飛んだり走ったり出来るの、凄い。凄い何てもんじゃないわ」

「違う違う、空を飛んだり走ったりは出来ないけど、手や顔は動かせるやつが、直ぐ近くに展示されてるんだ。凄い迫力で人気があるらしいよ」

「分ったわ。初めは失恋の真理をみんなで慰める為にみんなで計画したのかと思ってたけど、そうじゃなくて、帆船見たい、客船の内部も見たい、ガンダムの実物大の模型はもっと見たい。男4人に、ムッちゃんは健太様の言いなりだし、篠原女史にいたっては沢口君の行く所、たとえ火の中水の中だし、美香ちゃんは武志君が喜んでいく所ならばのほうだから、こりゃあ、もう決まったような物だ。が、一応わたしの賛同も欲しいというところなのね」

「否、否、勿論お前の失恋を慰めるのが一番の目的だよ」

「良いんだ、そんなこと。今度の土曜日ね、行こう行こう横浜。わたし、じっちゃんの写真持って行こうかな、本当は船乗りってとてもハードでじっちゃん向きではないけどさ、夢の中では大海原を駆け巡っていたんだから」

二日後土曜日、朝8時に月見駅に集合。少し早いと言う意見もあったが、日本丸の総帆展帆を最初からきちんと見たいとの男性郡の意見を聞き入れ、そうしたのだ。幾らマガタマ市から横浜へ行くのに時間がかからなくなったと言え、東京を挟んでの移動だもの、それなりの距離はある。横浜には上野東京ラインで60分はかからないが、そこからみなとみらい線に乗り換える。目的の駅に着いたら先ずは日本丸へ直行。

「良かったあー、間に合った」男性郡、ホッと溜息。じっちゃんの写真も満足気だ。

次々張られていく帆、確かに美しいしその一方高所恐怖症の真理としては、何故か足の裏がこそ痒い。

「じっちゃん、あんな高いとこに登らなくてはいけないんだよ、無理なんじゃないの?」

じっちゃんはけして若い時は高所恐怖症ではなかったとばっちゃんは言ってた。段々苦手になりと言うか長年の飲酒がたたり、足元がふらつくようになって、高所を避けるようになったらしい。

帆が張られてる間に内部も見学する事に。女性軍は余り豪華ではない(何しろ練習船だもの)内部には興味を引かれる物もないので、さっさと外に出て再び帆が張られるのを眺める事にする。

ところが男性軍は操舵室の機械類にいたく興味を覚え、触ったり。写真を撮ったりと忙しい。

わたしもそういった機械類には感心のないほうだが、胸にぶら下げたじっちゃんの写真に対してそうあっさりと切り上げる訳にも行かず、分った振りして操舵室の中に居残った。

やがて男性陣も満足したのかそこから退散する事になったので、勿論わたしも(喜んで)外に出た。

帆は殆ど張り終える所だった。

「グッタイミング、もう少し遅かったら最後の満帆になる所、見損なうとこだったなあ」

男性たち、又胸を撫で下ろす。

やがて全部の帆が張り終わり、周りに詰めかけていた観客から一斉に割れんばかりの拍手が鳴り響いた。

「すっごく綺麗」「感動したわ」「わたしも男だったら遣ってみたい」とこれは女性陣にも大好評を得たようだ。勿論わたしも、おまけのじっちゃんも!

さて、直ぐにでも次ぎのイザナギ丸の方に男性諸君は向かいたい素振りだったが、もうお昼だったし、ここは第二の目的である山下公園を散策する前に、喫茶店を探して昼食を取る事に決定。

男性群も女性群も今見た東洋の白鳥と呼ばれていた日本丸の美しさに満足し、未だ少しその余韻に浸っているところか?が、腹ペコと食い気には負ける。

「何か無性に腹すいたなあ」

「朝早かったんでパン2枚しか食べてこなかった、早く喫茶店に入って、評判のパンケーキでも食べようか」なんて声が上がり始める。

よって、直ぐそばにある喫茶店に入り、お目当てのフワフワパンケーキと夫々好きな飲み物を注文し、男性諸君はそれだけじゃ足りないので、サンドイッチなども頼んだ。

「来て良かったよ」「でもこれから見に行くガンダムはもっと凄いぜ」「ああ、俺、夢の中でガンダムに乗ってる夢見たぜ」「ガンダム、東京とここ、2箇所在るんだよな、イザナギにも欲しいな」

男性たちはこれから向かうガンダムの話で持ちっきり。屹度目の前のふわふわのパンケーキなどどうでも好いのだ。口に入れば。

一方、女性達はパンケーキ礼賛の声。

「今までこんなパンケーキ、見たことも食べたこともないわ」

「わたしも。どうすればこんなにフワッフワに焼けるのかしら」

「それにかかってるソースも添えられたクリームも抜群、美味しいなんてもんじゃないわね」

お中はどうやら男衆も女衆も、話の中身とは関係なく満たされたようだ。

「えー、美味しいお食事の後は山下公園や港が見える丘など、歩いて腹ごなしをしましょう。赤い靴の少女の像もあるし、展望台もあるわ。それから・・」一応わたしがまとめ役を引き受ける。

「人形の家と言う人形の博物館もあるわ。わたし、西洋人形大好きなの」少し、言いよどんだわたしに続いて美香ちゃんがうっとりと呟いた。

美香ちゃんには悪いが、わたしは余りその西洋人形は好みではない。余りに目が大きくリアルで、若し夜人形が出てきて「こんにちは」て声掛けられたら、足がすくんでしまう。いやいや、夜でなくともじっとこちらを見ていて、何だか悪しき呪いを掛けられている、そんな気分になってしまう。

わたしにはリカちゃん人形位が一番ぴったりだな、本とに。

「男の人には詰まんないでしょうが、ここは我慢してもらわなくてわ」とムッちゃん。

「若し嫌だったら、外で待ってもらったら」と篠原女史。

「それが良いわ、男の人達につき合わせるのは悪いもの」これは千鶴ちゃん。

「否、あそこは女が喜ぶような人形だけじゃなく、可笑しな物や気味の悪いのや色んな物が集められているらしいぜ。折角来たんだから見ておこう」武志君が発言。

「そうだな、折角女性群と一緒に来たんだから、ここは一緒に入ろう。男だけだったらちょっと入りにくいしさ、たとえ興味のあるものが展示されていてもさ」沢口君も賛同。

「ではそう云う事にして、一先ず山下公園に行きましょうか」と立ち上がり、夫々の会計を支払った。

日頃の行いが良いせいか、とても良い天気で桜も大分散り、散歩するにはもってこいの陽気だ。

しかし、公園には人が一杯、コロナの事が頭を掠める。

「あっ、噴水が綺麗!もう少し暑かったら飛び込みたいくらいね」篠原女史が声を上げる。

「本と、飛び込んだら清々するかな」ムッちゃんだ。

「あんまり帆船、興味なかったの、気に入らなかったりして」

「ううん、ただ人が何処もかしこも人が沢山で、それが気になるのよ。心から安心して遊べない、楽しめないって悲しいじゃない、そう思わない?」

「それは言えるわねえ、コロナも変化してどんどん移りやすくなってるし」美香ちゃんも頷く。

「でも、噴水に飛び込まなくても、海を見てるだけでも清々するわ。わたし海大好き」千鶴ちゃんだ。

「あっ、あそこにあるのが赤い靴の女の子の像よ」篠原女史が指差す。

一同、像に向かって行く。

「ええっと、どうしてこの像が建てられたのかな?」

「昔、歌があってさ、何か悲しい言い伝えの歌がさ」あっちゃん。

「あ、ここに書いてある」

「結局、この子、船の中で結核に罹って死んじゃうのよね」

「この子、親に見離されたんだ。それで牧師さんに引き取られてアメリカに行く事になったんだ・・・わたし、親に見捨てられなくて良かったわ、例え父親だけだとしても」」千鶴ちゃんの呟きがみんなの心を打つ。

「千鶴ちゃんは、前のお母さんだって気に掛けていたの分ったんだし、今のお母さんだってほんとのお母さんと変らないぐらい千鶴ちゃんを愛してくれてるじゃない」わたしは千鶴ちゃんを抱き締める。

「そうだよ、この子とは全然違うよ」武志君。

「さあ、マリンタワーに上って横浜の景色、ジックリ見て人形館に行きましょう」美香ちゃんが雰囲気を吹き飛ばそうと明るい声で発破をかける。

又ゾロゾロ民族大移動。展望台に登る。天気が良くって、少し良すぎて遠くは白っぽくガスがかってる。海もそこに浮かぶ船も、大きく弧を描いて罹る端もイザナミでは消してみることは出来ない景色だ

「さあ、早くしないとガンダム、見損なっちゃうぞ」健太(様)が怒鳴る。

「未だ時間たっぷりあるわよ」ムッちゃんがたしなめたが、わたしも少し心配。

「イザナギ丸も見学しなくちゃいけないから、矢張り急ぎましょう」

みんなも同意。ぞろぞろみんなで降りる。

人形の家による。

成る程、可愛い人形や綺麗な人形だけじゃない、むしろ古い物や世界中から集めた珍しいもの、奇抜な物もあれば可笑しくて笑いを誘うもの、それから・・少しぞっとする物も沢山。

でも、男たちは気もそぞろ。心は既にこの先にあるガンダムに飛んでいる。普段なら不気味な物や、ちょっと怖そうなものがあれば、女達をからかったり脅したり仕様者なのに今回は「あ、これ不気味だな」とか「これさあ、夜見たら怖いよね」「え、この不気味なの作者が女性なんだ。女も強くなったんだなあ」と言うだけでそそくさと切り上げる。

明らかに女性群を急かせてはいないが、その分いささか哀れ。

「じゃあ、ここはこのくらいにして、次ぎ行って上げましょうか」わたしが助け舟を。

「そうね、わたしのお目当てのアンテックドールも見たことだし」美香も賛成。

美香が賛成すれば皆賛成となる。ではでは、出かけましょうか、ガンダムの世界へ。

山下公園を港の方へ下り、真っ直ぐ行けば男衆が夢にまで見た巨大ロボットのモデルに会えるのだ。

ジャジャジャーン、人は一杯、ロボットはでかい。マスクは2枚がけが良いようだ。皆、用意してきた、否、させられてきたマスクをもう一枚掛ける事にした。

「でかい」「迫力満点」「まるで本物みたい」「顔や手は動くのよね」と女性群もガンダム賛辞。

一方、男性群は「・・・・・・」声なし。只あんぐりと口開けて見とれるばかり。

「これも喋ったりダンスしたりしたら可愛いのに」篠原女史がふとアイボを思い出した。

「これはなあ、モビルスーツと言って、中に人が乗って操縦するんだよ。だから喋らない。それに戦う為にあるから、ダンスはしない」

武志君がムッとしたのか、やっと声を発した。

「そう、中に入って操縦するの?でも折角手足があるんだから、ダンスしたら良いと思うよ。そしたら争いは無くなるかも知れないわ」篠原女史。

「そうね、どうして人が人を攻撃するのかしら、ロシアのプーチンさんに聞いてみたいわ、どんな感情があれば、あんな残虐なことが平気で出来るのか、それも毎日毎日」美香や千鶴ちゃん達も加わった。

「ウーンこれは異星人の攻撃から地球人を守る為のロボットだよ、プーチンじゃない」

「プーチンさんはロシヤ人以外は異星人と見てるのかな」

「ロシヤ人だって自分にたてつく者は、みんな殺したり、拘束されているらしいわ」

「ロシヤの人達は余り良くこのことを知らないか、知ってても昔、自分たちが酷い目にあったからこれで良いと思ってるんだって」

ガンダムから話はそれてプーチンさんへ。ま、そうだよね、ウクライナの惨状が日々伝えられているんだもの、男衆の夢見心地の感動にバケツで水をぶっ掛けてしまう事になってしまったとしても。

しかしそう言った事を論議する事になっても矢張りガンダムは素晴しかった。勿論篠原女史の言うとおりダンスなど披露してくれれば、もっともっと賛嘆の拍手を贈っただろう。男性群の思いは知らないが。

時計はもう3時を過ぎようとしている。男達の名残りは尽きないようだったが、ここはきっちり計画実行在るのみ、彼等をここから引っ剥がすしかない。

「さあて、時間となりました。次も男性諸君の推薦のイザナギ丸見学でございます。同じエリアにありますが少し離れていますので、さっさと行くわよ」終わりはびっしと決めよう。

イザナギ号は帆船と違って以前は人と荷物を運んでいた立派で豪華な客船だったらしい。だから階段や壁の作りも装飾品も立派なら、食堂、カフェテラス、客室、それも一等客室やその特等室なんて女性群はもううっとりするしかない。

「良かったあ、この船の名がイザナギ丸で」

「このデザインはフランス人でアールデコ調とか言うらしいわよ」

「アールデコ調、何処かで聞いたような。でもどうしてイザナギ丸って名がつけられたのかしら?」

「そりゃ、ないでる方が安全だからに違いないからよ」

「それは言えるわね。でもそうじゃないみたいよ、これが出来た当時はみんな日本人は神社を崇拝してたから、船舶に神社の名前をつけたらしいわ。なんって立ってイザナギ神社は関東一の神社だったから」「わたしも調べてみたけれど、何処も何故、イザナギ神社なのか書いてないのよね。只そこから取ったとか、船長始め乗組員が毎年お参りに行くとか、船の中に御神体が祭られているとか、外国で珍しいものが手に入ったら奉納していたとか・・・ああ、この階段の手摺りにイザナギ神社の神文である、八雲がデザインされてもいるのよ」

「そうそうこのイザナギ丸はとても運の良い船舶らしいわ、戦争中は病院船として使われていたらしいけど。魚雷や砲撃、潜水艦とかの災難を潜り抜け、戦後は没収されて売り飛ばされそうになったけど、それもま、何とかお目こぼしになって、無事、元の貨客船に戻ることが出来るようになったのよ。それに一時はスクラップになる運命だったのを今このように優美な姿をみんなに見せて余生を送ってると言う話し」

女性たちは予習にしっかり取り組んだらしい。

では男性諸君はどうした。

居た居た客室や食堂のアールデコにはささっと目をとおし、あとは操舵室の中を点検中。

「あこれだよ、これでこの下の船長室と話をするんだよ」

「俺もこれだと思ったよ。他にはそれらしいものは無いもんな」

「ああ、俺も船乗って大海原を冒険してみたいなあ!」

「俺も、海は男のロマンだぜ」

さっきまでガンダムこそ男の憧れ、夢、見たいなこと言ってた少年たちは今はそれを忘れて、その心は大海原とやらに囚われ、木の葉のごとく揺れている。

「あっ、ここに、神棚が在る、これがイザナギの神様を祭っているところね」

「本とちゃんと祀ってあるわ」

「わたし達マガタマ市から来ました。この間このメンバーでイザナギ神社に初詣してきました。とても厳かでわたし、とても好きなんです」

「ええ、イザナギ神社はわたし達の誇りです」

ここでも女性たちは操舵室の機械に無頓着で、別の話のほうに逸れて行く。

「ねえ、ここのカレー有名らしいよ、食べてみたくない?」

「そうそう、100年続くイザナギ丸ドライカレーね。わたしも食べてみたい」

「小腹も空いたみたいだし」

「小腹どころか大腹も物凄く減ったぞ」女性群の中に健太(様)の声が割り込んでくる。

「そうだな、、パン類は腹持ちしねえし、良く歩き回ったし」

「カレー、旨そうだし」

「行こう行こう、早くしないと食い損なうよ」アッちゃんだ。

バーデ南極料理ミライとか言う長い名前の付いた船内店にはいる。

「ここの料理長は前南極で料理作っていたらしいよ」

「そうなのね、でも今日は100年続くイザナギ丸ドライカレーで行くわよ」

「南極料理は又この次の機会に・・それが何時かはわからないけどね」

みんな笑う。

「帰りにお土産に買って帰ろう」

「わたしも買って帰るわ」と言う訳でみんなのお土産も決まった。

サッパリ味のカレーは後を引く美味しさだった。

お土産も手に入れ、そろそろ定刻の5時になり船から降りて、電車に戻る。

「みんなさあ、今日はありがとう。船だ、ガンダムだと建前は色々並べてくれたけど、何て言ったってその下には失恋の真理を慰めようと言う思いが込められているんだよねえ。楽しかったよ、本当に」

