蕎麦屋の一番忙しい一日
「二年参りの前に、年越し蕎麦を食べましょう。」
「あっ、これを見て。
このお蕎麦屋さん、
食べると年が越せなくなる蕎麦、
っていうのがあるんだって。」
「年が越せなくなるって、どういうことかしら。」
「時間が止まるってことじゃない?」
「まさか~。」
同じ高校に通う、仲良し3人組の女子生徒。
黒くて長い髪の女子生徒は、落ち着いていて大人びた子。
髪を頭の左右に分けて結っているツインテールの女子生徒は、天真爛漫な子。
おかっぱ頭の女子生徒は、大人しくてやさしい子。
これがその3人。
その3人は同じクラスの仲良しで、学校の内でも外でもいつも一緒。
怪談が好きで、どこからか話題を仕入れて来ては、
その3人で一緒に怪談の調査に出かけたりしている。
これは、その3人が二年参りに行く途中で、
年越し蕎麦を食べようと、裏路地の古びた蕎麦屋を訪れた時の話。
12月31日、大晦日。
慌ただしい12月が終わる、一年の最後の日。
夜も遅く、年が変わるまでもうしばらくという頃、
その3人の女子生徒は一緒に初詣に出かけていた。
大晦日から元日へ日付を跨いで初詣に出かける、いわゆる二年参り。
普段は滅多に外に出かけないような深夜に、
神社へ向かうために夜の町を連れ立って歩いていた。
長い髪の女子が先頭を歩きつつ振り返って、
後ろを歩くツインテールの女子と、おかっぱ頭の女子の2人に話しかける。
「2人共、年越し蕎麦はまだなのよね?」
すると、ツインテールの女子がお腹を擦りながら返事をした。
「あたし、お腹ぺこぺこ。
こんなことなら、家で年越し蕎麦を食べてくれば良かった。
外で食べるからーって断っちゃったんだよね。」
そんな話を聞いて、おかっぱ頭の女子が苦笑いを浮かべて続く。
「わたしは逆に、家で年越し蕎麦を作るお手伝いをして、
その時に少し味見をしちゃったから、食べるとしても軽くでいいかな。」
2人の返事を聞いて、長い髪の女子は頷いた。
「そう。
私はまだなのだけれど、
こんな夜遅くにあまりたくさん食べるものでもないし、
どこか適当な蕎麦屋さんを見繕って、軽く済ませましょうか。」
そうしてその3人は、二年参りがてら、
年越し蕎麦を食べるために蕎麦屋を探しながら歩いていった。
そうして蕎麦屋を探していたその3人だったが、
大晦日といえば蕎麦屋にとって年に一番の掻き入れ時。
どの蕎麦屋も満員どころか店外に行列ができている始末で、
ふらっと入って蕎麦をすすることができるような状態では無かった。
「参ったわね。
どの蕎麦屋さんもいっぱいだわ。
きっと初詣の方も混んでるでしょうし・・・」
長い髪の女子が腕組みして言うと、
ツインテールの女子が弱々しい悲鳴を上げた。
「あたし、この空きっ腹のままで初詣なんて無理だよ。
このままじゃ、初詣のお願いが食べ物のことばっかりになりそう。」
倒れ込みそうになる体を、長い髪の女子とおかっぱ頭の女子が両脇から支える。
そうしてその3人は、空いてる蕎麦屋を求めて夜の町を彷徨い、
やがて、人気の無い路地裏へと迷い込んでいく。
そしてその路地裏で、古びた一軒の蕎麦屋を見つけたのだった。
その3人は、路地裏の古びた蕎麦屋の前に佇んでいた。
例に漏れず、その蕎麦屋も繁盛しているようで、
暖簾が掲げられた擦り硝子の引き戸の向こうからは、
がちゃがちゃと食器を扱う音や、人が動き回っている様子が伝わってくる。
長い髪の女子が店の周囲の様子を伺ってみたが、
周囲に順番待ちをしている人の気配は無かった。
「良かった。順番待ちの人はいないみたいね。
もしかしたら、店内で待っているかも知れないけれど。」
「あたし、もうどこでもいいよ~。
この店にしよう。」
ツインテールの女子が、まるで砂漠でオアシスを見つけた旅人のように、
倒れ込むようにして暖簾を潜ると、引き戸に手を掛けた。
すると、少し離れて後ろにいたおかっぱ頭の女子が、
何やら店外のメニューを指して口を開いた。
「ねえ、これを見て。
なんか変なことが書いてあるの。」
呼び止められて、長い髪の女子が近付いて何事かと覗く。
そこには張り紙がしてあって、こんなことが書かれていた。
「なになに、
当店の年越し蕎麦は、食べると年が越せなくなります。
御来店の場合には御覚悟ください。
・・・何かしらね、これ。」
「普通の年越し蕎麦とは違うってことなのかな?
