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009

彼女の身体を知りたいと、そう、思ってしまった。

おぞましい考えだった。けれど僕の手の中にはそれを叶えるための力があった。

意識のない彼女の身体の全てを、彼女の知らぬ間に知り尽くしてしまうことさえできる。

それどころか、彼女自身の意思で僕にすべてをさらけだすようにと洗脳さえできてしまう。

催眠アプリというのはそういう力だ。

彼女の精神を犯し、僕の望むままにできてしまう邪悪な力だ。

だからこそ僕はそれを悪用すべきではない。分かっているのに。


これでなんどめだ。

虚ろな目をする彼女へと、己の欲望を向けるのは。

なんども後悔してきた。そして得るものはいつも虚無だった。


クッションもジャージも、彼女の香りが失われるのはあっという間のことだった。そして僕は彼女が腕の中にいないのだと()めてしまうのだ。

まるで危険薬物の離脱症状のように僕は苛まれた。彼女という花は、催眠アプリの毒素にまみれたとたんに麻薬へと変ずる。もし誘惑に負けてもういちど手を出せばきっと本当に終わりだ。

分かってはいるが、そのやせ我慢がいつまで続くかはわからなかった。


彼女の画像は恐ろしくて触れられない。画像フォルダが目につくたびに吐きそうになる。

ただただ、彼女を無理やりに切り取ったときのことを思い出しては高揚と胸を引き裂く罪悪を覚えた。

それなのに、何重ものフォルダの底に秘めた彼女へと迫るクリックが日に日に増えていく。

僕の目に彼女への罪の証が飛び込んできたとき、僕は正気でいられるだろうか。


そんなことを繰り返しているというのに、僕はまた、彼女の身体を弄ぼうとしている。

真におぞましいのは催眠アプリなどではない。僕自身のこの欲望だ。

分かっている。分かっているんだ。

それでも僕は彼女に命令することを止められない。なんども躊躇したというのは、なんの言い訳にもならなかった。

分かっていたんだ。どれだけ言葉を重ねようと、自責に苛まれようと。

僕はけっきょく、欲望の奴隷だ。


僕は彼女に、脱ぐようにと命じた。

するりと、彼女はためらいもなく、この僕の目の前で、脱いだ。

外気に触れるものを外し、あらわになった白は薄闇のなかで目も眩むほどに眩い。その布に包まれた彼女のなんと細くしなやかなことだろう。


見惚れる視線の先で、彼女の白は、彼女自身の手によって追いやられていく。

その眩さで僕の視線を阻んだはずの白が、彼女の手によって、取り払われていく。

ジャージとは違う、正真正銘彼女のもの。それを僕が脱がせたのだと思うと、はしたなく唇は歪んだ。

今からすることを思えば命じずとも脱いだのかもしれない。彼女も女だ。とうぜん経験はあるに決まっている。

だが僕は、自分の舌で彼女を脱がせることにたまらなく興奮していた。

彼女を思うままに支配できるこの舌は、日に日にその躊躇いを失いつつあった。


次の命令は単純だった。僕はすでに数日かけて準備を終えている。

このために用意した器具のせいで少々の出費はあったが、それも彼女の身体をその中まで隅々知るためと思えば安いものだった。


乗れと、彼女に告げた。

それに従い彼女はゆっくりと―――体組成計に、乗った。

彼女の素足が僕の持ち物に乗っている。それだけで僕は下卑た笑いをこらえられなかった。

ああ、僕は、僕はこんなにも堕ちてしまっている。


彼女の身体を暴いていく無機質な機械から目が離せない。

妹と試してみたときは、ほんの数十秒だったはずだ。

それなのに、彼女の中を探っている間は永遠とさえ錯覚できた。


ぴぴぴ。


悪魔のささやきが全ての終わりを告げた。

ディスプレイを見つめ続けていた僕には、彼女の中身がありありと見えていた。

彼女の体重が、その身に宿す柔らかな脂肪の量が、その身体を支える筋肉の量が、彼女の瑞々しさが、彼女を生かすためのエネルギーの量から、彼女がどれだけ活動的かさえも。

彼女が知らぬ間に、その身体のすべてを、僕は、知った。


彼女の情報は僕の海馬にしかりと刻まれた。

彼女の顔を見るだけで思い出せるだろう。

彼女が体育で運動する度に、その身体の内側で脈動する彼女の全てが透けて見えるだろう。


だが、僕の欲望はこんなものでは収まらない。

体組成計などという子供だましでは僕は止まらない。

持ってきた器具は、まだまだ、たっぷりとあるのだ。

巻き尺を手に僕は笑った。


彼女の全てを知り尽くすまで、僕は、止まれない。

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