わたしは感謝の言葉を述べた。

「感謝されることは何もないわ、わたし達も春休み何かしたかったし、どこかに行きたかったんだ」

美香ちゃんがさらりと言い、千鶴ちゃんも賛同。

「わたしは沢口君と一緒に過す事が出来て最高」篠原女史。

「お、俺も本当にガンダムや船を見たかったんだ」健太(様)の声にムッちゃんも頷く。

「本とだよ、俺達が去年の夏、帆船の模型作っていただろう。あの時、本物を見たいと思っていたんだ」

沢口君が口を滑らす。篠原女史の目がきらりと光る。

「アア、あの時の帆船ね」美香が追い討ちをかける。

わたしは武志君に目配せをした。

「去年の夏、沢口と俺で帆船を作って、美術の宿題として提出したんだ。二人で俺んちで。頑張ったよなあ。その時真理と美香が見学に来ててさ」

「そうだったわ、殆ど出来かかっていて、それ見てわたしも作っておじいちゃんにプレゼントしようと決めたんだ」少し変な顔してる美香ちゃんを無視して、話を武志君に合わせた。

「あの時は、真理ちゃん大変だったよね、台本書いたり、曾おばあちゃんがなくなったり。僕本当に真理ちゃん、偉いなあと思ったよ」アッちゃんが締めた。

 この楽しい思い出を残して春休みは終わり、学校が始まった。

武志君や沢口君たちは3年になり、いよいよ高校受験に向けて走る事になり、わたしらは2年生になって新1年生を迎えるのだ。

と云う事は新入部員を獲得しなくてはいけないのだ。去年は地獄の体力増強クラブのデマ(?)が邪魔をして部員が集まらなかったので、今回はそう云う事が無いようにと山岡女史に強く注意を受ける。だがそれにしても今部員が前と比べ物にならないほど居て、山岡女史も余裕の態だ。

「あ、あのう、わたし、劇好きですが、その・・・とてもシナリオなんて書けないと思いますが、入部できるでしょうか?」

「ここの演劇部、色んな有名な物語を全然違った風にアレンジしてやるとか聞きましたが、ほんとうでしょうか?」

「役を決めるのに走って早く走ったものが、良い役もらえると聞きましたけど、わたし足遅いので悪い役しか回ってこないんじゃないかと心配なんですが」

「ここの部長、女性とか聞きましたが、男は主役は出来ないんですか」等々入部に在ったって様々な意見が述べられた。

間違った聞き伝えが多いが真実に近い物もある。でもでも、去年はそもそも入部希望者の意見なんて聞かれたっけ?考えれば考えるほど腹が立つ。

山岡女史の弁舌というか言いくるめと云うべきか、男2名、女3名が入部することが決まった。

3年になった部長の松山君が挨拶に立つ。

「えー、僕が部長の松山です。男です。シナリオは全く、ノータッチです。副部長の小栗さんもノータッチでして、山岡先生も殆どノータッチです。じゃあ誰が書いてるかというと、そこにいる島田さんが書いています。彼女は2年生です。じゃあ、主役は女かというと去年を振り返ってみると2学期の新シンデレラ伝説だけで、他は誰が主役と云う事はありませんでした。彼女一人に台本作りを押し付けるのは、僕としてはちょっと肩身の狭い思いです。何とか彼女の片腕になる人物が現われて欲しいと思っています。役は彼女が何とか平等になるように書いていて呉れますが、遣りたい役はそれぞれですから、走って決めることも在るし、話し合いで決めることも在ります。体力は何と言っても全ての基礎に成りますから、演劇部にとっても大事です。体力作りを疎かにしない事と発声練習、早口言葉の練習の基礎的な事を大事にして、音を上げる事無く頑張ってください」立派な挨拶だ。

しかし、去年はこういった挨拶もなかったぞ。未だに誰が部長だったのか副部長だったのか不明のままだ。でもこうして部は存続してるのだから、まあ良しとするか。

「新しい部員も入って、このクラブも一応安泰ね。あなたが居なくなった後の事は今は考える時じゃないし、わたしも未だここに居られる事だから先ずは頑張りましょう」

そうか、先生という稼業にも学校の移動があるんだ。若し、山岡先生が居なくなり、新しい顧問の先生になったらこのクラブも大きく変らざるを得ないんだ。彼女が居なくなったらせいせいする?ウーン分らない、若しかしたら彼女あってのこのクラブなのかも知れないなあ、彼女は彼女の方法で一人ひとりの才能を伸ばしていると強く感じることがあるもの。

「そこで、色々考えたのだけど1学期でしょう、去年はイソップだったから、今年もそう言った線で行こうかと・・」

「えっ、又イソップですか。まイソップも沢山話がありますから」

「そうじゃなくて・・そう云う軽いものにしようかと」

「イソップはけして軽い話ではありませんが・・」

「いや、子供でも読める、子供でも知ってるという意味よ。例えば、ピノキオとか桃太郎とか」

「ピノキオ、桃太郎。両方とも劇にしやすいですね」

「でも、ピノキオは鼻が伸びたりクジラに飲み込まれたり、桃太郎はキジが飛んだり・・でもあなたならそれをカバー出来るわよねえ・・ねえこの二つ旨い具合にミックス出来ないかしら。何時もの通りあなたの勝手な妄想入れて鎌わないから」

何時ものわたしの勝手な妄想ですって。本とに彼女の発言には腹の立つ事が多すぎる。でも我慢しよう、先生の移動なんてこと考えた所為か、今回は余り腹が立たなかった。

「ピノキオと桃太郎ですね」

「何時ものように余り服装や大道具、小道具には費用がかからないようにね」

「分ってます。でも、部員も多くなって部費も結構豊かになって来たんじゃないですか?先生」

「部費なんて微々たる物よ、分ってるでしょう」

うーむ、成る程それは言える。

「心して台本、書かせてもらいます」

「あ、それから、今年の新入りの女子にあなたの後釜になりそうな子が入ったのよ、それも頭の隅っこに入れといて」

山岡女史の突然の発言に驚くわたし。

「えっ、本とですか?嬉しいな、じゃあわたしの出番は今回限りかな?」

「冗談じゃない、あなたは卒業するまで、ここの台本書きよ。あの子はあなたの台本を読んで勉強していくの。調べてみたけど今の状態じゃ、使い物にならないわ」

「急に才能に目覚めたりして」

「それどころか全く才能なかったのが判明するほうが確実ね」

うーん残念。わたしはここを卒業するまで彼女の奴隷だあ。

ガックリ傷心の思いを抱えて学校から帰り、早速台本作りに撮りかかろう。

ピノキオと桃太郎か。どちらも子の無い人間に授けられたもので、方や人間の能力を持つ木の人形、方や桃から生まれた子供。ふうん、ま、やってみようか。

場所は日本じゃ無い所。だって日本だったらちょんまげ必要だしな、費用は無いとくればそのままの姿か

紙の頭飾りしか許されない。

時代は現代ではない,やや昔だ。

ナレーター

 昔、と言ってもそれほど昔でない時、日本ではないある村に木の人形を作って生活してる夫婦が居ました。二人はとても仲の良い夫婦でしたが、子供がいないのを少し寂しく感じていました

夫と妻が木の人形作りをしている。夫は木を削り、妻は色付けをしている。

妻、ナタリー

 あなた、今日はこれくらいにして人形作り終わりにしましょうか

夫、フランキー

 ああそうだねえ、もう二人ともスッカリ年取ってしまって、直ぐ疲れてしまうなあ。今日はこれぐらいにするか。でもお前、今度の人形、良く出来てるねえ、本物のようだよ

ナタリー

 ええ、あなたの作った土台がとても素晴しかったので、精魂込めて顔を描き、洋服も可愛く出来上がりました

フランキー

 これが本当に動き出してお父さん、お母さんって喋りだしたら嬉しいけど、これは人形に過ぎないんだ

ナタリー

 ええ、そうだったらどんなに嬉しいでしょうね。でも本とに喋り出しそう

人形、少し手を動かす

フランキー

 おや、何か動いたような。目の錯覚かな、それともさっき馬車が通ったのでその振動で動いたのかな

ナタリー

 目の錯覚ですよ・・いえいえ、ほら今又動いたわ

木の人形、今度は首を動かす

ナタリー、フランキー

 わあ、本とに動いた

木の人形は目をパチパチさせる

フランキー

 お、お前はもしかしたら話せるのか?

木の人形

 お、ま、え、も、し、か、し、た、ら、は、な、せ、る、の、か

ナタリー

 お、お母さんと言ってごらん、お・か・あ・さ・ん

木の人形

 お・か・あ・さ・ん、お母さん

フランキー

 よし、今度はお父さんだ。さあ今度は良いか、、お父さんだ。お・と・う・さ・ん

木の人形

 お・と・う・さ・ん、おとうさん、お父さん

二人手を取り合って喜ぶ

暗転

ナレーター

 その人形はピノキオと名づけられ、二人の教育と周りの温かい励ましのお陰でどんどん言葉も覚え、体の動きもスムーズになって行きました。それから3年の月日が経ちました。

ここは村の市場です。ピノキオはお使いに遣ってきました

野菜を売ってる人と飴売りがいる

ピノキオ 

 えーと、ジャガと人参と玉葱だったっけな・・それと卵を買わなくちゃいけないんだ

野菜売り

 はい坊や、うちの野菜は新鮮で安いよ、お買い得だよ、お買い得、さあ、買っておくれ

ピノキオ

 お買い得?それなあに?それは頼まれていないや

野菜売り

 坊や、冷やかしかい、だったらあっちに行きな。変な子供だねえ

後ろからキャスパーとポールが近づき、肩を叩く

キャスパー

 はい、お前、名前は何て言うんだ。

ポール

 お前、お使い初めてだろう?何が欲しいんだ

ピノキオ

 僕、ピノキオ。ジャガと人参と玉葱、それから卵を買ってくるように言われたんだ。でも野菜売りの人はお買い得を買えと言って、売ってくれないんだ

二人は笑いを堪えながら

キャスパー

 そうかい、悪い野菜売りだなあ、そうだここからちょっと遠いけど野菜畑があるから、そこで野菜は仕入れれば良いよ

ポール

 そこならタダ当然。卵は買うとして、お金余るだろう?それであそこの飴を買おう

ピノキオ

 駄目だよう、他の物買っちゃいけないんだよ

キャスパー

 でもさあ、可哀想な子がいて、その子に恵んでやったことにすれば大丈夫だよ

ポール

 そうそう、俺達実は可哀想な子でさあ、朝から何も食べていないんだよ。かわいそうだろう

ピノキオ

 朝から?そりゃ可哀想だな。僕、卵と飴を買うことに決めたよ

キャスパーとポール、顔を合わせてにやりと笑う。

3人は野菜売りから卵を買い、横の飴売りから飴を買う。

飴売り

 はい坊や、これ飴ね。でも随分沢山買うんだねえ

ピノキオ

 この二人、朝から何も食べていないんだって。可哀想だから飴かって上げるんだ

飴売り

 え、そう。それは違うと思うよ、だってそこの二人、さっきあっちの方でパン食べてたよ

二人慌ててピノキオのそばに駆け寄りる

キャスパーとポール

 さあ、早くしないと野菜の方が逃げていくよ。あいつ逃げ足速いからな

二人、ピノキオわ抱えるようにしてそこから消える

暗転

ピノキオの家

畑の持ち主と縮こまる夫婦、泥で汚れたピノキオ

畑の持ち主

 この頃畑のものが良く盗まれると思って張り込んでいたら、来た来た3人組がさあ。掴まえようとしたら後の二人はにげられてしまったんだ。逃げた奴の事を聞きだそうとしたが知らぬ存ぜぬで何も答えない。仕方が無いのでこの子の家を聞いてここに来たって訳だ。こんなちび助に何も出来る訳がない、他の二人の事を話せば許してあげようと思ってさ

フランキー

 それはそれは申し訳ないことです。この子は未だ人間になって3年なもんで、未だ遣っていい事と悪い事が分かっていないんです。さあピノキオ、お前と一緒に居た友達の名前、言ってごらん

ナタリー

 本当に申し訳ないことを遣ってしまいました。この子は本当はとても優しい子でそんなことの出来る子ではないんです

ピノキオ

 あの子達。僕本当に知らないんだ。市場でジャガと人参と玉葱を買おうとしたら、八百屋さんがお買い得しか売らないって言うから困っていた所を来てくれて、もっと安いとこに連れて行ってくれるって言ったんだ、それにあの二人、朝から何も食べていないくて可哀想だから飴を買ってあげたんだ。可哀想な人には親切にしてあげなくちゃいけないんでしょう?

ナタリー

 だからお金が無くなっていたのね

畑の持ち主

 その話が本当なら、犯人はあいつらだ。坊や、あんたはあの二人に騙されたのさ。これからはよーく気をつけるんだよ

フランキー

 悪い友達とはこれから先、遊ばせないようにさせます。本当に今日はご迷惑かけました

フランキーとナタリーは畑の持ち主に深々と頭を下げる

暗転

村のはずれで石の上に腰掛けている。そこに着物姿の桃太郎と猿、犬、雉の一行が通りかかる

桃太郎

 はい、こんにちは。一体君はなにをしてるのかな

ピノキオ

 ウン、僕ねえ、良い子になりたいんだ。でもさあ、遣る事なすこと失敗ばかりでさあ、茶碗洗えば茶碗割っちゃうし、掃除してもお母さんが遣ってるみたいに綺麗に出来ない。庭の手入れを手伝えば、植えたばかりの苗を引っこ抜いてしまうし・・

 それで叱られてここに居るのかい

ピノキオ

 ううん、お父さんもお母さんもとても優しいから全然怒らないよ。

 じゃあ、何もしょげ返る事ないよ、胸張って帰りなよ

 始めから旨く行くなんてことないからさ、大丈夫だよ

そこに例の二人組みが遣ってくる

キャスパー、ポール

 ヤー、ピノキオ、この間は面白かったね。今日はどんなお使いかな?

ピノキオ

 もう僕、君たちとは遊ばないよ。この間卵を買いに行くと言ったら、安くて新鮮なとこ知ってるって言って、他所のニワトリさんを脅かしたり、小屋を壊したりしただろう。あの後どんなにお父さんやお母さんがそこの家の人に謝った事か。僕は君たちと遊んではいけないことになってるので、僕一人で遣った事にして、お金は可哀想な子供が居たので上げたと言ったんだ。すると僕の鼻がどんどん伸びて葉っぱまで生えてきたんだ。だから正直に話して許してもらい、君たちとは遊ばない約束をしたんだ

キャスパー

 そうだったのか、あれは本当に悪かったと反省してるよ

ポール

 だから、あの時のお金、こうして持って来たんだ。だから、又遊ぼう

 お金を返せばそれで済む問題ではないと思うよ

 そうだよ、チャンとピノキオさんのお父さんとお母さんに会って謝るべきだよ

キャスパー

 で、でも、それはちょっと苦手だなあ

 苦手とか言う問題じゃないよ。きちんと謝るべきだよ

ポール

 所で君たちは一体何者なんだ?