わたし、ちょっと気味が悪いな。」
意味ありげな張り紙に、おかっぱ頭の女子が尻込みをしている。
妙な物を口に入れたくない、そんなところだろう。
それを見た長い髪の女子も、
果たしてこの蕎麦屋に入っても良いものかと考え込んでいる。
しかし、
空腹に操られたツインテールの女子を止めることは出来なかった。
「食べられれば何でも良いじゃない。
あたし、もうお腹が空いて限界だよ。
ほら、早く入ろう。」
耐えかねたツインテールの女子が、あっさり引き戸を引いてしまった。
引き戸を引いた途端、店内からむわっとした湯気が溢れ出てくる。
戸を開けられてしまったことで、退路を絶たれてしまった。
仕方がなく、長い髪の女子とおかっぱ頭の女子もその後に続く。
そうしてその3人は、裏路地の蕎麦屋の店内へと入っていった。
裏路地の蕎麦屋へ足を踏み入れたその3人。
店の中に入ると、店内の様子が明らかになる。
表の妙な張り紙など無かったかのように、
至って平凡な蕎麦屋の店内風景が広がっていた。
その蕎麦屋もやはり繁盛しているようで、
テーブル席だけの店内は客達で賑わっていた。
わいわいがやがやとした喋り声と、
美味しそうに蕎麦をすする音があちこちから聞こえる。
客層は中年以上、特に老人が多く、
子供や若者の姿は不思議と見当たらなかった。
店内に入ってきたその3人を、先客の老人達は物珍しそうに見ている。
人手が足りないのだろうか。
その3人が店内に入って待っていても、店員が来て案内する様子は一向にない。
仕方がなくその3人は、空いているテーブル席に腰を下ろし、
奥の厨房で忙しそうにしている割烹着の老婆に向かって声を上げた。
「おばあちゃん、年越し蕎麦!」
「それじゃ伝わらないでしょう。
全員、たぬき蕎麦でいいかしら。
おばあさん、たぬき蕎麦を3人前でお願いします。」
「あ、わたしはちょっと少な目で・・・」
そんなことを言っていると、厨房からその老婆がやってきて、
席に座っているその3人をじっと観察してから口を開いた。
「・・・あんたたち、うちの店は初めてかい。
うちは、大晦日の夜は特別メニューしか用意してないんだ。
悪いけど、あんたたちに出せる蕎麦は無いねぇ。」
老婆は済まなそうにそう言うのだった。
品切れでは仕方がない。
他の店を探そうと、
長い髪の女子とおかっぱ頭の女子は腰を上げようとした。
しかし、空きっ腹に突き動かされたツインテールの女子は、
みっともなく食い下がった。
「えー。
でも、あそこに生蕎麦がいっぱいあるじゃない。
あれで良いよ。
まさか、全部予約済みなんてことはないんでしょ?」
ツインテールの女子が指す方を見ると、
確かに厨房の奥には、真っ白な生蕎麦がたくさん置かれていた。
横には真っ黒な蕎麦汁も用意されていて、すぐにでも食べられそうだった。
しかし、老婆は首を横に振る。
「あれはね、特別製の蕎麦なんだよ。
あんたたちみたいな若い人には食べさせられないんだ。」
「なにそれ、ケチ。
あたし、お腹が空いて死にそうだよ。
蕎麦食べたいたべたい!
他の店はどこもいっぱいで、もう待ってられないよ。
お願い!」
「これ、無理を言わないの。」
駄々をこねるツインテールの女子に、長い髪の女子も老婆も困り顔。
すると、気後れしていたはずの、おかっぱ頭の女子が、
何か疑問がある様子でおずおずと口を挟んできた。
「あのぅ。
もしかしてあれが、表の張り紙に書いてあった、
食べると年が越せなくなる蕎麦、ですか?」
すると老婆は、意味ありげな笑みを浮かべて応えた。
「あんたたち、あの張り紙を見たのかい。
そうさ、あれがうちの店自慢の、
食べると年が越せなくなる蕎麦だよ。
うーん、そうさねぇ。
もしもあんたたちが、
あの蕎麦を食べたら年が越せなくなる理由が分かったら、
食べさせてあげてもいいよ。」
「本当?
