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012

彼女に僕を食べてほしいと、そう願うことは明らかな罪だった。

ただでさえ僕はなんの意識もない彼女を欲望に任せて弄び、その身体のすみずみを、それこそ細胞レベルまで犯し尽くしたというのに。

それなのに、今度は彼女の動作でもって僕への奉仕を求めるなど。


ああ、僕の欲望に果てはないのか。

いつか彼女の瞳を突き破り、この時間さえ飛び出して、そうして彼女のすべてを犯し尽くしてなお足りぬと嘶く悪辣なる獣に成り果ててしまいそうだった。

それはなんと現実的な未来だろう。妄想などとどうして言い捨てられる。

おぞましい。

恐ろしい。

僕はそれを恐れたがためにこのアプリをいちどはこの目から遠ざけたのではなかったか。

ああそれなのに、それなのに僕の胸にざわめくこの感情はなんだ、歪にゆがむ口角はなんだ!


苦痛に苛まれながら、それでも我が欲望の業火はなおも増長してゆくのだ。

この噴火口はもうかっかと盛っているのだと、魂はとうに知り尽くしている。

幾度となく溶かされた理性はどろどろと滞留しいつでも吹き出さんと期をうかがっている。

それを止めるすべはもう僕にはない。

誰か助けてと縋る声さえ、脳裏によぎる親友の姿さえ、あふれ出した欲望に呑まれて息もつかせぬ間に焼失した。


僕の前には、また、彼女がいる。

そして僕は彼女へと今まさに命令を下そうとしている。

まるで自分の身体を誰かに操作されているような感覚があった。

僕以外の催眠アプリ使いがいて、僕を勝手に操作しているのだと思いたかった。

けれどそれでは彼女の瞳に映る醜悪な顔を説明することはできない。

これは僕の欲望だ、これは僕の意思だ、紛れもなく僕が僕としてまた彼女を弄ぼうとしている。

せめて、せめてそれから目を離してはいけない。僕は僕に理性の楔を打つことを諦めてはいけない。


僕は唇をかみしめ、手にしていた欲望の欠片を取り落す。

けれどその程度が限界だった。

僕の手を彼女より少しでも遠くに追いやるだけの下らない時間稼ぎだ。

容易く理性を捻じ伏せてみせた僕は、今度こそためらいもなく下卑た欲望を吐露する。


さあ、僕に見せつけるようにして食べてみろ。


彼女は僕の命令に従い、その肉厚の唇をぷるりと開く。

ぬめりと淫液をまとう舌が突き出され、僕の欲望を支えるように触れた。

とたんに彼女の舌は僕を口内へ招き入れ、そして―――


ぽきっ。


と、理性の割れる音がする。

すっかり僕の欲望を口腔に含んだ彼女の、手のひらを口に当てる咀嚼の姿さえもが美しい。

彼女ののどが、こくり、と上下し僕の欠片を飲み下していく様は、もはや妖艶でさえある。


息を荒げながら見惚れる僕に、彼女はねだるように口腔を晒した。

たまらず差し出したチョコレートコーティングの焼き菓子を、また一口、ぽきっ。


彼女の口の動きのなんといやらしいことだろう。

試みに僕の指を突き出したのなら、彼女はこの厚い唇で啜ってくれるのだろうか。

彼女を赤子と退行させれば、ああ、想像するだけで果ててしまいそうだ。


邪悪な妄想に胸を高鳴らせるままにぽきっ、ぽきっ、と彼女を卑猥に蠢かす欲望の菓子は、気がつけばもうほんのすこしになっていた。


このままいけば、彼女の唇が。

僕の指先に、触れてしまう、くらいの。

ほんの、すこしに。


呼吸が熱い。

肺が焼けそうだ。

心音が窓を揺らしている。


彼女の口が、口が、ちかづいて、そして、彼女の開かれた口が、僕を、僕を―――ぁ。


ああ。

彼女は、最後の一口を、その白い歯で咥え僕に触れぬままに持って行った。

命令に対する反応は彼女の習慣や認識に依拠する。

きっと彼女は、誰かから受け取る際には、ああして触れぬようにと心がけるのだろう。


なんたる潔癖か。


汚したいと、思う。

あの口を、僕で汚したい。


僕は、焼き菓子ともうひとつ用意したもの、色とりどりのグミを、ひろいあげる。

つい先ほど落とした欲望を、また、拾い上げる。

これならば小さい。

彼女がどれだけ気をつけようと、きっと、触れてしまうほどに。


僕はその欲望を彼女に向けて。


―――ああ、くそう。


とんだ意気地なしめ。

ここまで堕ちたくせに、これ以上なにを恐れるのだ、僕は。


己に対する失望と憤怒の味は、喉が引きつるほどに酸っぱいチェリーだった。

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