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俺の彼女は転生者(リインカーネイテッド)

 インターホンが耳に残るうちに俺は玄関に向かう。

 脈動が速くなるのを感じながら扉を開ける。


 そこには一人の女性が立っていた。


 純白のシャツの上に着ているブルーグレーのカーディガン、黒いワンラインが入った鼠色の短めのスカート、そこから伸びる細長く白い脚。

 そんな控えめでいて統一感のある格好をしたマリナだった。


 俺にはファッションのことはさっぱりだが、息がもれる程似合っているのは間違いない。

 横に纏めた金髪がブルーグレーのカーディガンに乗って映えており、女性はこうも格好で変わるものなのだなと再認識できた。


「その格好……つかさに買ってもらったのか?」

「はい。あの、変でしょうか?」

「変じゃない!」


 声が裏返る程似合っていると思います。

 

「そうですか……よかったです」


 安心したように右手をそのなかなか大きな胸に当てるマリナ。

 つかさも同じような服を着ることはあるが、着る人間によってこうも差が出るものなのだな。

 なんて言ったらつかさに怒られそうだけど。


「髪型もやってもらったの?」

「はい。サイドテールって言うらしいです」


 そう言いながら頬に朱を差して毛先を弄るマリナ。可愛い。

 一瞬で男心を鷲掴みにしそうなマリナの容姿に思考停止しかけたが――してたけど――昨日電話で言われたこれからの予定を思い出して脳が騒ぎだした。


「それで、その……これからどうする?」

「はい! それは、私に任せてください。デートと言うものの用法容量は師匠から聞きました」


 薬みたいな言い方しやがって。

 その()()()()()()ってのが大いなる不安要素だ。


「まずは、行く場所がありますので行きましょう、ユウスケ様」


 マリナはそう言って天使のような笑顔を浮かべた。


 * * *


 外は春もそろそろ終わるからか、日差しが日に日に強まってきている気がする。

 正午過ぎの現在、Tシャツに薄いシャツを羽織る俺が少し汗ばんでしまうくらいには気温が高かった。

 ……まあ別起因の汗も多分に混じっている気はするんだけど。


 家を出て少し並んで歩くと、マリナは明らかにぎこちない歩き方をしていた。

 問うてみると、


「このヒールという靴にまだ慣れてないので……いつ転んでもいいように受け身を取れる体勢で歩いています」


 とのことだった。

 あのね。その歩き方どうみてもチンパンジーのそれなんだけど……。


 俺の苦笑いに気付いてか、マリナは歩みを止めて、


「ユウスケ様、もしよろしければ、手を繋いで頂けるともしもの時は転ばなくて済むと思うのですが」

「っ!」


 ほんのり上目遣いで手を握手のように差し出してそう言った。

 おいおい、これももしやつかさの入れ知恵か?


「えと、その、手を繋ぐってのはちょっと」


 恋愛経験ゼロの俺にはちょっと難易度が……。


「嫌、ですか?」


 少し泣きそうな顔になって手を胸の前に引っ込めたマリナ。


「嫌とかじゃなくてさ! ほら、その、俺手汗とか酷いし」

「…………」

「一応ほら、まだ会って三日も経ってないし」

「…………」


 上目遣いのまま綺麗な碧眼に涙を溜めていくマリナ。


 ええい、知らんぞ!

 心の中で叫んでから俺は胸の近くにあるマリナの左手をぐいと握りしめた。


「ユウスケ様……」

「まあ、デート? だし、ね。転ばれても困るから、しょうがなく、ね」


 何がしょうがなくだよ俺!

 内心嬉しさと興奮で爆発寸前なくせに。手めっちゃ柔らかい……。


「ありがとうございます、ユウスケ様」


 さっきまでの泣き顔が嘘のように笑顔を咲かせるマリナ。

 ……やっぱりつかさの入れ知恵なのかな、これ。


 * * *


 マリナが言っていた行く場所は、(いわ)く歩いてそう遠くないらしい。


「この道を突きあたりまで真っ直ぐ歩いて、突き当ったら右にまたしばらく真っ直ぐです。もう一度突き当たるところに綺麗な建物があるので、そこに行けと師匠に言われました」


 そう言われて一度目の突き当たりを右に曲がり、真っ直ぐ歩いているところなのだが、俺はそれどころではなかった。


 ――女の子と手を繋いで歩いている!!


 あまりにも緊張して脈拍が上がり過ぎると耳の血管まで脈打って聴覚にすら支障出るなんて初めて知ったわ!