よし、当ててみせるぞ。」
「ちょっとあなた、下手に不正解を続けていたら、
蕎麦を食べられない上に時間だけが過ぎるのよ。
それでも良いのかしら。」
「正解すれば、すぐに蕎麦にありつけるよ。」
「まあまあ。
せっかくだから、あのお蕎麦の謎を考えてみようよ。
なぞなぞみたいで楽しそう。」
そうしてその3人は、
食べると年が越せなくなる蕎麦の、
その理由について考えることになった。
食べると年が越せなくなる蕎麦。
それは何故なのか、何が起こるのか。
長い髪の女子と、ツインテールの女子と、おかっぱ頭の女子と、
その3人で考えることになった。
まず、長い髪の女子が、蕎麦屋の老婆に向かって確認する。
「最初に確認しておきたいんですが、
正体は魔法の蕎麦だった、とかそういうことではないですよね?」
その確認に対して蕎麦屋の老婆の返事は、ちょっと意地悪なものだった。
「さあ、どうだろうねぇ。
この世には人智を超えた存在があるかも知れないね。
あんたたち、これから初詣に行くんだろう?
初詣に行く神社だって、人智を超えた存在を崇めたものだろう。
あんたたちはそこにお参りに行くんだ。
もしかしたら、魔法みたいな蕎麦もあるかも知れない。
それは考えても良いんじゃないのかい。
でも、それじゃあ話にならないだろうねぇ。
だから、仕組みは気にしなくて良いよ。
この蕎麦を食べたらどうなるかと、
その結果として年が越せなくなる理由と、
それさえ分かれば良い。」
おかっぱ頭の女子がさらに確認する。
「年が越せなくなるって、どういう事なんですか?」
「文字通り、年が越せなくなるってことさ。
その意味は、あんたたちで考えてくれ。
思いついたことがあったら、アタシに話してごらん。
違ったら違うって言ってあげるから。」
つまり、
食べると年が越せなくなる蕎麦を食べるとどうなるか、
その結果、何が起こるのか、
それだけを当てられれば良いらしい。
早速、ツインテールの女子が挙手して元気良く回答する。
「分かった!
お婆ちゃんの作った蕎麦が不味くって、
食べたら気を失っちゃうとか。」
言われた老婆は渋い顔になって応えた。
「違う。
アタシが作った蕎麦が不味いだなんて失礼な。
蕎麦を作ってこの腕何十年だと思ってるんだ。
今じゃもう、目を瞑っていたとしても、味見をしなくても、
完璧な蕎麦を作ることが出来るよ。」
長い髪の女子がツインテールの女子に向かって口を尖らせる
「あなた、どんな時でも口だけは達者なんだから。
失礼なこと言って、空きっ腹で動けないんじゃなかったの。」
「つい、話を聞いてたら楽しそうだったから。」
えへへ、とツインテールの女子が頭を掻いている。
呆れ顔の長い髪の女子が、今度は自分で回答する。
「年が越せなくなる蕎麦を食べると、時間が止まる。
なんてことは無いですよね?
時間が止まってしまえば、文字通りに年が越せなくなりますけど。」
「ああ、違うよ。
もしも、うちの蕎麦を食べたら時間を止められるってんなら、
アタシはこんな皺くちゃになってないだろうね。」
老婆が冗談を言って、ころころと笑った。
長い髪の女子も老婆と顔を見合わせて笑っている。
すると、ツインテールの女子がそこに割り込んできた。
「じゃあこれは?