桃太郎

 僕は桃太郎という者なんだ。実は人間の子供ではなくて桃の子なんだ。僕を拾って育ててくれたおじいさんとおばあさんに恩返しがしたくって、僕の村やここいら辺りの村を荒らし回っている、このズーッと先にあるクジラ島に済む鬼を退治しに行く途中なんだ

 僕達、ここのおばあさんが作る黍団子がとても美味しくて、毎日一つずつ貰って食べていたんです

 それでこの度、桃太郎さんが鬼退治に行くと聞いて、僕達にも是非手伝わせて欲しいと申し出たんです

 おじいさんもおばあさんも、桃太郎一人じゃとても無理だと心配していた所なので、丁度良かったと喜んでくれました

キャスパーとポール笑い転げる

キャスパー

 君たち、たった4人であの鬼たちを退治できると思ってるのかい。若しそれが出来るのならとっくにこの近くの村の若者が集まって、あの憎たらしい鬼たちをやっつけているさ

ポール

 そうだねえ、どんなに腕が立つと言ってもたった4人じゃ、反対に捕まって捕虜になるのが良いとこだろうな

桃太郎

 それはそうだなあ、今まで何人もの若者が行って帰って来なかったんだ。ウーン、でも行かないと云う訳には出来ないし・・

キャスパー

俺達、村の若者を集めて手伝ってやっても良いぜ

ポール

 そうそう、俺達仲間が沢山居るんだ

桃太郎

 そうだな、手伝ってもらう事にしよう。でも君たち剣術は出来そうもないなあ。

 桃太郎さん、少し教えて遣ったらいかがですか

 それが良いです、このままじゃ返って足手まといになりますよ

 桃太郎さんは剣の達人だけでなく教えるのも旨いから

桃太郎

 分った、これからこの二人を連れて先ずピノキオさんの家に行って、先ずは謝らせよう。話はそれからだ。良いかい、ピノキオさん

ピノキオ

 良いよ、良く分んないけど

暗転

ピノキオの家

ナタリー

 まあピノキオ、何処へ行ってたの?帰りが遅いので心配してたんだよ

フランキー

 サーカス団が来てたから、騙されてサーカス団に売り飛ばされたんじゃないかと心配してたんだよ

ナタリー

 それにしても沢山の友達を連れて来たんだねえ

フランキー

 まあ此方へ入っておくれ

桃太郎

 失礼いたします。わたしは桃太郎といってこれからクジラ島へ鬼退治に行く途中、ピノキオさんに出会いました。ところがここに居る二人がピノキオさんに悪さをしたとか。二人はピノキオさんのご両親に謝りたいと申しております

キャスパー、ポール

 今までピノキオがした悪さは皆、俺達が本当は遣った事です。お金も少し足りないですが返します。御免なさい

猿、犬、雉

 僕達からも厳しく注意しましたので許してやってください

フランキー、ナタリー

 ま、まあ、謝っているんなら今回は許してあげようかねえ

桃太郎

 そこでお願いがあります。わたし達4人で初めは鬼退治に行こうと思っていたんですが、こいつらが言うには、とても4人では無理と言われ、こいつらやこいつらの仲間が助けてくれると言うんです

 でも彼等の今の腕前じゃとても鬼退治は出来ません

 そこで彼等に剣術を教えようと言う事になったんです

 桃太郎さんは腕も立つし教えるのも上手なんです

桃太郎

 だからお願いと言うのは、暫くの間ここに滞在させて頂きたいのです。家事でも何でも手伝います。宿代も大して払えませんが、どうか聞き届けてもらえませんでしょうか

フランキー

 鬼退治に行ってくださる方に宿代なんてとんでもない、喜んでお留め致しますよ

ナタリー

 ええ、我が家だと思っておくつろぎ下さい。ピノキオにも良いお手本になりますし

ピノキオ

 ぼ、僕も剣術習っても良いかな?

フランキー

 ああ良いとも、ピノキオも強くならなきゃなあ

ナタリー

 ええピノキオも桃太郎さんのように礼儀正しい子になって欲しいわ

暗転

ナレーター

 それから半年ほど経ちました。いよいよ出発の時が近づいて、村人も見送りに集まっています

桃太郎

 お世話になりました。では我々9名、今からクジラ島へ鬼退治に向かいます

村人(口々に)

 頑張れよ、勝利を祈ってるよ

ピノキオ

 僕も行きたいなー、僕だって一生懸命剣術稽古したのに、連れて行ってもらえないんだ

ナタリー

 未だピノキオは小さいし力も弱いんだから今回は諦めて頂だい

フランキー

 そうだとも、鬼はでっかくて強いんだぞピノキオなんて一ころだよ

ピノキオ

 ハーイ、仕方が無いから、諦めよう

フランキー、ナタリー

 そうそう、聞き分けの良い子だ

桃太郎一行

 必ず勝ってきます、では行って来ます

桃太郎一行は手を振り左手へと消える

暗転

ピノキオの家。フランキーとナタリーがおろおろしている、村人が入ってくる

村人1

 あっちこっち探したけど、ピノキオは何処にも居なかっただよ

別の村人も走ってくる

村人2

 みんなに聞いてみたけど、ピノキオが何処に行ったかわかんねえって

村人3

 マイクのやつが、ピノキオが一人であのクジラ島のほうへ歩いていくのを見たとか言ってたぞ

ナタリー

 や、やっぱり。桃太郎さんの後を追いかけたのね。ど、どうしたら良いのかしら

フランキー

 お、俺が後を追いかけて、連れ戻してくる。心配するなナタリー

ナタリー

 でももし間に合わなかったら

フランキー

 大丈夫、走って行く。ピノキオの為ならクジラ島だって鬼だってへっちゃらだあ

村人達

 わー凄い、頼もしい!

村人、拍手

暗転

ナレーター

 ここはクジラ島。鬼の大将とその配下が住んでいると言う噂があります。そこへ桃たろう達一行が遣って来ました

桃太郎一行が右手より出てくる

桃太郎

 良いか、先ず狙うは大将だ。一気にみんなで襲い掛かる。これを人質にとってみんなを捕まえるんだ

みんな(小さい声で)

 オー

 わたしが先ず、大将に旨いこと言って酒を勧めます

 次に大将の酔いが回ったところで合図します。犬の遠吠えって奴です

 その次にわたしが高く飛んで大将の目を目指し突き刺します

キャスパー、ポール

 その後俺達が一斉に彼に飛びついて縛り上げる

桃太郎

 その間、君たちに襲い掛かるものが居たら、僕がやっつける。だから安心して自分達の仕事をしてくれ

みんな(小さな声で)

 オー

みんな、そこから左手に消える

ナレーター

 それから少し時間が経ちました。そこへピノキオがやってきました

ピノキオ右手より現われる

ピノキオ(小さめの声で)

 桃太郎さーん、何処に居るのー。桃太郎さーん、僕一人じゃ怖いよう

鬼1(左手より現われる)

 さっきから何か人の話し声がすると思って来て見れば、子供が一人紛れ込んでいたんだ。オイ小僧、お前一人でここに着たのか?

ピノキオ

 や、やあ鬼さん、こんにちは。僕ここには一人で来たんだよ。ででも、僕より先に桃太郎さんと言う強い強い人が来たはずなんだけど、み、見なかった

鬼2(左手より)

 どうした、何かあったのか。何だ子供じゃないか、それもなんか人形みたいな

鬼1

 ウン、一人で来たといってるが、何か強い強い人が先に来たと言ってるんだ

鬼2

 強い奴だと。そいつは何処に居るんだ

ピノキオ

 だから僕も探しているんだよ、おじさんたちも一緒に探してくれるの?

鬼達、腹を抱えて笑う

鬼1

 そうだな、そいつ強いとか言ってたからお前を人質にしようかな

鬼2

 ウンそれが良い、早くこいつを縛り上げよう

二人はピノキオを捕まえようとし、ピノキオ慌てて逃げようとする

ピノキオ

 やだよう、やだよう

右手よりフランキーが現われる

ピノキオ

 あ、おとうさんだ!

鬼1,2

 何お父さんだと!

フランキー(ハーハー息を切らしている)

 ピノキオ無事だったのか、良かった、間に合って。どうして黙って家を出たんだ、お母さんも心配してたぞ

ピノキオ

 僕も桃太郎さん達と一緒に行きたかったんだもん

フランキー

 でもお前は未だ小さい。鬼さんたちに適う訳がない。だから反対したんだよ

ピノキオ

 ご、御免なさい。でもあれから桃太郎さん達に教えてもらって少しは強くなったと思ったんだけどなあ

フランキー

 まだまだだよ、もっともっと修行を積まなければ、剣術だって人形作りだって旨くならないのさ

ピノキオ

 分った、僕家に帰ったら、お父さんの人形作り勉強して、うんと立派な人形作り師になるよ

鬼1,2腹を抱えて笑う

鬼1

 残念だったな、お前たちはここで命を落とすか、大将の下で働くかどっちかだ。もう家には帰れない

鬼2

 さあ早く観念しろ。先ずは小僧からだ

フランキー

 な、何をする!俺の大事な一人息子に!

フランキーは持っていた棒で鬼1,2をぶん殴る

鬼1,2(頭を擦りながら)

 いててて、こいつ手向かう気か

フランキー

 剣術のほうは桃太郎さんには適わないけど、ピノキオを思う気持ちはこの世で一番、ナタリーと同じくらいに強いんだ。鬼どもよ、息子に手出しはさせないぞ

鬼1

 何か威勢が良いなあ、年寄りにしちゃあ

鬼2

 でその、ナタリーって誰?

フランキー

 そ、それは、俺の奥さんだ。とても綺麗で優しいんだぞ

ピノキオ

 お父さんは人形作りでは世界一で、お母さんはそれに顔を描いたり、色を塗って仕上げるんだ。僕も二人に作ってもらったんだぞ

鬼1

 通りで何か人形臭いと思ったんだ

鬼2

 こりゃ面白い。大将のとこへ連れて行ったら喜ばれるぜ

鬼1、

 何か奥の方が賑やかだな、俺、ちょっと見てくる

鬼1左手に去る

フランキー

 今だピノキオ、こいつをやっつけよう

ピノキオ

 ウン、僕も木の棒持って来たんだ

鬼2

 ななんだと

フランキーとピノキオ、二人同時に木の棒で鬼に襲い掛かる

鬼2

 ワー、イタイイタイ

フランキーは鬼にのしかかる

フランキー

 ピノキオ、その紐を持って来て、早く縛るんだよ

ピノキオ

 ウン、分ったよ

ピノキオ、落ちている紐を拾って急いで先ずは手から縛っていく

フランキー

 上手い上手い。お前も段々一人前に成ってきたな

ピノキオ

 ヘヘヘ、ありがとう

左手より桃太郎が鬼1を縛って出てくる

桃太郎

 あ、ピノキオ、それにおじさん、大丈夫ですか。この鬼があなたたちの事を言ってたんで、心配して駆けつけたのですが、心配無用でしたね

フランキー

 ああ、どうにかね。二人してやっつけたんだよ

ピノキオ

 僕が縛ったんだよ、お父さんに少し手伝ってもらったけど

フランキー

 向こうの鬼退治は上手く行ったのかい

桃太郎

 大将の目を少々怪我させてしまったけど他の鬼たちは全部捕まえました。囚われて下働きをさせられていた連中はみな、助け出しています。それに強奪した品物も沢山残っていましたので、彼等の船で彼等を遠くの離れ小島に連れて行く途中、村々に返そうと思います

左手よりキャスパー、ポールが現われる

キャスパー

 桃太郎さん、大体船の積み込みは終わりましたし鬼達も乗せました

ポール

 そこにいるのはピノキオじゃあないか、それにおじさんも

ピノキオ

 僕も後を追いかけたんだよ。そしたらこの鬼さんたちが現われて、僕捕まりそうになったけど、お父さんが来て、この鬼さんが一人になったんでお父さんと二人で遣っ付けたんだ

きゃすぱー

 そりゃ凄い、ピノキオももう一人前だ

ポール

 これで村に胸を張って帰れると言うもんだ。

キャスパー

 俺達の村から取られたもんが結構あるし、それを持って帰れば感謝もされる

フランキー

 沢山あるのかい

キャスパー

 結構あるよ、ここに在る大八車に乗せてみんなで押して帰ろう

ポール

 これも桃太郎さんの剣術とその指導のお陰、感謝します

フランキー

 わたしからも村を代表して感謝いたします、ありがとうございます

ピノキオ

 僕からもありがとう御座います

左手から猿、犬、雉、キャスパー等の仲間が現われる

桃太郎

 いやいや、初めにキャスパーさん達が言った通り、僕達だけでなくいり念な準備をし、みんなの協力があってこそ、強い鬼たちに勝つことが出来たと僕は思います

 そうです、そうです。皆さんの協力の賜物です

 どうです、ここでみんなで勝利の掛け声を上げましょうか

 賛成です。桃太郎さんの掛け声でみんな一斉に

桃太郎

 では僕から。エイエイオー!(こぶしを振り上げる)

一同

 エイエイオー!

猿、犬、雉

 もう一回お願いします

桃太郎

 ではもう一度、エイエイオー!

一同

 エイエイオー!


こんなもんでどうだろう。部員の数も一切考えないで書いてきたけど大丈夫かな?

それに、この劇のお題は?ふうん、「ピノキオと桃太郎」なんて全然面白くないし、「ピノキオ異聞」じゃ桃太郎はどうすんのよ。

ええい、「ピノキオ?桃太郎?」って題にしちゃえ。大体日本の昔話と西洋の、イタリア?の物語を制作費がないとか言われてくっ付けさせられ、台本を書かされる中二の可哀想な女の子こそ憐れという物だ。

わたしがこうして台本と格闘している間にも、例年恒例の筋肉増強演劇クラブの校庭ランニング、腹筋運動によって部員たちはヒーヒー言いながらも鍛えられ、早口言葉の練習にも余念がない。勿論わたしも一緒だ。台本書きと言えども免除させるとかの恩恵は山岡女史の頭の中には存在しないのだ。

「あのう、一応書きあがりましたが、部員の人数を念頭に入れていませんでした」

山岡女史、じろりとわたしを睨む。

「で、でも、大体勘定した所、間に合っているようです。それに今回は大した大道具も衣装も要りません。まあ、桃太郎の着物と袴位でしょうか

「着物と袴ですって。着物は浴衣で間に合うけど、ウーン袴ねえ。ジャージじゃ駄目なの」

「へっジャージですって。浴衣の上にですか。そりゃ、あんまり桃太郎があわれです」

「憐れな桃太郎、誰もやりたがらないでしょうねえ」

「そそれより、桃太郎が登場した時点でこれは喜劇です」

「喜劇じゃ駄目なの?ふうん、考えとくわ」

山岡女史、未だ少しジャージをはいた桃太郎に未練が有りそうで、わたしはマジ、心配だ。

「それに、この題、も少し何とかならない?これは演劇の発表会でクイズ大会ではないのだから」

「はい、色々考えてみたんですが、中々ぴったりの題が思いつかないで。その内みんなの中から良い題が上がるかも知れませんので、その時までこれで行かせて下さい。それとも先生、良い題あります?」

「ま、未だ良く読んでないから今は良いとするしかないわね、考えとくわ」

ふーん、山岡女史可なりうろたえているぞ、自分で言い出した合作なのに良い題が思いつかないなんて、無責任ではないか、先生。まあ良いだろう、クイズ大会のお題であろうが、みんなが見て呉れればそれでわたしは十分満足だ。

さてさて、配役を先ずは決めなくてはならないが、去年のように箸って決めるのには、今年の劇は向いていない。それは山岡女史も同意見だ。つまり、配役は話し合い、もしくは山岡女史のさじ加減による物となる。

「えー、先ずピノキオは小柄で、人形っぽい仕草など難しい演技が要求されるわよね、だからこれは後回しにして、桃太郎や、フランキー、ナタリー、キャスパー、ポールを決めましょう。ナタリーには副部長の小栗さんなんか良いんじゃない。桃太郎、フランキー、キャスパー、ポールは3年の松山君、上原君、町田君、2年の谷口君が話し合って決めて頂だい。猿、犬、雉は3年の残りの女子で決めて下さい。鬼1,2は残りの2年男子。これは一行が出立する時、見送る村人も兼ねますからね。野菜売りとナレーターは篠原さんと北山さんで分け合ってね。出来たら野菜売りを北山さんに遣って欲しいのね、前回はナレーターだけだったから。篠原さんは見送りの村人も遣ってよ。それから飴売りを忘れてたわ、3年の・・梨本さん、あなたが駆け持ちでやってちょうだいな。次にキャスパーの友人とピノキオが居なくなって駆け込む村人なんだけど、どちらも三人。ウーン、分った、1年女子はキャスパーの友人の方をお願い、それから1年男子と篠原さんが駆け込む村人をやることにしましょう。勿論見送る村人も遣るのよ、分かった。え、あっ、肝心のピノキオね・・これって凄く難しいのよ・・・だから台本書いた本人に責任とって貰う事にして島田さん、あなた自身がやりなさい」

