偽り優等生
偽り優等生
「望みを言え」
ただただ暗い空間に響く声、ここはどこなのか、声の主は誰なのか。考えようとしても頭が働かない。
「望みを言え」
急かすように声が響く。平凡な私、取り柄のない私、何がいけなかった。ごく普通に暮らしてきた。過去に戻れば変わるのか。未来を見れば変わるのか。その考えが膨らんだ。これが夢でもいい。その瞬間だけでも、自分を変えることができるなら。
「時間を行き来できる時計が欲しい」
眩い光と共に、手に懐中時計が現れる。下側にボタンのある、金色の懐中時計。
「ボタンを押せば、好きな時間に行ったり、時間を止められる。」
響く声に従い、特に何も考えずにボタンを押した。
「何だったの?今の夢」朝、ベッドの上、これは夢だった。でも手のひらには、金色の懐中時計が握りしめてあった。
夢だと思ったことは夢じゃなかった。ボタンを押せば本当に時間が止まった。過去にも未来にも行くことができた。これをどう使うか。
「チヤホヤされたい」
それが私の欲望。懐中時計をポケットに入れはじめてから、私は変わった。
学校で遅刻しそうでも、時間を止めて間に合わせた。テストでわからない問題は、未来に行ってカンニングして満点だ。ドッヂボールも時間を止めてかわしたり当てたり。時間を止めてズルをして、なんでもトップになった。みんなが私に話しかけた。先生も私を褒めちぎった。偽りの私は大人気の優等生だった。
「ずっと好きでした。付き合ってください。」気になっていた彼からの告白、私は受け入れた。顔を変えたわけでもないのに、告白された。優等生の自分が大好きになった。本物の自分を否定して、偽物の自分を貼り付けた。繰り返すうち、本物の平凡な自分を忘れてしまっていた。
「私のどこが好きなの?」出来心で彼に聞いた。自分が優等生だから。そう帰ってくると思い込んでいた。優等生になってから私は人気になったから。彼はこう言った。
「嘘をつかない、まっすぐなところ」
私は驚いた。私は悲しんだ。いっぱいいっぱい嘘をついて、ようやく人気者になった私のことを、彼は好きじゃなかった。今までの、平凡で嘘をつかない私を彼は好きだった。今の私は、嘘をつく偽物。偽った劣等生。そんな私を彼は好きでいてくれない。私は彼に全てを話した。私は言った。
「別れよう。」
すると彼は笑った。そして頭を撫でてくれた。
「全て話して、僕のために悩んで、別れようと言ってくれたのなら、君は正直な君のまま。だから別れずに、隣にいて欲しい。」
私は泣いた。声が掠れるまで泣いた。嘘をつかなくても、私を愛してくれる人がいる。なのにどうして嘘をつく必要があるのだろうか。私が泣き止むまで、彼は頭を撫でてくれていた。
あのあと、彼と一緒に懐中時計を割った。時がまた戻った。私は平凡な私に戻った。でも一つだけ違うことができた。
私は今も、彼の隣を歩いている。