食べたら死ぬような毒が入ってる!とか。
例えばトリカブトみたいな・・・」
「違う。
そんな毒は入ってない。
アタシはお客さんを殺すつもりは無いよ。」
そうして再び渋い顔になった老婆に、
ツインテールの女子の回答が矢継ぎ早に浴びせられる。
「アルコールが入ってて、
食べたら酔っ払って新年になったのが分からなくなる、とか。」
「違う。
うちで未成年に出す酒は甘酒だけ。
蕎麦に入れたら味が変わってしまうよ。」
「じゃあ、時間が巻き戻る、とか。」
「違う。
それも時間が止まるっていうのと似たようなものじゃないか。」
「じゃあ、じゃあ、
蕎麦が太陽の動きを止めて、日が昇らなくなって新年にならなくなる、とか。」
「違う。」
「地球の自転公転が止まって、新年にならなくなる。」
「違う。
あんた、アタシを神様か何かと間違えてるんじゃないのかい。」
「バリアーが出てきて、太陽が見えなくなる、とか。」
「違う。」
「あたし達が蕎麦を食べ終わったところで、
今度はあたし達が逆に食べられちゃう、とか。」
「違う。
アタシはあんた達を取って食うつもりは無いよ。」
回答を次から次へと否定されて、
ツインテールの女子の口が止まってしまった。
苦し紛れに、長い髪の女子とおかっぱ頭の女子にすがり付くように言う。
「あたしばっかり答えさせられてずるいよ。
あんたたちも何か答えて。」
仕方がなく、長い髪の女子が顎に添えていた指を離して口を開いた。
「食べたら年が越せなくなる蕎麦が、すごく値段の高い物だった、とか。
このお店、店内のメニューには300とか500とか数字しか書いてないわよね。
あれが日本円じゃなくて、例えばドルとか、
どこか外国のすごく高い通貨で書かれていたとしたらどうかしら。
代金が払えなくなって、借金で新年が迎えられなくなる、とか。」
「違う。
うちの店のメニューは日本円だよ。
年が越せなくなる蕎麦は、あそこに書いてある通り420円だ。
あんたたちでも、それくらいは払えるだろう。」
「はい。
やっぱりそうですよね。
もしもそれが外国の通貨だったとしても、
420では借金するほどの高額にはなり得ないでしょうから。」
これで回答していないのは、おかっぱ頭の女子だけ。
長い髪の女子とツインテールの女子と老婆の視線が集まって、
おかっぱ頭の女子は、わたわたと慌てて回答した。
「えっと、
年が越せなくなるお蕎麦を食べると、
今年の楽しかった思い出が蘇ってきて、年を越したくなくなる、とか。」
「それは楽しそうだねぇ。
でも違うよ。
楽しかった思い出は、自分で思い出すが良いさ。」
おかっぱ頭の女子と老婆が、にこにこと笑顔を見合わせている。
そうしてその後もその3人と老婆の問答は続いた。
その様子を蕎麦屋の他の客達が興味深そうに眺めていた。
食べると年が越せなくなる蕎麦は、食べると何が起こるのか。
その3人は回答を考えるのに夢中になっていって、
いつしか空腹も忘れ、周囲の喧騒も耳に入らなくなったのだった。
食べると年が越せなくなる蕎麦は、食べると何が起こるのか。
その3人と老婆が問答を続けてしばらく。
未だ正しい回答にたどり着くことが出来ず、肩で息をするその3人。
ふと周囲を見ると、店中の客達がその3人を愉快そうに眺めていた。
いつの間にか、店中の客達の注目の的になっていたらしい。
客達は興味深そうにしながらも、
その3人と老婆の問答に口出ししようとはしない。
ある者は何かを言おうとしては口を閉じ、ある者は壁をチラチラと見て、
またある者は、そっと手首を指差して見せた。
その客達の様子を見て、
ツインテールの女子が、はっと表情を変えた。
店の中をキョロキョロと見回して、壁の一点に目が釘付けになった。
「しまった、やられた!」
「あなた、急にどうしたの。」
「なになに?」
理解できない様子の長い髪の女子とおかっぱ頭の女子に、
ツインテールの女子が身を乗り出して言う。
「わかったんだよ。
年が越せなくなる蕎麦の効果。
あの時計を見てよ!」
言われてその2人が店内の壁掛け時計を見上げる。
「あらっ?
いつの間にか、0時を回ってるわ。」
「もうそんなに時間が経ってたんだね。
気が付かない内に、新年になっちゃった。
・・・あっ!そうか。」
そして、その2人も、
ツインテールの女子が言わんとしていることに気が付いたようだ。
その3人は頷き合って、
長い髪の女子が代表して老婆に向かって回答を始めた。
「お婆さん。
私達、答えが分かりました。
食べると年が越せなくなる蕎麦、その理由とは、
理由を考えている間に、いつの間にか0時を過ぎてしまって、
その結果、新年になったことに気が付かない。
これが答えですね?」
その3人が同じ結論にたどり着いたのを察知して、老婆が笑顔で応えた。
「ほっほっほ。
やっと分かったかい。
あんたたち、まんまと引っかかってくれたね。」
つまり、食べると年が越せなくなる蕎麦とは、
こうしてその理由を考えている間に0時を越えて、
新年になる瞬間を見逃してしまう、
どうやらこれが正解のようだ。
その3人の回答を聞いて、周囲の客達から歓声が上がった。
「よっ、名探偵!」
「お嬢ちゃん達、よく気が付いたねえ。」
拍手を受けて照れくさそうにするその3人。
しかし、その3人に向かって、
老婆は澄まし顔で残酷な裁定を告げた。
「正解ではあるけれど、
あんた達、ズルしたね。
他の客達から答えを教えて貰っただろう。
かわいそうだけど、それじゃあ賞品の蕎麦はあげられないねぇ。」
「そんな!