「ぎょえ、マジですかあ。台本書いた責任取るって、それはないと思います」

「じゃあ、じゃあ、ご褒美にと云う事でどうかしら」

「どっち道同じじゃないですか」

「良いよ、やりなよ。もう島田さんは十分にこの演劇部のスターなんだから」

何とあの引っ込み屋のアッちゃんが発言した。

「そうよ、悔しいけどもう誰もあなたを超えるひとはいないわ」

今度は篠原女史だ。

そうすると、3年、2年の部員からも賛成の声が上がった。

うううう、もう何処にも逃げられない。

「分りました。何処まで人形らしく遣れるか不安ですが、精一杯努力します。皆さんの力を貸して下さい

そうすれば、めげる気持ちに負けず頑張れると思います」

みんなの役も少しもめたが、その日の内にスンナリ決まった。ヤレヤレ、少しは安堵。

「後は小道具、衣装か、日本刀、金棒、これは美術クラブに例のごとくお願いするとしようか。待て待てついでに猿、犬、雉、青鬼、赤鬼のお面もお願いしよう。桃太郎の袴、あ、これは松山君がやるのよねえ、松山君、あなた袴、持っていない?」

「ぼ、僕は持っていませんが、剣道部か弓道部なら持ってると思います」

松山君、憮然と答える。そうか、そう云う手があったか。山岡女史の顔もパッと明るくなった。

「そ、そうね、じゃあ君のサイズに合う誰かを見つけて借りましょう。クリーニング代ぐらいなら部費で十分まかなえるわ」

「分りました、神埼あたりが合うと思います」

「良かったわ、これが一番の悩みだったのよ。後はそれなりの格好でやってもらうわ、何しろ部費は少ししかないのだから。今まで溜め込んだクラブの倉庫を探して、使えるものは使いましょう。分りましたわね」何時もの山岡女史のありがたき部費節約の弁だ。


 ああ、とても疲れた。少し休もうと学校から帰ると、どてっと大の字になった。

5月の風が気持ち良い。でもこの所雨が多くて、青空は何日も拝めていないのだ。雨が降っていないのを良しとするしかない。

「武志君が来てるわよ」母の声。

慌てて飛び起きる。年頃の乙女の大の字なんて中3にもなる男子に見せてたまるものか。

「よっ、寝てたのか?」もう、敵は目の前にいた。

「配役決めたりあれこれ合って疲れたの、精神的にね」

「それで今度はまともな役かい?」

「まあね、人形の役よ」

「人形だって、台詞あんの」

「沢山あるよ、何しろピノキオだから」

「へえ、ピノキオのピノキオを遣るんだ。主人公役、やっと掴んだんだ」

「ピノキオって題じゃないんだあ。ピノキオ?桃太郎?て題なの」

「何だいそれは、クイズみたいな題だな」

「未だはっきり決まってないの、良い題を探しているところなの。山岡女史がさあピノキオと桃太郎を一緒にしたものを劇にしろって言うからさあ、書き上げたんだけど、お題が決まらない」

「ピノキオ、桃太郎物語だね」

「あ、素直に行けば良いんだ。うん、珍ピノキオ、桃太郎伝説、これで行こう!明日女史に早速話してみるわ」

「ちん!それより新の方が良いんじゃないか」

「珍よ。だって桃太郎とピノキオの取り合わせがもう十分に珍じゃないの」

「まあ良いや、お前の劇だもんな、お前が好きな題名を付ける権利があるんだ」

「所で何しに来たの?わたしの劇の題を決める為に来たんじゃないんでしょ」

「あ、当たり前だろ、お前の劇の題が珍だろうが新だろうがどうでも良いんだ。ほれこれ」

白い紙、便箋を折りたたんだような物を目の前ににゅうっと差し出された。

「何これ、ラブレター、武志君からの。あ、それを添削するのか、誰に出すのか知らないけど、お安い御用」

「ヘヘ、まあ、ラブレターみたいなもんであることは当り!でも俺のじゃない、はずれ。それにこれを添削するのはお前には無理、無理。とても出来ない。大体読めるのかな、これ日本語じゃないんだ、英語で書いてある、分ったかな、これがどう云うものか」

わたしは武志君の顔をじっと見る。武志君の顔が笑い顔から少し悲しそうな顔に変る。

白い紙をわたしは引っ手繰った。白い紙を広げる。英語だ。それもビッシリ。うーん、これを和訳するとなると、わたしの能力からすると・・・アー、やだやだ、遣りたくない!

「東村君からなのね。これどうしたの」

「俺の所にあいつから手紙が来た。他のメンバーにも宜しくと描いてあった。お礼のてがみを早く書きたかったが監視の目が厳しくて中々書けなかったらしい。今回やっと許しが出たらしい。その中にそれが入っててお前に渡して欲しいと書いてあって、お前が英語が苦手だから、これは塾の道長先生に訳してもらうように前もって頼んで置いたそうだ。道長先生は特別クラスの先生だから、仕方なくお前が特別クラスに入るだろうとの考えもあっての事だそうだ。へっ、何もかも行き届いてる奴だよ」

「うーん、それは一種の謀と言う所ね。でも、もう塾の先生が煩いから、5月から特別コースにしてあるわよ。フムフム、これで、道長氏がわたしをじろじろ見たり、何か気持ち悪い笑いを浮かべて見る訳が分ったわ。と云う事はこの手紙の内容はラブレターでは全然違っている、そうじゃなくちゃ人に読ませる訳がない」

「じゃあな、今度塾行く時、忘れるなよ、これもお前の英語力を高めてやろうという、あいつの願いが込められているんだ、ありがたく思え」

武志君は帰っていった。

「あら、もう武志君帰ったの、折角お菓子と紅茶、持ってきたのに」母が珍しく紅茶とお菓子を持って突っ立っている。

「遅いわよ、お母さん」

「そうねえ、チョと気になるところがあって、修正してたもんだから」

「折角だから、お母さんと一緒に食べようよ」

「まあね、そうしましょう。あら、手紙なの?」

「お母さん、英語、得意?」

「え、英語が得意かですって。ウーン、そんなに得意じゃないかな。でもお父さんは英語も独語もペラペラよ」

「お父さんか、やっぱり良いや、道長先生に頼もうかな」

「英語の手紙なの、誰から?ああ、分った、東村君ね、彼、もう外国行っちゃったの?」

「ううん、この間のお礼を言う為にわたしにだけ英語の手紙になってるの。わたしが英語が得意になるようにだって、武志君が言ってた」

「そう、優しいのね、みんな」

「優しいだけじゃ英語上手くなれないけどね」

「まあまあ、屁理屈だけは上手くなれるけどねえ」

 優しくない一人がここに居る。山岡女史だ。

「ねえ、あれから良く読んでみたけど、ピノキオって最後に木の人形から本当の人間になるのよねえ」

「はい、そうですが、未だこのピノキオ修行が足りないので、人間にさせるのは無理だと思いまして」

「でも、人間になると云う事がピノキオを感動物語にする訳でしょう。これじゃ、打ち出の小槌で大きくなれない一寸法師みたいなものじゃない。何とかならないの?」

「そう言われれば、そうですね。うーん、何とかします。あっ、昨日友達と話してて、題名思いつきました。珍ピノキオ、桃太郎伝説、如何でしょうか」

「珍、珍というのがくっつくの?」

「はい、珍以外は却下します、珍ピノキオ、桃太郎伝説です」

「あなたが言うなら仕方ないわ、ピノキオ?桃太郎?より良いと思うわ。でもピノキオが人間になるのだけは譲らない事よ」と、山岡女史に厳しく言われた。

仕方が無いピノキオを人間にしてやろうじゃないか、わたしの仕事は増えるけど。

ピノキオが鬼を縛ってフランキーに褒められる。ピノキオが「へへ、ありがとう」と言う。」ここだ、ここしかない。わたしもここの所でピノキオを人間にしようか一瞬迷った所だ。あの時はまだまだ修行が足りないと却下したけど、山岡女史の言葉通り人間にしてやろうじゃないか。

 

フランキー

 所で、お前、何か雰囲気変ったなあ

ピノキオ

 そう?僕も何だか手や足の動きがスムーズになったような感じなんだ。ほら、手や足が自由に動くんだ

フランキー

 お前、お前の顔も変ったよ、木の鼻が人間の鼻になってる。お前、お前は終に普通の男の子になったんだよ

ピノキオ

 僕が普通の男の子になって嬉しい?

フランキー

 当たり前だろう、こんな嬉しい事はないよ。良かった、良かった、母さんも大喜びだよ

ピノキオ

 僕何にも出来ないけど、それでも良いの?

フランキー

 これから練習すれば良いんだよ。それにこうして鬼も退治出来たんだから

鬼2

 あのう、何やらめでたい事が起こっているようなので、どうですわたしを縛っている縄、少し緩めていただけないでしょうか?

フランキーピノキオ

 駄目!

それからもう一箇所、キャスパーがピノキオ、お前も一人前だ、と言った後ピノキオの顔を見て異変に気付いて言う台詞

キャスパー

 所でピノキオ、お前、何か変ったなあ。そうだ、お前、人間に、本当の人間に成ったんだあ

ポール

 本とだ、ピノキオおめでとう。スッカリ人間の子供になったんだ

ウン。これを挿入すれば良いだろう。早速女史に提出しよう。

山岡女史、メガネを指で少し押し上げ、厳しそうな目つきで、差し出された汚いわたしの字で書かれた文を読む。

「まあ、これで良い。これでピノキオらしい感動のエンデイングになったわ」

その日の内に台本は訂正されて、みんなに渡された。ま、その所為で少し役の不公平さが増してしまったが。しかし、誰からも不平は出なかったので良しとしよう。

 さあて今度は塾だ。道長氏の手にこの英語の手紙を見せなくちゃいけないのか?ウン、でも、父上に見せるよりは良いかも。観念するしかない。まな板の上の鯉、ばっちゃんの今一番出来ない事の一つの、その鯉になるんだ。ここは武志君に付き添ってもらおう。何か可笑しい?いや、可笑しくなんかない!

「あ、あのう」恐る恐る白い便箋を差し出す。

「ああ、東村の手紙かい。どれどれ」道長氏はあっさりと便箋を受け取った。

「東村、元気に向こうで頑張っているかなあ」

「元気に遣ってると思います。今、フランス語にスペイン語、それに中国語もやってるそうです」

武志君が答える。ふーん色んな国の言葉を覚えなくちゃいけないんだ、とわたしは心の中で呟く。

「マ、後から和訳して書いたのを渡すよ、帰る時にね、どっちでも良いよ、二人で一人だろう?」

「いえ、そんなことないです、わたしが取りに来ます」慌ててわたしが言った。

「まあ、これが東村の精一杯のラブレターみたいなもんだから、そうして遣ってくれ」道長氏は軽く手を挙げ講義の準備の為消えて行った。

「な、俺が付いて行く必要なんかなかったろう」

「でも、わたし、一人じゃ恥かしいし、心細いし・・ありがとう、武志君」

「お前にお礼を言われるような事ではないよ、全然」

彼とも別れわたしは特別強化クラスの教室のドアを開けた。

みんな、目がぎらぎらしていて、普通コースの人達とは雰囲気が全く違う。勉強に対する意気込みが違うのだ。何かを今日、持って帰ってやるぞうという意欲が溢れている。知っている子も二,三人居る。どの子も学年の1,2位を(東村君が居なくなったので)争う子たちだ。

「あなた、良く演劇の練習と掛け持ちでこの特別クラスに入ったわよね」村橋さんが話しかけてきた。

「そうよね、わたしも嫌だと言ったんだけど、何故かこうなちゃたのよ」

「演劇部、辞めれば良いのよ、わたし、あの山岡先生って嫌いなの」

おおっ、同士じゃないかと言おうと思ったが、そこは大人のわたし、おくびにもださないぞ。

「そうなの、わたしは嫌いじゃないわ。演劇部の劇、見に来て頂だい、あれ、わたしが書いてんの。山岡先生に言われて、去年の入部以来。だから辞める訳にはいかないの、代わりの人が出て来るまで」

「えっ、演劇部って台本書かなくちゃいけないの、山岡先生が書くんじゃないの?」

「わたしも始めはそう思っていたけど、代々部員が書いていたのよ」

「じゃ、運動場走るの免除なんでしょう」

「飛んでも八分、そんなの関係ないわ。腹筋も早口言葉も配役も、全然免除アンタッチャブル」

「へえ、損な役回りね」

本とに損な役回りだ。

「でも、国語力はつくでしょう?」

「さあ、どうかしら?付いたとは思えないけど」

「今度、夏休み前、又やるんでしょう、都合付いたら見に行くわ。噂にはなってたけど、わたし、山岡先生が書いたものとばかり思っていたから、見に行く気にもならなかったのよ、御免なさい」

「そんなに長いものじゃないから、是非見に来て頂だい。みんな一生懸命にやってるんだ、それに中々の演技力よ」

先生が来て直ぐに勉強は始まった。数学と英語。数学はまあ得意な方だし、好きでもある。問題は英語だ特に聞き取りが苦手、何であんな不明瞭な言葉をみんな聞き取れるのだろう。村橋さんが教えてくれた

「慣れよ、慣れ。あなたは劇が好きなんだから、字幕無しの英語のビデオ借りて繰り返し聞くのよ。そしたら聞き取れるようになるわ」

成る程、そうしよう。彼女は良い人だ。これから仲良くしようと心に誓った。

勉強の時間が終わり、皆帰っていく。村橋さんは車のお出迎えがあるらしい。わたしは手紙とその訳文を受け取りに道長氏の元へ。

「はいこれ、彼も頑張っているらしいぞ、お前も頑張らなくちゃ駄目だな。お前は化学者目指すんだって

彼はお前に役者か詩人に成って欲しいみたいだけど,ま、お祖母さんの思いを引き継ぐと言うのも立派な事だから、頑張って欲しいと大体そんな内容だ。後は自分で確かめろ。それから、出来たら、今度からなるべく自分で訳してみろ、それが向こうの監視の目を盗んで書いている彼の思いに答える事になる」

自転車の所へ戻ると武志君が待っていた。

「どうだった」彼が聞く。

「まあ、大体の内容は分ったけど、全文は帰ってから読むわ」

「そうだな、じゃあ、帰ろうか」武志君は自転車を漕ぎ出し、それ以上何も言わなかった。わたしは帰りの風が気持ち良いと感じた。

 はい、島田さん、元気にしてますか。新しい劇の台本、そろそろ仕上がっているんだろうな。僕も機会があれば君の書いた劇と君が演じている姿を、是非見てみたいと思います。何とかしてここを抜け出す方法は無いものかと考えています。この学校では英語の他に仏語、スペイン語、中国語も学べます。中国語は初めてですが他のは大体分りますからそんなに大変ではありません、心配無用です。君が演劇や詩の世界の道に進まないのは僕としてはとても残念です。でも、君がお祖母様の意思を引き継いで化学者の道に進もうと言うのなら、それはそれで立派な事だと思う。君は数学や理科が得意だし向いているとも言えるね。唯一英語が苦手と言ってた君のために僕が出来る事は、ただ一つ、こうして英語の手紙を書くぐらいしかない。どれだけ監視の目を掻い潜って書けるか分らないけど、出来るだけ書いて見よう。藤井さんには迷惑かも知れないけど、彼への手紙の中に入れて送るよ。出来たら道長先生に頼らずに、君が訳して欲しいと僕は願っている。愛しい島田さんへ

家に帰って広げた道長氏の文面にはこうしたためられていた。

わたしは東村君の英語で書かれた文面と先生が訳した文面両方を見比べた。ウーン、遣るしかない。道長氏も言っていた彼の心の内を思うなら、自分で訳さなくては彼の努力を無にしてしまう事になるんだ。

でもどうしてわたしの周りにはこんなにも良い人が多いのだろう。神に感謝しよう、それしかない。

いよいよ稽古が始まった。先ずは台本読みだ。

わたしは人形なんだと自分に言い聞かせる。ぎこちなく、ぎこちなく、心許無く、不安一杯。

人間界の事なんて分らないのは当たり前、だから話しかけてくれる人はありがたい。頼りたい、すがりたい、信じたい。折角、手に入れた友達を失いたくない。でも、何より自分をこの世の中に生み出してくれた両親が大切だ、そう云うピノキオの屈折する胸の内を表現しなくては。

