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さて何をしようかと、彼女を前に考える。

やりたいことは数えきれないほどあって、だけどそこに優先順位をつけるのはとても難しい。

あれもこれもやりたい。そしてどれもそれもできる。

それなのにこんなにも僕を苦悩させるというのだから、やはり彼女は特別なのだろう。


いっそのこと今日は彼女を見つめ続けるというのも一興かと思い始めていた。

こうして延々と彼女の形を堪能するというのも、意識なきゆえにできる行いのひとつだ。

彼女の知らないこの時間を、なにをするでもなくただただこうして静かに過ごすというのは、すべてを思うがままにできる力を持っていてこその贅沢なのかもしれない。

そう思っていると、不意に窓から飛び込んできた暁色の風が彼女の髪を揺らした。


―――そうだ、今日は、あれをしよう。


突然の思いつきだった。

けれどいつだって欲望を充足させるための用意はできている。

僕はカバンからいくつかのヘアゴムやシュシュ、髪留めなんかを取り出した。

彼女は普段からあまりこういったモノを着けていない。

彼女のシルエットは、だからいつも夕焼けを背負う今の姿と相違ない。

そのアイデンティティとでも呼べるものを歪めるのだ。


髪型という、どの角度からでもそうと分かる人間の特徴。

それを僕の意志によって塑像する。

それは実質的に彼女の支配をさえ意味している。

髪型の裁量権という他人が本来有していいはずもない代物を、僕は占有している。


さあどうしよう。

ふわりと軽くひとつ結い、シュシュでふわりと魅せようか。リボンは少し子供っぽいかもしれない。ああそれも、彼女の雰囲気には合うのかもしれない。それとも上品に編み込んでみようか。バレッタで留めて上げてもきっと可愛いだろう。

色々と頭には思い浮かぶのに、いざ彼女の髪に試してみようと思うと指が動かない。


それもそのはず、僕は自分の髪をろくに弄ったりしないから、その方法さえ分からないんだ。

せっかく彼女を好きにできるというのなら、できれば僕が満足いくだけのクオリティで仕上げてあげたい。

そうであってこそ、僕の愛は示せるというものではないか。


少し悩んで、僕は彼女の髪をひとつに結わえることにした。

それ以上のことは、またどうにか練習した後にでもしようと思う。


ふわふわの彼女の髪は触れるだけでも心地がいい。

軽くほぐせばふわりと広がる香の甘さなど筆舌に尽くし難い。

彼女の髪は空気を混ぜ込んで、緩やかなうねりで咀嚼する。

空気は華やかに消化され、彼女の一部となって飛散していく。


それを余すところなく肺に取り込むことはとても贅沢なことだ。

人間が無条件に摂取することのできる数少ない共有財産である酸素でさえ、彼女を介在させればそれだけで嗜好品となる。

僕は彼女の髪をほぐし、束ねて、またほぐす。

立ち上る香りに陶酔しながら、それをキュッと握った。

ひとつにまとめて、それをシュシュで軽くまとめる。

うっかり揺らせばシュシュも滑り落ちてしまいそうなほどの髪質だ。

彼女が普段は装飾品の類を使わない理由も分かるというものだった。


髪を結わえた彼女をいくつもの角度から眺める。


今まで目にしていた彼女と違う姿はとても新鮮で、いつまで見つめていたって飽きない。

この姿を網膜に焼き付けて、そうしたら、今度はいつもの彼女を堪能する。

それを繰り返しているだけで一生を終えられそうだった。


満悦に浸っていると、また、風が吹いた。


彼女の髪が吹かれ、あっさりと飛んだシュシュが床に落ちた。

美の女神さえ嫉妬させてしまったらしい。

けれどあいにくと、風に舞う髪は彼女を飾り立てるばかりだ。


シュシュのなくなった彼女は、やはり、こうであるのが最も美しいのだと思えてくる。

だから僕は、彼女の美しい姿をただ眺め続けた。


夕暮れが彼女を闇に溶かすまで、ずっと。

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