あたしはヒントをくれなんて・・・」
ツインテールの女子が咄嗟に言い返しかけて口を閉じた。
助けてもらっておいて、
それを頼んでいないと言うほど無神経にはなれなかった。
せっかく解答にたどり着いたのに、賞品の蕎麦にはありつけない。
しょぼくれるその3人に、老婆が優しく言葉を投げかけた。
「やれやれ、しようがないねぇ。
そんな顔をされたんじゃ、そのまま追い返すわけにもいかないじゃないか。
食べたら年が越せなくなる蕎麦はあげられないけど、
普通の蕎麦で良かったら食べさせてあげるよ。
アタシの分の、まかないの蕎麦があるから、
それをあんたたち3人で分けて食べたら良い。
頑張ったから努力賞だ。」
「そんな、良いんですか?
でも、ありがとうございます。
せっかくだからご馳走になります。」
「そういやあたし、お腹がペコペコだったんだ。
駄目、早く食べないと死にそう。」
「やったぁ!
ありがとう、お婆ちゃん。」
そうしてその3人は努力賞として、
1人前の蕎麦を3人で分けて食べることになった。
蕎麦屋の老婆のまかないだというその蕎麦は、
空腹もあってか、とびきり美味しく感じられたのだった。
そんなことがあって。
蕎麦を食べさせてもらって、体も胃袋も温まったその3人は、
老婆と、それから蕎麦屋に居合わせた客達に頭を下げて、
仲良く初詣へと出かけていった。
その後姿を見送ってから、老婆が客達に向かって口を開いた。
「あんた達、駄目じゃないか。
口出ししないって約束だっただろう。」
咎められた客達が老婆に応える。
「まあ、そう言いなさるな。
わしら年寄りの道楽に付き合ってくれたんだ。
あの子達に何か食べさせたあげたいって思うじゃないか。」
「かと言って、生者にわしらの食い物を食わせるわけにもいかんからなぁ。」
「そうだな。
あの世の食べ物を口にしたら、現世にはもう戻れなくなる。
あんな若い子達を連れて行くわけにはいかないからな。
死ぬのは年寄りから順番でいい。」
「婆さんの分の蕎麦が無くなって、悪かったなぁ。」
「去年は美味い蕎麦をありがとうよ、婆さん。
また今年も必ず食べに来るからな。」
口にした言葉と共に、蕎麦屋の客達は煙のようになって消えていった。
空っぽになった店の中を見渡して、老婆が言葉を漏らした。
「ああ、好きなだけ食べに来ると良いさ。
もっとも、来年の今頃にはアタシも、
食べると年が越せなくなる蕎麦を、
作る側から食べる側になってるかも知れないけどねぇ。」
皺くちゃになった自分の手を見て、しみじみと言う老婆。
しかし、そうしていられたのも束の間で。
すぐに次の客達の姿が、すぅーっと店内に現れ始めたのだった。
店内に滲み出るようにして現れた老人達が、老婆に次々と挨拶を始める。
「やあ、婆さん。今年も蕎麦を食べに来たよ。」
「毎年、これが楽しみだからなぁ。
今年も美味い蕎麦を食べさせてくれよ。」
話しかけられた老婆は、さっと身支度を整えながら応えた。
「いらっしゃい。
すぐ準備するから、ちょっと待っておくれ。」
今日は大晦日、新年に変わる夜。
蕎麦屋の一番忙しい一日は、まだまだ続くのだった。
終わり。
年が明けてしまいましたが、年越し蕎麦と新年を混じえてテーマにしました。
食べると年が越せなくなる蕎麦という問題に対して、
ミステリーとしての解答と、ホラーとしての解答と、
二つの解答を用意しました。
どちらの場合も突飛な話にならないように、手掛かりを用意したつもりです。
改めまして、昨年はお世話になりました。
本年もよろしくおねがいします。
お読み頂きありがとうございました。