その両親に扮するのは中3の上原君と小栗さんのコンビだ。老年を迎えようと言う仲の良い夫婦の味がふんわりと伝わってくる。キャスパーの町田君は適役だがアッちゃんのポール役は少々不安を覚える。アッちゃんにはフランキーみたいな役がぴったりだと思うのだがいた仕方ない。だがわたしの考えは杞憂に終わった。アッちゃんは名優だ。あの気の弱いとても人を騙すなんて事考えられない敦君が、図太く、ずる賢いポールの役をものの見事に遣りこなしている。誰もが彼の本性は本当はこうでなかったのかと勘違いするほどだ。一方久々に舞台でお芝居できる事になった北山さんはとても嬉しそうだ。生き生きと野菜売りのおばさんを演じている。次に畑の持ち主には中二の林さんが遣り、村中さんは中1の男子2人と共に駆け込む村人を演じてもらうことに。桃太郎の松山君は流石だ、堂々と凛々しく日本男児を代表する彼を演じている。猿、犬、雉をやる中3の女子は初めは3人とも、特に猿役の梨本さんはとても嫌がっていたが、台本読みが始まる頃には役を受け入れていた。

「まあ、カラスだ、アリンコだとかに比べたら、少し人間に近いのかな?」とは彼女の弁。ところがここで問題発生。キャスパーたちの友人、つまり全員男の子の訳で、幾らなんでもロングヘアー、三つ編みの男の子は少し無理がある。

「うーんそうね、良いわ、彼女と一年の・・そう、君とチェンジしなさい。ピノキオを探して駆け込むのは2年の女子と一人1年から欲しいと思っていたけど、あんた少し声量あるから駆け込む村人に回って」

山岡女史の提言で丸く収まった。

そこでわたしの髪はロングヘアーだ。とても長いのだ。山岡女史がわたしを見つめる。

「ピノキオの髪もどう考えたってショートヘアーだよね、ピノキオは主役だから仕方がない、桂を借りようかしら?」

「わたし、両親と相談して髪の毛、切っても構いません。ピノキオの役を貰った時から、覚悟は出来ていました」

オオーと言うみんなの声。

「ウン良い役者魂ね。あなたの髪は天然のようだから、カールする必要は無いみたいだし」

ホッとした表情の女史の顔。やれやれ、これで費用が大分抑えられという色がありあり。わたしの良い役者魂に感心しているという色は皆目読み取れなかった。

後は鬼を演じる中二の男子、南都君と岸部君だがまあ彼等は凄く良くもなく悪くもなし。

「あなた方には鬼になる前に、桃太郎たちを見送る村人も演じてもらわなくてわね。何しろ人数が足りないんだから、頑張ってね」山岡女史の檄が飛ぶ。

こうして無事一日目の稽古は終わった。

帰り道、わたしはアッちゃんに放しかけた。

「ねえ敦君、あなた、前から気付いていたけど、凄く演技上手くなったわねえ」

「ありがとう、真理ちゃんに言われて嬉しいな。僕こんなにお芝居するのが楽しいなんて、1年前には考えていなかったよ。思えばみんな真理ちゃんのお陰だよ。今はお芝居以外、考えられない、こんなにのめり込むなんてねえ、僕さあ、ずっとお芝居をやって行きたいなあ

「そう、そうなんだ。実はわたしの所に演劇部のある高校2,3校から来て欲しいとお誘いの手紙が来てるんだ。どう、敦君行って見ない?何処も高校の演劇大会で上位に入ってる高校なんだ」

「えっ、それは真理ちゃんの名前が僕達の学校だけじゃなく、他の所まで知れ渡っているからだね。僕が高校の演劇部の先生なら、是非真理ちゃんに来て欲しいと思うもの」

「わたしは惰性で続けてるの。アッちゃんみたいに心からじゃない」

「でも、芝居のためにその長い髪を切るんだろう?とても惰性だなんて考えられない」

「引き受けたからには一生懸命遣る、そうでなければ期待して任せた人に、それを楽しみにしている人に

申し訳ないじゃない。それが出来ないなら引き受けるべきじゃないと思う」

「ウン、そうだね、真理ちゃんの胸のうち。で、本当に高校ではもう演劇やらないつもり?」

「未だ分らないけど、うすうすはそう決めてるの。だから塾も特別コースに変えたし、英語もこれからチャンと真面目に遣ろうとしてるんだ」

「そうだねえ、特別コースに行っちゃったんだ。でも僕は君が演劇やめるのは絶対反対だよ、屹度あの東村君だって、君に演劇の道を歩んで欲しかったと思うよ。分るんだ、彼の気持ち」

「東村君?彼は半分諦めていて、わたしの英語が上達するように応援してくれてるんだ。でさあ、わたしのことはさて置いて、敦君、君は役者の素質十分ありとわたしは見ている。どう、その高校を今度の夏休み、見学に行って見ない?」

「えっ、今度の夏休み?ぼ、僕一人で」

「勿論わたしも付き合うわ。それに高校にはわたしから前もって手紙を書いて置く。わたし、この手紙書くのって、すーごく苦手なんだけどさ」

「ウン、君が付き合うのなら。僕も高校の演劇部ってとても興味があるし、高校、行っても、演劇続けて行きたいからね」

アッちゃんの顔が眩しいのは、沈む夕陽の所為だけじゃないだろう。

 中間テストが終わり、今度は立ち稽古が始まる。テストの成績?ウン、まずまずだねえ、でも、山岡女史の顔色が冴えない。

「何だか、今度のテスト、成績が随分上がったのね、苦手の英語も」

「え、そうですか?何時も通りですよ、英語だって本の少し良かった、位です。ちょっとテストの期間中、詩を書くのを控えた位ですかねえ」

「ふうん、そう。テストの成績が良いのに越したことはないけど・・」煮え切らない山岡女史。

「あ、髪の毛切るのは6月の末にします。早く切ると髪伸びちゃいますので。美容師さんに言ってピノキオらしく切ってもらうようお願いしてあります」

「そ、そう。髪の毛ねえ」

「何かあったんですか?今日の先生、変ですよ」

「髪の毛切ってまで役に入れ込むあなた、見上げた物だと感心してるのよ。普通なら髪をアップにして帽子を被れば誤魔化せるのに、思い切ったことするのねえと今更ながら感心してるの」

「そう云う方法もありましたか、成る程。ま、もう決心したんだから切りましょう。切ったらどういう気分か、一度味わってみたいとも思いますし、髪は又伸びてきます、そんなに深刻になる必要はないんじゃありません」

「悲壮感無しってことね、だったら良いけど」

「当たり前じゃありませんか、どうして髪を短くするくらいで大騒ぎするんですか?山岡先生らしくもない」

女史の顔色が冴えないのはわたしの髪の毛を気にしてるからじゃない、それどころか試験前は全く気にしてなかったではないか。

でも立ち稽古は山岡女史の冴えない顔色と関係なく始まった。

わたしのピノキオが動き出す重要なシーンだ。ズーッと目を開けているのは辛いので、体を動かすまで客席から見えない方向に顔を向けていることにした。みんなの視線がわたしに降り注ぐ。どんなに人形のピノキオを演じるのか興味心身だ。

手を少し動かす。ぎこちなく、もう1回。首を動かし、大きく瞬きを3回。手も足もぎこちなく。勿論台詞も途切れ途切れにぎこちなく。

「上手いよ、真理ちゃん」アッちゃんの声が上がる。皆も口々に褒める。

「まあ、初日としてはこんなものね」山岡女史の冷徹な声。ウンそれでこそ山岡女史、やっと本来の彼女に戻ったみたい。これで一安心かな?思わず、にやりと笑う。

2幕目の北山さんの野菜売りのおばさんも胡散臭そうにキャスパーたちを見たり、ピノキオを温かい眼差しを向けたり、キャスパーたちと立ち去るピノキオを雨売りと一緒になって、心配そうに見送る芸の細かさ。ああ、彼女は矢張りみんなと同じ舞台で芸がしたっかったんだと、ひしひしと伝わってくる。今度はもっと彼女にスポットライトを当てて書かなくてはいけないと肝に命じた。

桃太郎の松山君は稽古の時から鉢巻締めてやると決めていた。すらりとした姿は本当に桃太郎にぴったりだ。ここで歌を歌ってもらえば最高の見せ場。で、提言。

「先生、どうでしょう、彼は音楽の才能もあり、歌も抜群に上手いと聴いています。ここで遠く離れた日本を偲び、何か歌を歌ってもらったら」

「そうねえ、それは観客受けするわねえ、でも何処で?」

「そりゃ、登場した時にですよ。登場したらピノキオに話しかける前に堂々と歌う、それが一番自然でみんなも喜ぶと思います」

「そうしましょうか、どう松山君、何か良い歌ある?」

「そうですねえ、2,3考えて見ます。僕も是非歌いたいです。良い歌、考えてきます」

嬉しそうな松山君、今度は盗作まがいでなくちゃんとした歌が歌えるんだもの。でも、あの桃太郎さん、桃太郎さんの歌じゃないよね。

クライマックスは鬼とピノキオ達の戦いのシーンだ。ここは又、ピノキオが段々人間に変わって行くシーンでもある。どうするかそう、先ずは手からスムーズに。それから脚。ピノキオは手と足の関節に、それらしく見えるように墨では中々取れないので直ぐ取れるような色を塗って置くのだが、それを戦いのドサクサに紛れ込ませて、取っていく作戦だ。顔も最後に粘土で作った付け鼻を観客が見えないように取る。

簡単なようでこれが中々難しい、これは本番だけでなく稽古の度に遣る事にした。

大体問題点は解決したようだ。でも、わたしのピノキオは山岡女史に言われるまでもなくまだまだ問題点が山程あると私自身も思っている。練習、練習あるのみだ。

  努力の日々が続いていた。そんなある日、廊下で理科を教えている益川先生に呼び止られた。生徒には人気がないと言うか、未だ習ってもいない事を名指しで聞いてくる、怖い先生と恐れられている人だ。

わたしは本が好きだから、新しい本が入ったら教科書だろうが漫画だろうがさっさっと読んでしまう方だし、興味があれば我が家の乏しい図書の中から、関係のある物を探し出して読む方だから、彼の質問には残念ながら一度たりともビビル事はない。それよりも飛んでくるボールのほうが数倍も怖い。

「あ、島田君。君、理科好きだろう?」

「え?はいすきですが、それが・・」

「いや、今、理科クラブの部員がとても少なくてさ、君みたいな優秀な子が入部してくれたら、良い研究が出来ると思うんだけどなあ」

わたしの脳裏に、中学時代たった一人で理科クラブで頑張っていたばっちゃんの姿が思い起こされた。

「ウーンわたし、今、演劇部に入ってるんで、とても駄目だと思います。それに一人でも熱心な部員が居れば、屹度大丈夫です。彼女、いえ、彼かも知れませんが、その人が上手くやってくれます」

そうは言ったものの、広い理科室で相談する人もなく、ぽつねんと実験や顕微鏡を覗いていたばっちゃんのちょっと寂しい姿が偲ばれ、わたしには無理だなと思った。

「今じゃなくても大丈夫だよ、2学期になってからでいいんだ。君ずっと演劇遣ってるつもりはないんだろう?折角理科が出来るんだ、将来化学者や医者を志してみなよ。その方がこの日本のためになる、今日本の学者は段々少なくなってるんだ。日本がとても貧しくて研究費も殆ど無い時の方が学に志すものが多かったくらいなんだ」

「先生の仰ってることは痛いほど分ります。昔の事は祖母から聞かされています。時々わたしも祖母の意志を受け継いで化学者に成ろうかなとも考えない事もないですが・・」

「オオー、そうか、君のお祖母さんは化学者だったんだ」

「昔、昔です。でもあることからその夢を実験室の流しの中に捨て去って、今は町の科学者、お薬屋さんです。ハハハ」ばっちゃんの心を思うとちょっと切ない。

「ウン、分った。今度、山岡先生に話を付けて見よう、お祖母さんが化学者だったのなら話は早い。是非君を理科クラブに迎えたい」

「でもわたし、初めは演劇部入りたくなかったんですが、今はとても愛着を持っています。どうか、このまま、せめて中学生でいる間は演劇部に居させてください、お願いします」

「ま、君がそう云うなら仕方が無いと言わざるを得ないな。でも少し考えてみてくれないか、とても残念だよ、一応山岡先生には話しておこうかな」

益川氏は去って行った。

この話を塾で例の村橋さんにしてみた。

「村橋さんは今何処のクラブにも所属してないんでしょう、あなたみたいな優秀な人が入ってくれたら、益川先生も安心して任せられると思うだろうな」

「でも益川先生はあなたに来て欲しいのよ、悔しいけど化学も物理も、増して生物も、全然あなたには適わないわ」

「だからそれはわたしが教科書や、それに関する本を沢山読んでるからじゃないの。そう言った事を除いたら寧ろあなたのほうが優れているわ。どう、益川先生の自然科学への愛、日本の将来の為を思う気持ち答えて上げたいとは思わない?」

「日本の将来か、日本の将来を思うからこそ、こうやってわたし達勉強してるのよね・・少し考えさせてね、親は、わたしの親は今は良い高校に入る事だけしか頭にないの。だからクラブに入ってその活動をしている時間が無駄に覚えるのよ。わたしは少し位は部活も遣りたいわ。理科クラブか・・何とか親を説得してみようかな」

「喜ぶと思うな、益川先生」

その日の話はそこで終わった。

 次の日武志君がやってきた。

「又きたぞ、例のラブレター」白い便箋をにゅうと差し出された。

「だから、ラブレターじゃないの、わたしの英語が上手くなる為の手紙なの」

「その心には、お前への想いがつまってるんじゃないか。よってこれはラブレターだよ」

「ま、なんでも良いや。今度は自分で訳すわ。でも自信ないから母に手伝ってもらおうっと」  

「あいつにさ今度劇でお前がピノキオを遣ることになって、人形の雰囲気を出すのに苦労してるって書いてやったらさ、何とかして見にこれないものか、悩んでいるみたいだよ」

「それでこの黒髪をばっさり切ると言ったらもっと驚いて絶対来ちゃうな、これは絶対秘密にしなくちゃ」

「お、お前、か、髪の毛、気、切っちゃうの?」

「そうだよ、言わなかった。それに敦君何も言ってなかった」

「あいつ、そんなこと一言も言ってなかったぞ。夏休みにお前と演劇を遣ってる高校を尋ねるとか、寝言は言ってたけど」

「寝言じゃないよ。わたしにそういった所の高校からお誘いの手紙やらパンフレットが送られて来たから、わたしは駄目だけど敦君ならぴったりだと思ってね、話してみたの。敦君は一人じゃとても行けないし、わたしも手紙を頂いた以上、顔出さないといけないでしょう。だから二人で行く事にしたのよ」

「お前と二人で行くんで舞い上がって、お前の髪の毛がたとえ丸坊主にされたとしても、すっかり抜け落ちたんだなあ」

「そりゃあ、丸坊主なら、スッカリ抜け落ちるわよ、ハハハ」

「笑い事か、これが。お前、平気なのか、髪の毛切るの。何なら睦美や美香に抗議に行かせようか?」

「ああ、何か勘違いしてる。わたしが言ったのよ、髪を切るって」

「お前があ、お前が言ったのか、髪切るって。お前、馬鹿か、どうして髪を切るなんて言ったんだよ」

「だって、それが一番、その時は良いと思ったんだ。髪の毛は又伸びるんだし未練はないわ。若しかして髪を切ると新しい世界が見えるかも知れないじゃん」

「親は、親は何と言ってるんだ、反対しなかったのか」

「別に反対はしなかったわよ、夏にもなるし涼しくて良いかもって」

「そ、そうか、で、何時切るんだ?」

「そうねえ、7月では試験前でしょう、6月中に切る積り」

「アア、あいつ、屹度お前の長い髪の毛好きだったと思うんだ。これを書いたら寝込むかも知れない」

「大袈裟ねえ、驚きはするだろうから絶対秘密よ」

「でも来たらどうするんだよ、俺が知らせなかったと恨まれるんだぜ」

「でも武志君がそんなに髪を切るので大騒ぎするとは思わなかったわ、母は全然気にもしなかったし、父は少しうろたえた位だから、みんなそんなもんだと考えていたんだ」

「お、俺は、真理が、髪の毛の長い真理しか知らないから、す、少しうろたえただけだよ、おじさんと同じだと思う」

「そう、それなら良いんだ。それに髪の毛って直ぐ伸びるから、又又ロングヘアーの真理に戻るわよ。でもさ、ショートの方が髪を洗うのも、手入れするのも簡単だし、第一軽くて良いかもね」

