姉兄
「ねえ兄様、こんなことになってしまったのはなぜだと思う?」
「個人に思うところはありますが、先に姉さんの考えを伺いたいですね」
「兄様はいつも私を優先するよね、それが兄としての対応ってやつなのかな?」
「僕は姉を尊重しているだけですよ」
「大切にされている、と言えるかかどうかは分からなかったけど、まあ悪い気はしなかったよ。本題に戻るけど、私の考えとしては『私達が才能に恵まれすぎていたから』かな」
「僕も同感です。僕達は他者と余りにも違っていました。超えることは疎か、並び立つことすら出来ない程に大きな隔たりがありました」
「もっと早い段階で気が付けば良かったなあ。そうすれば少なくとも表面上は自分の異常性を抑えて、程々の水準で生きることが出来たのかもしれないね。けどまあ仕方ないよね、最も身近にいたのが兄様だったから世の中を知るまでは他のことなんてわからなかったし」
「そうですね、姉さんと僕の素質に気が付いた両親の意向で僕達は他者から遠ざけられて育てられてしまいました。その結果、僕達は互いを基準に考えるしかありませんでした」
「『優れた才能は外に出さず、完成するまで大切に育てる』という両親の考えも間違ってはいなかったと思うんだけどね。ある程度までは奇跡だ歴代最高傑作だと持て囃されていたけど、どうやら輝かしい才能にも許容できる限界があったようで、そこからは神か悪魔でも見るような目だったからなあ。『我々の最大の功績はお前達を生み出したこと、我々の最大の罪はお前達を殺さなかったこと』と言われてようやく私達の異常性に気が付くことができたかな」
「そう言って両親が自死してしまったので、僕達は2人で外の世界を巡りました。関わった他者も始めこそは褒め称えていましたが、深く関わるにつれて皆離れていきました」
「それでも兄様と旅を続けて世界を巡るのは楽しかったよ。北の国に行った時はお師匠様にも出会えたし。私達って早くに両親を亡くしてしまったから、お師匠様のことは実の親のようにも思ってた。それにお師匠様は当代最高の賢者とも言われるほどの人で、私と兄様に対しても他の人みたいに恐れたり離れていくということもなかったし」
「はい、師は立派な人物でした。師自身も過去、その才能故に他者から距離を置かれることがあったと仰っていました。だから僕達の境遇についても理解してくれてました」
「そんなお師匠様の元で暮らして何年くらいたったかな、急に世の中が乱れた時期があったよね」
「7年目です。古の魔王が蘇ったことで、世界は大きく乱れました」
「そうそう7年目。あの頃は大変だったなあ、お師匠様も駆り出されて魔王討伐に向かったんだよね。私達も同行したかったけど、お師匠様はそれを許さなかった。それから3年くらい後かな、討伐に向かった人達が全滅したのは」
「正確には3年3か月です。師含め5人の戦士達が魔王討伐に向かいました。5人はいずれも世界最高と言われる英雄でしたが魔王討伐は叶いませんでした。しかし、魔王を一時的に封印することは出来ました」
「それで私達とその戦士達の後継者が、次に封印が解けた時の為に集められたんだよね。こういうことはあんまり言っちゃ駄目かもしれないけど、正直気分が上がったなあ。物語みたいに悪者を退治しに行くのって昔からちょっと憧れてたし、私と兄様の力はこの時の為のものだったんだって考えてみたりもして」
「僕もそう感じました。そして師とその仲間のように、姉さんと僕にも力を認め合える存在が出来るのだと嬉しくも思いました」
「みんなとの旅は辛い時ももちろんあったけど、楽しかったね。けど戦いは激しさを増していって、最終的に魔王討伐を果たした時には私と兄様だけが生き残った」
「はい、仲間達も僕と姉さんを最後の希望と信じて戦い、そして死んでいきました」
「兄様は魔王討伐を果たしてどう思った?」
「姉さんはどうでしたか」
「出た。たまには兄様から答えてよ」
「世界を乱す魔王を討伐して、これで平和になると思いました」
「仲間については?」
「苦楽を共にした仲間達を失ったことはとても悲しく思います」
「魔王はどうだった?」
「天災を引き起こすほどの力、強大な魔力、どこをとっても世界を滅ぼすに十分なものを有していました。神話に謳われるままの力を振るう様を見て驚きました」
「そうだよね、世界平和が訪れる喜び、仲間を失った悲しみ、魔王の力について、私も兄様と同じ感想だよ」
「だけどね、兄様はお師匠様とその仲間達、私と兄様の仲間達、そして魔王、彼らに脅威を感じたことはある?」
「ありません」
「お師匠様達はどうだった?」
「過去の実績や栄光は大変素晴らしいものでした。実力も相対的に見て最上位に近いものでしたが術式等に古さは否めず、魔王に敗北したのは妥当と考えられます」
「私達の仲間は?」
「優れた師と才能を持ち、かつ最先端の技術を使用していたことで彼らはみな師の力は超えていました。しかし、それでも尚魔王には及びません。僕と姉さんがいなければ魔王討伐は叶わなかったでしょう」
「じゃあその魔王は?」
「どの要素を取ってみても人間界を滅ぼすには十分すぎる力を有していましたが、僕達と比較する次元にまでは到達していません」
「つまり兄様は彼らのことをどう認識している?」
「僕は彼らを有象無象、些末な存在であると認識しています。姉さんと同じように」
「やっぱりそうか、そうだよね」
「はい」
「私と兄様は生まれてからずっと退屈だった。どれほど高度な技術も力も、それに接してしまえばもう終わり。賢者と呼ばれたお師匠様には期待したけどそれも同じだった。お師匠様の愛情は嬉しかったけどね。だから魔王が復活した時は本当は心底嬉しかった。この退屈な世界をようやく変えられると思った」
「はい」
「仲間達もそう。共に過ごすのは楽しいけれど、ただそれだけ。そして最後に残った希望が魔王だった」
「はい」
「そんな最後の希望も出会ってしまえば終わりだった。対峙した瞬間に悟ったよ、ああこいつもかと。そんな存在でもこの世界で出会える最大の脅威と考えれば別れは惜しかったけどね」
「はい」
「お師匠様でも、仲間でも満たせなかったものを魔王ならば満たせるんじゃないかなという思いすら失われてしまった。知らないほうが良いこともあるっていうのは本当なんだね。最後の希望を失ってしまった人間はこんなにも簡単に箍を外してしまえるんだと思った」
「はい」
「私と兄様はこの世界に存在してはならなかったってことにようやく気が付いたよ」
「はい」
「そんなことにも気が付けず、失ってしまったはずの希望を探して、この世界を壊してしまった」
「はい、皆様には申し訳ないと思います」
「最期に姉としてお願いがあります」
「最期に兄として頼むよ」
「私を殺しなさい」
「僕を殺せ」