「だ、だけどさ、真理には長い方が、長いお下げ髪の方がに、似合うと思うよ」

「そうかな、短い方だって結構似合うと思うんだ。美香ちゃんだって絶対似合うって言ってるよ。千鶴ちゃんなんか短いほうがグッと可愛くなるって太鼓判押してくれてる」

「睦美は何て言ってるんだよ」

「あー、ムッちゃんはねえ、今度のテニスの大会で健太キャプテンに恥をかかせちゃいけないと、もう只管稽古稽古で、そんな話しをしてる暇なかったの」

「ふーん、と云う事は健太の耳には未だ届いていないと云う事だな。あいつ、どんなリアクションするかな?若しかしたら怒って山岡先生に抗議しに行くかもな」

「キャー止めてよ、どうして健太が怒るのよ。関係ないでしょ、わたしの髪の毛とは」

「馬鹿だなあ、あいつも長い髪の真理しか知らないんだぜ、小さいときからズーッと。あいつがお前にちょっかい出してたのは、長い髪の真理が好きだったからじゃないか」

「ひえー止してよね、健太にだけは好かれたくないよ。まあ友達としてなら良いけどさ」

「そんなこと言ったらあいつ泣くぞ、多分、あいつの初恋は真理なんだから。だから、それは禁句だ、絶対に。ま、髪を切るのは真理自身が言い出したことだと、俺が言っとく。あー、沢口にも知らせなくちゃいけないんだ。ああ、忙しい、忙しい」と言いながら彼は帰っていった。

 はい、真理、塾、特別クラスに入ったんだって。これで君の成績もトップに跳ね上がる事、間違い無しと僕は考えてる。帰りは少し遅くなっても藤井さんが一緒だから心配無用だしね。それでも君のことだから屹度今度やる劇の台本書いて、どんな役でも一生懸命それを演じるんだろうね。まあ、藤井さんによれば、今度はどうやらピノキオと桃太郎を一緒にしたものとか。勿論君がピノキオを遣るんだろうけど。見に行きたいなあ。君が話してくれた事思い出したよ、君のお祖母様が「ドラえもんの道具の中で、他の物は要らない、何処でもドアが欲しい。それが有ったら、母の所に毎晩行って上げられるのに」と語られたと言うのを。僕もせめて1日だけでもそれが有ったら、いや、貸してもらえたら見にいけるのに。でも現実は厳しい、ハハハ。君が屹度素晴しい演技をしてくれるのを信じている。詳しいことは藤井さんが教えてくれるだろう。本心を言うと、君が直接英語で返事を書いて送って欲しいけど、それはもっと無理な事だから諦めているよ。僕の日常は本当に変り映えがしない生活だけど、藤井さん始め、みんなの事を思い出して自分を奮い立たせているんだ。特に君と一緒にやらせてもらった劇は忘れられない、大切な思い出、それを取り計らって下さった山岡先生には何とお礼を言ったら良いのか分らない。先日、先生に出した手紙の中に、それとなくその事へのお礼を述べて置いたけど、あれだけでは足りないと思うな。君だって山岡先生を本当は尊敬してるのだろう?そうでなけりゃ台本をあんなに情熱を込めて書ける訳がない。

ま、藤井さんの今度の手紙の中に今度の劇のことが書かれているだろうから、それを楽しみに待つよ

東村君の手紙を母と二人、辞書を片手に訳した所大体こう言った内容となった。

「東村君、チャンと人の心を見ているのね」と母が言った。

「え、何処の所言ってるの?」すっとぼけて聞くわたし。

「山岡先生の事よ、分ってるくせに」母が答える。

「わたしが山岡女史をリスペクトしてるって。ふうん、そんなこと考えても見なかったわ。彼女も全然感じていないと思う」

「ただいまあ」父の声が玄関に響いた。わたしは手紙を慌ててしまった。

でもわたしには一つ気がかりな事がある、それは、山岡女史が時折見せるわたしを見つめる不安げな眼差しだ。その正体は一体なんだろう?

 村橋さんは無事理科クラブに入った。だのに又益川先生に呼び止められた。

「村橋に理科クラブに入るよう勧めてくれたんだって。ありがとう、でもさ、君が入ってくれれば、もっと、いや数倍嬉しいんだがね、どう、村橋とタッグを組んで理科クラブ、盛り上げてくれないかな」

「先生、わたしには今、演劇部を一生懸命遣っているんです。先生はわたし達の劇、ご覧になったことが無いんでしょう?みんな必死で遣っています。今度是非見てください、見て下さればわたしが途中で演劇部をほうり出すなんて事できないのが、よーく分ります。先生の自然科学への深い愛、日本の自然科学の将来を思う心意気には頭が下がります。だから、村橋さんに入ってもらったんです。大丈夫、彼女一人でも部員をまとめ、良い研究をしてくれますよ」

「でも本当に残念だよ、君が理科クラブに入ってくれないのが」

益川氏はそう言って立ち去っていった。

6月も末になると、みんなの芸も板に付き、一年さえ間の取り方、見せる工夫や笑いを呼ぶにはどうすれば良いか工夫するようになった。松山君は日本の歌曲から「なら山」を歌う事にし、先日披露されたが、それは想像をはるかに超える素晴しい物で、桃太郎さんとはとても比べ物にはならない出来栄えだった(当たり前だが、ハハハ)これは本とにめでたし、めでたしと言うべきだ。わたしのピノキオも自分で言うのもなんだが、最初より何倍も人形臭く演じられるようになり、「まだまだ」と言う山岡女史の声も聞かれなくなった。

そしていよいよ髪を切る時が来て、長年のズシンと重い髪と暫し別れを告げねばならない。うーん、これで身軽になってチョッピリ運動能力上がるかな?髪はジョキジョキ切られ、髪の毛が必要としている人の為に役立つそうな。それもっと早く言ってくれれば、もっと早く切って、早く役に立ちたかったなあ。覚えておこう。天然パーマゆえ、切った先から勝手にカールし始める。

「あーら、可愛い、丸でお人形さんみたい」と美容師さん。

「そうね、小さいとき以来だから、分んないけど多分若返ったようね、小学生くらいに」と母。

「中学生に若返るなんて変なの、でも、随分子供っぽくなったなあ、我ながら」とわたし。

みなの反響や如何に。

先ず千鶴嬢「ヤッパリ思ったとおりすっごく可愛い。早く短くしたら良かったのに」

次に美香嬢「良いよ、、似合うじゃん。そのままでも舞台に立てるよ、メークなしでさあ」

三番手は知らせてなかった睦美嬢。でも情報は健太からもたらされていた。じろりとわたしの上から下まで見てからのたもうた。

「これが健太キャプテンが大騒ぎしてた姿なのね。キャプテンが長い髪が好きだなんて、今まで全然知らなかったわ。ま、幼馴染なんだからキャプテンがあなたのこと好きなのは、うすうす感じていたけど、天地がひっくり返らんばかりに嘆くとはねえ」

「あ、それはねえ、健太・・健太様が昔わたしの髪を引っ張って悪戯してたその思い出があるからだと思うわ。彼はその思い出を愛してんのよ。今のわたしでなく。その髪の毛がなくなることは、つまり・・」

「詰まり何なのよ」睦美嬢が突っかかる。

「詰まり、小さいときの大事な、彼にしてみたら、わたしにしてみたら迷惑この上ないものだけど、その大事な大切な思い出を切り取られる想いなのかも知れないわ」

これで睦美嬢の不満と疑念が晴れたとは思えないが、ここはこれでお引取り願おう。

次に沢口君のところへ行こうとしたが、一人では不味いと思った。何しろ彼は殆どの女子の憧れの的、彼と二人っきりで話していたらどんな反感を抱かれるか分らない。そこで武志君に付き添ってもらおうかとも考えたが、考え直して沢口大好き人間篠原女史をお供にする事に。彼女の喜びようは言うまでもない。

彼は探し出さなくても、自分からわたしを見つけてやってきた。

「ヤア、島田さん。髪切ったんだって。藤井が言ってたから、どんな風になるのかなと楽しみにしてたんだ。思ってたとおり若々しくて似合っているよ、可愛くて、スポーツでも始めそうに見えるな」

ほうれ見よ、男でもショート派はいるんだぞ。安心した。

「わたしも髪を切った時、凄く頭が軽くなって何かスポーツ遣れそうな気分だったわ。武志君は大反対だった見たいだけど」

「ウン、藤井は相当ショックだった見たいだ、たかが中学の劇の為に髪の毛切るなんて馬鹿じゃないのかと怒っていたよ」

「良かった、父も健太、あ、山下君も男性群はみんな反対の中、沢口君が喜んでくれて。これで千人力よね篠原さん」

「当たり前よ、沢口さんさえ好評だったら、後はどうでも良いわよ、これで安心してピノキオが演じられるわよ」嬉しそうな篠原女史。彼女をお供にして正解だ。

 演劇部の皆にも好評を得て、ではみんなの演技も一段と熱が入る所だが、そこに待ち構えていたのが期末テストと言う難敵。ここは山岡女史のありがたい、何時もの激を貰って成績増強演劇クラブに変シーンと成るはず。山岡女史、何時ものような元気がない。

「ではもう直ぐ期末試験が始まりますので、暫く稽古は休みます。試験、頑張って下さい」

これで終わり?これが山岡女史の試験に向ける言葉?まだ中間テストの時の方が何時もの覇気が有ったのに、どうした山岡女史よ。敵は元気一杯だからこそやる気が起きるのに、今の彼女では敵と呼ぶのも憚られる。

でも試験は直ぐやってきて、そんなことに気を回す余裕もない。そして人のことなど直ぐ忘れてしまう。

東村君の予想は的中して学年の成績は何とトップとの差、僅かに7点で2位。3位が村橋さんだった。

「島田さんの追い上げ凄いわねえ、演劇部辞めたらたちまちトップだわ」村橋さんが囁く。

「わたし、今のところ、トップになりたいとも成ろう何て事も全然考えてないの。ただ、知ってる問題が出題されるから答えているだけよ」わたしも小さい声で応じた。

「ふうん、知ってる問題がねえ。それって問題が易し過ぎるってことよね、どうやればそうなるのよ、教えて頂だい」

「どうやればって、分んない。ただ本が好きでそれが偶々試験に直結してるのかなあ」

村橋さんは首を2,3回ひねっていたがそれ以上は聞かなかった。

山岡女史は益々落ち込んでいた。流石に気になる。一体何があの人の都合など解しない強引な彼女を落ち込ませるのか、興味を引かない訳がない。他の部員、3年と2年生の部員も気付いていた。迫力がない、強引さがない、心ここにあらずと言った風情。もう公演が迫っているのに。

「あのう、僕達の演技、これで良いんでしょうか?も少し直したほうが良いと先生が感じられる所がありましたら、ご指導お願いします。学期末は目の前ですから、直すには今日明日しかありません」

松山君が終に口を開いた。

「ああ、そうね。1年のみんなはまだ広い舞台には慣れていないから、部室で遣ってた時より間隔を開けて立つ様にして頂だい。それから声ももっとお腹から出さなくちゃ駄目よ。動きも大きくね。キャスパーはここいらの悪仲間のボスらしく、も少し、ポールより威張った感じ出して頂だい。猿、犬、雉も頭の被り物に頼るんじゃなく、自分自身が猿、犬、雉、になりきって演じなければ見てる者を引き付ける事は出来ないわ。それから鬼、鬼ももう少し迫力欲しいな、今の状態ではわたしでも鬼退治出来そうよ」

ま、少し、彼女らしさが戻って来たかな、言う事に関しては。

皆、気を取り直して講堂での稽古を続ける。前より良くなったようだ。

前なら、「大分良くなったみたいだけど、あと一歩、ウーン、2,3歩と言った所ねえ。もう一回」と言う声があるはずなのに、先生の目が死んでいる。

わたしは舞台の上から死んだ先生の目をジーッと見つめた。それに気付いた敵はパッと目をそらした。

こんなことが今まであったろうか?今までだったら屹度笑い飛ばすか「何?島田さん何か言いたそうね」と声を返すはず。

「先生、わたしはどうでしょうか?今度若しかしたら、演劇部のある高校から確か偵察しに来ると連絡があったはずなんですけど、校長先生からお話ありませんでしたか?わたしだけでなくその他の人達の演技も見たいとか手紙を受け取りました」

わたしの爆弾発言に女史だけでなく、部員全員が吃驚おったまげた。

「な、何ですって、演劇部のある高校ですって。そ、そう言えば校長が何かごにょごにょ言ってたような気が・・・ええっ、あの栄南高校よね、あの高校の演劇大会で優勝したあの高校よね?」

「それに、もう一校、そのライバル高の今中高校からも・・わたしの所にこの2校から春ごろに我が校に来ないかと連絡があり、今は答えられない事と、他の部員にも素晴しい演技力を持つものが居ると返事を出しました。夏休みに入ったらその人と学校見学に行って見るとも書きました所、その前に是非、舞台を見てみたいと連絡がありまして、こう言う事になったのです。本当はこれは内緒にして置きたかったんですが」

「わたしがぼんやりしてたから、そうぼんやりしてたからね。分ったわ、みんなも張り切って行きましょう、あの演劇に関しては1,2を争う有名な高校がわたし達の劇を見に来てくれるのよ、こんな光栄なことはないわ。チャンスだと思ってやりましょう。だけど、力みすぎは駄目よ、あくまでも自然にやるの」

敵の目にやっと生気が戻った。今度は一々細かい所作にさえ口を挟んだ。

「そこはねえ、怒ってるんだけど、本星は別だと思ってるんだから、少し、ピノキオに同情的に怒って頂だい」なんて無理難題も出てくる。今まで見過ごしていた分次から次に。

「あ、そこもう少し間を開けて言った方が良いんじゃないの。うん、良くなったわ。それから、もっと愛想よくね」

「その台詞の最後の方はちょっと伸ばし気味にね、そうそう、感じ出てる」等々。

部員も俄然張り切りだした。女史の無理押しや駄目出しに素直に応じズバリ、名演技。

こうやってこの二日間で劇そのものが見違えるように輝きを増し、女史の顔も皆の顔も意気揚々と言った所。めでたしめでたし。でも現実は終わっていない、何故女史はあそこまで落ち込み、そしてわたしの言葉で復活したのか。幾らごにょごにょではあってもそれらしい内容は校長先生はしたはずなのに。

当日が来た。何時もの通りビデオ撮影は武志君にお願いする。勿論学校用とは別物だ。写真係は頼んでもないのに沢口君が遣るらしい。何でも密かにマンションの7階に住む東村君の伯父さんに保管してもらって、彼が来た時に見てもらう計画らしい。彼があのマンションに来た時、そんな日は本当にやってくるのだろうか?

朝、学校の廊下でばったりと校長先生に出会った。若しかしたら待ち伏せを喰ったのかも知れない。

「あ、あー、島田君、島田君だよね、君」

「はいそうですが、何か御用でしょうか」

毎回、学期末には痛い目に、もしくは不愉快な想いをさせられている彼の反撃が、わたし一人の時を狙って今始まるのか?周りを見渡す。見方になりそうな人は居ないか?誰も頼りになりそうな人物は見当たらない。ここは当って砕けよ、もう直ぐ始まる劇公演の為、汗と涙の部員達の努力の結晶が花を咲かせる為にエエイ、校長だろうが誰であろうが文句あったらかかって来い。

「あのさ、山岡先生から聞いてない?」

「な、何をですか?」

「やっぱり彼女、言ってないんだ」もしや先生、この夏、移動なの。でも夏の移動なんてあるのかな。

「先生、演劇部辞めちゃうんですか?」

「いや、そうではなく、君の方がさあ、君、成績、2年になって、凄く伸びただろう」

「はー、どうした訳か、なんか点数は伸びたみたいです。それがどうしたんですか?」

「それでさ、演劇部を、このまま続けるより、他の・・理科クラブとか社会クラブとか入った方が時間を取られなくてその時間を勉強に当てられると思ってね、山岡先生に何回も言ってるんだけど・・色よい返事が聞けなくて、こうして君に直接話してみたんだ」

「あ、ああそうだったんだ。山岡先生、この所、心ここにあらずの状態が続いていたんです。その原因は校長先生だったんだ。ああすっきりした。あの申し訳御座いません、わたし、演劇部辞める気持ちは毛頭御座いません、別に成績を良くしたいなんて気持ちもありません。だから山岡先生をこれ以上、攻めないで下さい、わたし、山岡先生が今までと同じく強引で我儘でなくちゃ、詰まらないですから。ではこれで失礼します」

講堂に集まった生徒たちに何時ものように講話する校長先生。またまた山岡女史に負けてしまったと、何時もよりもっと覇気がなかった。でもわたし達はそんなことに構ってはいられない。彼のありがたい講話の間、化粧したり衣装を着替えたり忙しい。増してわたしは顔を人形のように見せなくてはいけない。目の周りを黒く塗ったり、木に見せかけた粘土の鼻を取り付けたり、又それを固定する紐をめだたないように白粉で隠したりしなくてはいけない。

桃太郎の松山君も弓道部の友人から借りた袴がピッタリ決まってとてもかっこ良い。北山さんは久々の表に出る役だが八百屋さんに徹して動揺している気配も見えない。猿犬雉役もお面に頼る事無く自分自身、それに成り切る、悪後が見えた。鬼役は見送る村人を演じてから急いでメーキャップや、衣装に着替えなければならないので、手の空いた部員が手伝う事になってる。

 幕が開いた。

フランキーとナタリーの暖かな会話、そして愈々ピノキオが動く。先ずは手、少し動かす。まだ会場で気付く人は僅か。次にはっきりとも少し大きく。大分気付く。今度は首を動かし正面を向き大きく目をパチパチ動かす。会場がワーと沸く。拍手も聞こえる。多分美香や千鶴ちゃん達だろう。

北山さんとの絡みあいは笑いも取れた。キャスパーとポールとの絡み、純真な心と悪賢い心の駆け引き、みんな、分ってくれるかなあ。見せ場は桃太郎、そう、松山君の独唱だ。朗々とした声、国を思う感情を伸びやか声ににじませて歌う。拍手が鳴り響く。上手い!忽ち感心はピノキオから桃太郎に移ってしまった。お供の猿や犬、雉も誇らしげに寄り添う。ピノキオは言葉使いや手足の動かし方が前よりスムーズになっているのだが、みんな気付いてくれたかなあ。桃太郎一行がクジラ島に出発する時は、もう少し。一番苦労させられた所なんだけど、ウーン残念ながら苦労した割には報われない。ま、そんなもんだよね、人生って。

いよいよフイナーレ、最後のクライマックス、ピノキオとフランキー、鬼との戦い。その間のピノキオの大変身。全ての化粧を拭い去って人間に戻った真理を見てくれ!と正面を見るわたし。拍手、拍手。声も掛かる。アー、あれは健太だあ。

「ピノキオ万歳、でも真理がもっと万歳だ。ショートカットの真理、万歳」拍手が笑い声に変った、

もう!色々考えて、あいつだけには報告もしてなないし、見せても居なかった。大騒ぎされるのが嫌だったからだ。

でもこの大事な場面、フランキーとピノキオの感動の場面であいつが奇声を挙げるとは。

その時、又別の声が挙がる。

「良いよ、ピノキオ、おめでとう。やっと人間に成れて本とにおめでとう」これは沢口君だ。

するとあちらこちらで拍手とおめでとうの声が挙がる。ヤレヤレだ。

こうして一学期の演劇は何とか無事に終了した。沢口君に感謝しかない。

舞台の上を部員全員で片付ける。大体綺麗になった所に山岡女史が見知らぬ男女を4,5人程連れて現われる。彼等がみんなが気にしてる栄南高校と今中高校の視察団らしい。

「えー、みんな集まって頂だい。こちらが、わたし達の演劇を見学にいらした先生方よ。ええっと、こちらの三人の方が栄南高校の先生たちで、もう二方が今中高校の先生方よ」

緊張した面持ちのみんな。にこやかに「こんにちは」と挨拶をする視察団の先生方。

「珍ピノキオ、桃太郎伝説、楽しく拝見しました。みんな熱演で感動ものです。学業の傍ら稽古を積まれていることは、校長先生から伺いました。主役のピノキオを遣ってる島田さんは台本書きも引き受けて居らしゃるとか、それが中々皮肉が効いて面白いと云う噂を聞きまして、こうして見学に押しかけた訳です。想いは同じらしく、ライバルの今中高校の先生まで居らしゃるとは、ウカウカしていられませんな」

と栄南高校の先生が述べる。

「今日の劇、皆、設備もほとんどなく、小道具や衣装、化粧道具も殆ど揃っていない中で、あれだけ皆、熱演できるなんて凄いです。ピノキオは噂どおり、驚くばかりの演技力でした。それに桃太郎、彼の歌唱力は素晴しい、直ぐにでも我が校に欲しいくらいだ。それに島田さん推薦の谷口敦君の演技も派手ではなく、下っ端に徹している所は感心する所です」これはライバル校の弁。

「ウン、先生のおっしゃる通りです。わたし達も感心して見ていました。是非この夏、見学に来てください、待っていますよ。勿論来たい方、皆さん大歓迎です」

「内もダイダイ歓迎いたします、是非いらして下さい、待ってます」

彼等はそのほか、劇への批評などをして帰って言った。一応見学希望者は山岡女史に連絡を要れ、団体で行く事になった。残りの片付けも終わり後は帰るだけだと思っている所に山岡女史から声が掛かった。

「島田さん、本当に良いの?」

「え、何がですか」わたしは彼女の又不安げな顔を見つめながら尋ねた。

「演劇よ、まだ演劇、続ける積りあるの?」

「今日の演技、満足して頂きませんでしたか?わたしとしては背一杯演じた積りですが」

「いえ、今日の演技の事じゃなくて、これからどうするのか聞いているの。校長先生や益川先生が、あなたを演劇部に所属させるのに大反対なのよ」

「入学した頃に反対してくれれば、当初色々を策巡らさなくて良かったのになあ。今じゃ遅い!校長先生には朝捕まって話を聞かされましたが、今の所全く変る積りは御座いません、試験の成績は上げたくて上がったんではありません、と言って置きました」

「そう、でもまた言われるだろうな、試験の順位が発表される度に」

「わたしの代わりに台本書いてくれる人が現われたら、その時は喜んで変ります」

「そう、それで良いの。後悔しない?」

「らしくもない。あの強引な先生は何処に行ったんですか?わたしは先生の強引さと戦うのが生き甲斐だったのに、これじゃあ戦う気も起こらない」

「日本の将来の為と言われたらねえ、強引さも引っ込むわよ、ハハハ」

「みんな大袈裟なんですよ、私以上に!」

「そうか、大袈裟か、あなた以上に。ウン、大袈裟ね、それで決まり。じゃあわたしもその線で行こうかな。ああすっきりした」

 待っていたアッちゃんは少し不満げだった。

「どうしたの、何か不満があるの?一応アッちゃんの演技認められたし、学校見学はみんなで行く事になって安心したんじゃない」

「不満じゃないけど・・ちょっと残念だったかなあって」

「え、ああ、脇役に徹して演じてるって言われた事。そうね、3学期のナラオを演じてるアッちゃんを見て欲しかったよね」

「そうじゃないんだ、僕が残念だったのは・・言って良い?」

「良いよ。早く言って、遠慮しないで」

「あのさ、その学校見学でみんなで行く事になっちゃっただろう、あれがさ、残念だったと思ってさ。僕真理ちゃんと二人だけで行けると、舞い上がっていたんだ。武志君にも自慢して話しちゃったし、他の演劇部の子にも話して、羨ましがられていたんだ」

「そうか、わたしはアッちゃんはみんなで行く方が気楽かなと考えていたけど、ウーンそうじゃなかったのか・・そうだ、見学の方は駄目になったけど、中体連が有るよ。ええっとここにみんなが出る日にちと時間をメモしてあるの。バスケは篠原さんと予約済みだから駄目だけど、あら、明日千鶴ちゃんが11時から出るわ、どう、一緒に応援に行かない?」

「え、明日?千鶴ちゃんの・・何の」

「やだー、卓球よ。彼女卓球強いのよ、知らなかった?」

「ああ、聞いた事ある、僕、あんまりスポーツ関心なくて、すっかり忘れていたよ」

「千鶴ちゃん、アッちゃんの事少し好きみたいだから、アッちゃん、応援に行って上げれば、凄く喜ぶと思うわ。ね、行こうよ」

「そ、そうかな、全然そんなことないとないと思うけど。でも真理ちゃんと一緒に行ければ、僕喜んで行くよ」

「じゃあ決まり、後さあ、バレーとテニスが有るけど、美香が言うには『内のチームはてんで弱いんだ、応援しても応援し甲斐がない』って。だからパス。テニスなんだけど、ここは変な声賭けでもう少しで劇の山場を駄目にされるとこだったけど、健太には悪気はないと断定するとして、ムッちゃんも居る事だし、顔を出さない訳には行かないわよねえ。ここはその翌日に二人とも出るの、これも行く?」

「二日続けて行くの?真理ちゃんと」

「あら良いのよ、無理しなくて。わたしは義理があって行くんだからさ、スポーツ嫌いのアッちゃんにつき合わせるのは少し酷だったかな」

「全然、平気だよ、ただ、二日も真理ちゃんと一緒に応援しに行けるなんてさ、夢みたいで」

「何言ってるのよ、毎日みたいに劇やったり、運動場走ってるじゃないの」

「そ、それとこれとは全く違うと思うけどね」

 翌日も良く晴れてと言うか、晴れすぎてうっかりすると焼き焦げそうだった。その中、近場の駅から、卓球の会場のあるイザナギ駅に向かう。

千鶴は強いのでお昼からも出れると予想して、お弁当持参と彼に言って置いた。

「昨日、千鶴ちゃんに電話したら、とっても喜んでいたわ、アッちゃんの為、死力を尽くすとか言ってたよ」

「嘘だよー、それ。脚色してあるなあ、千鶴ちゃんは単に二人の為、頑張ると言っただけだよ、多分」

「あ、何故分った?でも、彼女、大喜びしてたから、心の中では屹度そう思っていたとわたしは断定するな。うんそう、普通のおざなりの喜び方じゃなかった、間違いなし」

千鶴は強かった。わたしとアッちゃんは夢中で声援を送った。結局3回戦まで勝ちあがって、本日は負けなし。次回も勝てば、上位、間違いなし。

次は健太と睦美の二人が出場するテニス。

二人も出場するので、時間もかかる。よって、この日も弁当持参だ。わたしが敦君を引き連れ、応援に行く事は昨日の夜電話した。睦美は相変わらずぶっきらぼうで、ご機嫌斜めだ。

「え、谷口君と二人でわたし達の応援。ふうん、次から次へとお相手が居て良かったわねえ。まあ谷口君って子分みたいなもんだけど。でも、キャプテン、焼くだろうな。応援と言うよりも、敵の方の応援にならなきゃいいけど」と全く歓迎されなっかった。勿論敦君には内緒だ。

「暑くない?日差し強いね」敦君がわたしを気遣う。

「まあ、屋外だから仕方ないね。二人が出てない時は日陰に行って休みましょうか」

先ずは睦美嬢、相手の3年生相手に互角、否それ以上に渡り合って辛勝。これじゃ、健太も鼻高々だ。昼になったので木陰を見つけ、弁当を広げる。

「お、おい、お前達、今日はワザワザ応援に来てくれたんだって」健太だ。

「マ、この間の演劇鑑賞のお礼よ、ね、敦君」

「ええ、この間はありがとう御座いました。今日は二人を一生懸命応援させて下さい」

「で、でもよ、何だか二人で仲良く弁当食べて、良い雰囲気だなあ」

「手分けして応援してるのよ、明日は篠原さんとバスケの応援なの。今日の昼からは山下君の応援させてもらいます。力いっぱいプレーして頂だい、祈ってます」

「ま、真理に祈ってもらえば、鬼に金棒だな・・頑張らなければ」そこへ睦美嬢が遣って来た。

「キャプテン、真理ちゃんは何処にも逃げて行かないわよ、早くお昼、食べないと試合に響くわよ。ああ谷口君と真理ちゃん、今日はありがとう」

「睦美ちゃん凄いわねえ。3年生相手に健闘どころか勝ってしまうなんて」

睦美の顔が少し緩んだ。

「ええ、猛練習のお陰かな。お昼からはキャプテンの応援宜しくね」

そう言うと健太の手を引っ張って言ってしまった。

「山下君の為を思って、高崎さん一生懸命なんだね。試合も彼の為に勝ったと思うよ」

「わたしもそう思うわ。勿論ムッちゃん懸命に練習してたけど、それも健太に恥をかかせたくないって言ってたもの」

健太の出番が来た。健太、試合前にわたし達に向かって軽く手を振る。

ストレート勝ちとまでは行かなかったが、3-1で勝ち抜いた。我が校、月見西のベンチは大喜びだ。

健太は結構礼儀正しく、相手の選手、彼も多分敵方のキャプテンだろう、に深々と頭を下げる。

が、次の瞬間、本性丸出しで大きく飛び上がり、わたし達に手を振った。そのまま駆け上がって来る勢いだったが、駆け寄った睦美に羽交い絞めにされ、ベンチに下がって行った。

次の日は初日は千鶴の応援でパスしたバスケの応援だ。今回、アッちゃん一人に千鶴の応援は任せた。前回のバスケの試合は、沢口君見たさに篠原女史が同じ想いの学友を誘って大応援を結成し、押しかけたらしいが、詳しくは聞いていない。明日はわたしも千鶴には悪いが、そのバスケの大応援団の一人として参加するのだ。

「明日、バスケ、応援行くからね。でもわたし一人欠けたって大したことないか」と武志君に尋ねた。

「ああ、俺はそう思うけど、沢口は気にしているぞ。何しろ応援来無いだけでなく、敦と二人で卓球やテニスの応援だろう?そりゃあ気にするよ」

「御免、アッちゃんと二人で行くはずの高校見学が他の部員も一緒に行く事になって、アッちゃん、気落ちしてたから、せめて一緒に応援に行く事にしたのよ」

「ああ、敦、お前と二人で高校見学行くの楽しみにしてたもんな、お前が髪切るの、忘れるくらいに」

「でも、バスケ、勝ち残ってて良かったわ。それでなきゃ、茶々入れた健太の方を応援して、それを打ち消してくれた沢口君の方を応援出来ないなんて、本末転倒だもんね」

「ハハハ、俺達のチームは強いからね」

「若しかしたら、バレーの試合は負けてしまったので、美香ちゃんも来るかも知れない。アッちゃんは千鶴ちゃんが明日試合があって、それに勝つと明後日、団体の優勝決定戦だから応援に行って貰う事になってるから、悪しからず」

「へええ、卓球も強いんだな。俺達もウカウカしてられないなあ」

「テニスも今年は強いよ、何しろ健太とムッちゃんコンビがいるからね、ハハハ」

翌朝、月見西中の女子大応援団はゾロゾロ列をなし、バスケの行われる体育館へ向かう。わたしと美香は武志君のおばさんから預かった武志君の弁当と、母等からの差し入れを持っている。

「アー、良いなあ、差し入れ。それを忘れていたんだ。去年はあなたと一緒で、沢口君と話が出来たんだけど、結局あなたが居ない事には沢口君、こっちを見てもくれないんだもん。差し入れが有れば、少しは見てくれたかもねえ」と篠原女史。

強い強い、去年以上に強くなっていた。武志君が威張る訳だ。

「武志君、全然負けてないわ、あんなに身長の差が有るのにものともしないで向かっていくなんて。わたし、何だか泣きそうよ」美香が言う。去年わたしが抱いた思いと同じだ。

「でも沢口君が居るからシュートがバンバン決まるのよ、それにかっこ良いわ、何と言っても」篠原女史が言い、周りの女子も賛成する。同じ想いのもう一方、3年の女子で構成される大大応援団も居る。

沢口君のシュートが決まる度に黄色い歓声が上がる。マスクをしててもこの賑わい、若しコロナがなければどれほどの騒ぎになっていただろう。

お昼時になった。何てこった、弁当を渡そうと下へ降りてみると、先客で選手の控え室の前は一杯だ。途方に呉れるわたしと美香と何故か篠原女史。

「オイ、真理。こっち、こっち」と小さな声で呼ぶ声がする。武志君の声。

居た居た、少し離れた所で彼が手招きしてる。みんなも振り向いたが武志君だったので一同に変化なし。

わたし達はそちらの方に移動した。

「はい弁当。渡せなかったらどうしようと思ったわ。それからこれはわたしと美香からの差し入れね」

「何時も本とはこうなんだ。沢口が現われたら大騒ぎになるからさ、彼は控え室の奥に閉じこもってるよ。真理にお礼を言うように頼まれたけどね」

「凄い人気なのね沢口君。わたし達の応援要らないみたい」わたしが言う。

「わたしは断然武志君の応援よ。真理ちゃんはどっちか分らないけど」美香の発言。

「わたしは二人とも応援してるわ。篠原さんは沢口さんオンリーだけどさ」これはわたし。

「わたしだって、二人とも応援してるわよ、何しろ友達なんだから」篠原女史の弁。

「マ、みんなありがとう、沢口には俺から伝えるよ。昼からも応援頼むよ、何しろ、真理が応援来てると朝伝えたら、あいつ踊り上がって喜んでいたんだから。今日のあいつの強いのなんのって。だからさ、真理の居る応援は特別なんだ。じゃ、またね」

本当に強かった。圧倒的に強い。物凄い点数だ。その殆どを沢口君が入れた。武志君は沢口君に遠慮したのか2本しかシュートが入ってない。でも美香はそれだけで満足しうれし涙を浮かべていた。試合が終わると電車が混まない様に、後ろ髪引かれて、愚図愚図したがるみんなを急き立てて、みんなで又ゾロゾロ列を成して帰って行った。

二日後にもう准決勝と、優勝決定戦がが行われると云う事で、またまた団体行列を作って応援に行く。今度はもっと人数が増えた。

「凄い人数で行くのよ、2年でさえ多いのに3年はもっと多いでしょうね、もう、お弁当も差し入れも渡せないと思う」

「うん、そうだねえ。分った、弁当、お袋に言って自分で持っていくよ。みんなそうしてるんだもんな」

「じゃあさ、この差し入れもね、こっちが美香からで、こっちがわたしから。みんなで食べてね」

「ウンありがとう。差し入れさ、沢口宛に山程来るけどさ、でも真理と美香からのは特別だよ」

「ヘヘ、上手いこと言って。でも冗談でも嬉しいよ。試合、頑張ってね、一生懸命、これ本当は一所懸命なんだな、兎も角応援してるから」

これが前夜の武志君との会話。何か千鶴の方も良い線行ってるみたいで気にはなったが電話だけの応援で申し訳ないと心から思う。でも敦君が応援しに言ってるから、まあ良いか。そうそう、忘れちゃいけないテニスだ。あれからどうなった。睦美嬢に電話を入れてみた。ぶっきら棒だが成績が良い所為かちゃんと答えてくれた。

「うん、まあね、成績良いんじゃない。でもさ、あれからキャプテンは毎日あなたが応援に来るのを、今か今かと待ってるわよ。え、明日バスケの決定戦なの?じゃあ、明後日は来れるのね?美香と来るのね、キャプテンに報告しとく。又余計に舞い上がっちゃって、へましなければ良いけど」

一度で済ますはずの睦美と健太の応援に結局2度も行かなくちゃあならなくなったが、致し方ない。

翌日も良く晴れて暑い事この上ない。「水筒だけは忘れないでね」と言う母の声を背に受け、水より弁当よねと家を出て、美香と篠原女史三人、大応援団の中に加わる。

敵の応援団も中々のものだが、我が校に比べれば物の数ではない.我が校は朝一番の方で、これもあっさりと勝ちあがった。もう一試合、この飼った方と決勝戦を交えるのだ。

何か、後ろが騒がしい。振り返ると武志君と沢口君が立っていた。

「どうしたの、休まなくて大丈夫なの?」吃驚してわたしは叫びそうになった。

「ウンまあね、でも敵の偵察も大事だろう。だから、ちょっとここで観戦しようかなと藤井と二人で遣って来たんだ。他にもあっちとこっちに、3箇所に分かれて観戦する事にしたんだ」

「もっと後ろの方が目立たなくて良いと言ったんだけどさ、沢口がどうしてもここが良いと言い張って、仕方なく来たんだよ」

「ちょっと待って、少し席詰めるから」2年の女子は大体分っているから(でも、それはわたしと武志君の中を勘違いしてるだけなんだけど)席を詰めてくれた。美香とわたしの間に武志君、わたしと篠原女史の間に沢口君が入る。わたしと美香は夫々のデイバックを引き寄せ、その中からタオルを取り出し、彼等に渡す。

「あ、ありがとう。今年はエネルギー節約で冷房は控えめだから、結構暑いよね。試合が終わった後少しシャワーを浴びては来たけど、やっぱり汗出るよね」と沢口君。

「ああ、あれは気休めみたいなもんだし、もっとしっかり浴びればいいんだろうけど、どうせ又試合するからなあ」武志君もそう言うと美香の持ってきたタオルでごしごし汗を拭く。

「良くタオル、持って来てたねえ。ありがたく使わせてもらうよ」沢口君も同じようにごしごし拭く。

「これ良かったら飲んでください。喉渇いたでしょう?」後ろからも前からも飲み物がさしだされる。

「素晴しかったです。大活躍でしたね」と賛辞に声も挙がる。沢口君は軽く会釈をしながら飲み物を受け取り、半分は武志君に渡す。

「お、俺も飲んでいいのかな?」武志君、渡した女子たちに尋ねる。

「勿論です!でも、島田さんが悪く思わなければ、ですけどね」

「あら、わたしは全然構わないわ、ありがとう、気を使ってもらって」誤解は誤解のままに今はして置こう。目くじらを立てることでもない。

次ぎの試合が終わり、戦う相手が決まった。

「じゃあ、俺達帰るわ。これ、良い?」武志君が立ち上がって聞く。

「ああ、良いわよ、わたし達が持ち帰るから」タオルと飲み物の空き缶を残して、お昼を取るために帰っていく。

「頑張ってね、わたし達必死で応援するわ。何の役にも立たないかも知れないけど」

「そんなことないよ、モチベーション上がって頑張れるんだ。応援頼むよ」ニッコリ笑って沢口君、みんなにもお礼を言って立ち去っていく。その周りから、又黄色い声が一斉に上がった。

決勝も月見西の圧倒的勝利だった。

その夜、千鶴達も優勝したと言う電話があった。隣に出かける。武志君にあらためておめでとうと言うのだ。

「疲れ果ててもう何も話したくないでしょうが、先ずはおめでとう。あ、それから千鶴達も優勝したんだって」

「ああ、卓球部も優勝したのか。今年は月見西、成績良いね。お前のテストの成績みたいだ」

「あ、何故知ってるの」

「廊下に張り出されている居るし、うわさは広まるもんだ」

「そうなの。内緒にしたかったのに、知ってるんだ、残念」

「別に隠す必要はないんじゃない。大いに知らされるべき事だよ」

「本当?でも2番だよ、一番じゃないんだよ、それをさ、校長先生まで大騒ぎして、演劇部辞めるように言うんだ。余計なお世話だとおもわない?」

「え、真理が演劇部辞める!それ初めて聞いた」

「だから断ったよ、勿論。それはどうでも良いけど、明日睦美達、つまりテニス部の試合があるんだ。明日は行くとムッちゃんに約束してあるから、美香と敦君とで行こうとしたら、千鶴ちゃんも行くって」

「ああ、それなら俺も行くよ。沢口も来るんじゃない、ちょっと電話してみる」

武志君、沢口君に電話する。

「沢口も来るって。あちょっと待て待て、彼女ここに居るよ。あわてることはない、彼女は逃げていかないよ、今代るから」電話を代る。

「沢口君、優勝おめでとう。すっごく強かったね、大活躍だったわ。わたしの周りも大喜びだった。でも、疲れてない?健太の、いや今は健太キャプテンか、その応援だよ、無理する事ないわ」

「ハハハ、大丈夫だよ、試合する訳じゃないし、応援だけだろう?みんな行くんだ、俺一人取り残されるなんて御免だよ。それに島田さんと居られるなんて最高だ」

そんな訳で篠原女史にも電話した。彼女、勿論大喜びで快諾した。

翌日は雲が多く、いずれ雨が降るという天気予報だ。でも応援する者にとってはありがたい空模様だ。

終った競技も多いと見えて、この間よりも応援が増えている。勿論バスケの応援には及ぶべくもないが。

睦美にはあの後連絡しておいた。

「へえー、みんなで来るんだ。わたしは嬉しいよ、でもさ、キャプテンは少しガッカリするかもね。何故ですって、そりゃキャプテンは本当はあなた一人に応援してもらいたいからに決まってるからでしょう」

「何を言ってるのよ、それは睦美の買い被りよ、屹度みんなで応援に行くと言ったら喜ぶに決まっているわ、絶対に」

わたし達一行は一番前列を陣取り応援することに決めた。その前列には健太のおばさんの姿も、睦美のおばさんの姿も見える。二人は互いにそれを知らないのか別々に座っている。まあ、それを知ってるのは、考えてみればわたしだけなんだろうけど。

先ずは睦美だ。1-1になったが、次を落として負けてしまった。ウム、残念。次ぎの3年の女子が二人勝ち、月見西、リード。後は昼からの男子の結果によって総合優勝が決まる。

お昼の休憩タイムになった。わたし達の並び方から語ろう。一番右側から、アッちゃん、千鶴ちゃん、美香ちゃん、武志君、わたし、沢口君、篠原女史と言う風になった。少しアッちゃんが可哀想かなとも思ったけど、本人がここで構わないと言うし、昨日まで千鶴ちゃんの応援をしていたのだから、少しは話のねたはありそうだ。

そこへ睦美が遣って来た。

「みんな来たんだ、ありがとう。みんなと一緒にお弁当食べたいけど、あそこで母が待ってるから母の所に行くわ。食べ終わったら、みんなと合流するわ」と言って、おばさんの所に駆けて行った。

次に健太が来た。

「よっ、今日はみんなで押しかけてくれたのか。昼からは俺様の試合があるから、しっかり応援頼むよ。腹が空いたからお袋のとこ行って、弁当受け取ってくるから少し待ってろ」健太もおばさんの所へ。

健太は弁当を受け取ると直ぐに戻って来て、強引にわたしと武志君の間に割り込んだ。ズーズーしさと、強引さは昔と変らない。

「バスケ、優勝したんだって」武志君に話しかける。

「後卓球も優勝したのよ、我が校、成績良いわ。これでテニスが優勝したら校長先生ウハウハね」

わたしは校長先生の少し気の弱そうな顔を思い浮かべ、次にその顔をくしゃくしゃにし、ヤッターと狂喜する姿を思い浮かべた。

「ウン、俺の中学3年の夏を飾るに相応しい試合にするぞ、応援しっかり頼むぞ真理。それにみんな」

そう言うと弁当を広げ、むしゃむしゃと食い始めた。それに釣られて皆も自分の食事に摂りかかった。

やがて睦美嬢もその場に遣ってくるわたしは沢口君に言って、わたしと健太の間を空ける。

「キャプテン、わたし、真理ちゃんとの間に入って良いかしら?」

じろりと睦美嬢を見上げて、慌てて席をわたしの方に詰める。

「ほら、お前の好きな武志の方の間を空けてやったぞ」

睦美嬢は何か言おうとしたが、グッと飲み込み健太と武志君の間に座った。

「睦美ちゃん、良く頑張ったわねえ。3年生を相手にあそこまで戦うなんて、わたし達感動したわ」「そう、そう。打ち込みが鋭くて力強い、惜敗したけど、来年は敵無しだ」「負けはしたものの、後一歩だったわ、本当に寸暇を惜しんで稽古に励んでいたものねえ」皆の睦美に対する賛辞の声が上がる。

「でも、千鶴ちゃんの方がお店を手伝いながらも、卓球優勝するんだもの、凄いと思わない?」睦美嬢が

話の中心を千鶴に持っていく。全員が賛同する。

「わたし、ある想いがあって頑張ってるの」千鶴が小さな声でポツリと漏らす。

「わたし、もっともっと強くなって、それで・・」

「分った、オリンピックに出たい、でしょう」篠原女史が叫ぶ。

「そうなれば一番良いんだろうけど、今のわたしではとても無理よ。でも、うんと強くなって、若し、わたしの名前が新聞に載って、それで、それで・・」隣の美香が優しく千鶴の肩を抱く。千鶴の心の片隅に今も実母のことがあるのは去年の春、一緒に成ってその消息を聞きだす探偵団を結束した者には直ぐ分る事だった。

「お母さんがあなたの頑張りを知ってくれればどんなに良いかしら?」わたしが言葉を繋ぐ。

「あの花屋さんに連絡頼めないかな?」武志君が呟く。

「わたし、お花を買うついでに今度聞いてみるわ」

「まだまだよ、わたし、本当に強くなるわ。そしたら、お願い、連絡してみて」

「そうか、そんな想いが村上さんには有ったのか。俺達みたいにその試合だけを考えていれば良い、なんてお気楽な気持ちじゃないんだ」沢口君が唸るように呟く。

「御免なさい、スッカリ暗くなっちゃった。これから山下さんの試合があると言うのに」

「あ、全然気にしない、気にしない。俺も頑張る。沢口も武志も、そして睦美や村上も頑張っているんだ、俺が負けてどうする。俺も勝つ、絶対に勝つ、見ていろみんな」

「あんまり張り切り過ぎないでキャプテン。肩の力を抜いた方がキャプテンは力を出せるんだから」

睦美がむやみに張り切る健太をなだめる。

「そうだよ、高崎さんの言うとおりだよ」沢口君と武志君も燃え上がる健太を冷ましにかかる。

「大きく息を吸って、今度はゆっくり静かに息を吐く!これは舞台に立つ時、掛ける言葉だけど、今の健太君にも贈る言葉だよ」

「あ、真理、最高だよ。チャンと覚えて置くよ。ここはピノキオより、桃太郎みたいに凛々しく頑張る所だな、うん。みんなありがとうよ、睦美もな」

昼の休憩の時間も終って健太と睦美は戻って行った。

健太もみんなの思いと睦美の願い通りに勝ち上がり、優勝することが出来た。

コートの上で我々に向かってこぶしを上げてポーズを決める彼の嬉しそうな顔。良かったね、健太君!

 次の日から夫々塾通いの日々だ。わたしも忙しいが、3年の武志君や沢口君、それに健太も忙しい。

篠原女史から去年みたいに何か遣らないのかとせっつかれるが、今年は無理ときっちりと断った。

塾の合間に夏休みの宿題なるものも片付けねばならない。美術の方は去年は名栗川の画で県の方から優秀賞を頂いたので、今年も期待してるよと美術の先生から発破を掛けられたから、手抜きは許されないだろう。自由研究と美術を一緒に出来ないかと考えた。

あるある、春山公園だ。あそこには大きな川もあれば、木々も茂る。それに草だ、植物だ。植物を使って何か・・ボルタニカ、その植物をあるがままに描く、それが良い!

美術はそれで良いが、これでは研究とは言えないんじゃないか?ようしそれなら、ばっちゃんの孫娘だから、春山公園にある身近な薬草たち、なんてどうだろう。

「今は夏だから余り花が無いんじゃない?」と母は心配するがそれはその時、当って砕けろ。

頼りにするのはばっちゃんが貸してくれた民間薬療法と薬草大百科。民間薬療法の方は確かに沢山の薬草が乗ってるのだけど、病名で分けられているので、薬草その物を調べるのには不便だが、大百科のほうがアイウエオ順にカラー写真で紹介されていて、とても便利だ。県立の図書館からも薬草の本を借りた。

塾のない日は毎日春山公園に向かう日々。村橋さんは一体何を自由研究に選んだのだろう?今度塾であったら聴いてみよう。

「フフフ、内緒」と彼女は笑った。うーむ、何かとても自身に溢れているみたいだ。こりゃ、負けたかなと少し自信喪失。

あ、それに例の高校への見学だ。丁度、二校とも秋の大会に向けての稽古の真っ最中で、我々にとってもより一層実入りの多い物になった。山岡先生と高校の先生達が何か真剣に話しこんでいる。どちらの高校でもだ。

「どうぞ宜しく。頼りにするのは山岡先生しかいませんから」

「そう言われましても、それは本人次第ですから。でも愛着はあると思いますので、焦らずに見守って行くうち気が変るかも知れません」

この会話が意味するのは・・・まあ、焦らずに次回に持ち越しとしましょうか

            次回に続く   お楽しみに







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