 自分がどんな顔でどんな歩き方してるかも分からない。


 そんな混乱状態な俺が、わけもわからずじぶんをこうげきした! にならずに済んだのは、到着した目的地がアレだったからだ。


「ユウスケ様、このキラキラした大きな建物。きっと師匠の言っていた場所はここです!」


 確かにキラキラはしている。電飾がね。

 夜だと暗そうな路地の突き当たりにある派手なピンク色の外壁。

 自動ドアの先に見えるエセ噴水。

 大きく正面玄関の上に付いている建物名『HOTEL MIDAREGAMI』の文字。


「師匠(いわ)く、デートではこの場所で、()()()()()()、というものを作るとよいとのことでした」

「…………」

「ユウスケ様、キセイジジツ、というものはどうやって作るのですか?」


 純粋無垢な表情で青い瞳を向けてくるマリナ。


 あんの野郎……。

 ショートボブを揺らしながらテヘぺロをするつかさが脳内に浮かんだ。


「ユウスケ様?」

「あはは、マリナお腹空いてない?」

「……? はい、空いてきましたけど」


 頭上に?を三つ浮かべたような顔で見つめてくるマリナ。

 異世界の(純粋な)人に余計な入れ知恵をするつかさは今度会ったら処すことにしよう。


「何か食べに行こうか。何が食べたい?」

「はあ、でもキセイジジツは作らなくていいのですか?」

「いいの! デートをするんでしょ?」

「はあ……しかし、師匠が言うにはデートにはこの場所でキセイジジツなるものを――」

「あんまりその単語を口にしないでくれ。一旦つかさの言ったことは忘れよう。ね? デートってのはそういうんじゃないし」


 俺の焦りが伝わってしまったか、しゅんとした表情になるマリナ。


「すみません。私、そのデートっていうものがよく分からなくて」


 いや、俺もしたことないんだけども。


「まああまり型に囚われず、楽しもうか。とりあえずは何か食べよう」

「はい、ユウスケ様がそう仰るなら、どこまでもついていきます」


 心臓を撃ち抜きそうな笑顔で顔を傾けるマリナ。

 ……デートって最高かもしれん。


 とは言ったもののデート経験皆無の俺はデート上級者御用達の食事スポットなど知る由もなかった。

 節約の為、専ら自炊ですしね。


 繁華街に向かって手を繋いで歩きながら、俺はマリナに改めて訊いてみた。


「マリナはプリュギア? ではどんな食事を摂ってたの?」

「パンや果物、山菜、海産物や、時折コタプーロやヒーリコのお肉もいただいておりました」

「コタプーロ……」


 それだけ聞くと完全にこの世界の食事ではないし、結局何を食べに行ったらいいか分からない。

 オシャレなお店など知る筈もない俺は、迷っても仕方がないと目についたファミレスに入ることにした。


「ユウスケ様、ファミレスというのは?」

「ファミリーレストランだよ」

「ファミリー」


 マリナは意味深な体言止めをした後に、顔に煌めきを宿らせて、


「ユウスケ様と私はここで家族になるのですか!?」

「いや違うから!」

「そうですか……」


 俺の返答で一瞬で煌めきを失った。

 しゅんとするマリナを見て謎の薄い罪悪感を覚えながらファミレスに入店する。


 手を離すのが少々名残惜しかったが、繋いだまま入店する訳にもいかない。

 ……こういうところが童貞感というか、ダサいよな俺。自分で言ってちゃ救いようもないが。


 そんなわけでデート初手。ファミレスでの食事。

 結論から言えば死ぬほど大変だった。


 まずマリナは文字が読めない。

 まあそれはそうだろう。異世界の人間だし。


 幸い料理の写真があったので、指差しで好きなものを選んでもらうことにしたのだが、ここからが大変だった。


「この黄色と赤の菱形のものは何ていうんですか?」

「それはオムライス」

「オムライス、というのは具体的にどういった食べ物ですか?」

「ケチャップライスを卵で包んで、それにケチャップやデミグラスソースをかけたもの、かな」

「ケチャップとは」

「トマトが主原料の……」


 まるで連想ゲームのように質問が途絶えず、こんなやりとりが三十分は続いた。

 デートって何なのでしょうか。


 定期的にオーダーを取りに来る店員に、まだ決まっていないと何度も俺が頭を下げながら、時間を掛けて漸くマリナが選んだのは結局オムライスであった。


 美味しかったからか、食べ始めて数分でマリナはあっという間にそれを平らげ、食べたりなかったからか俺が食べている牛肉のステーキを目を輝かせて見つめていたので、「食べる?」と訊いてみたところ、


「いえ、それはユウスケ様のです。私がいただくわけには!」


 などと言いながら両眼と両手をぎゅっと閉じて食べたいであろう欲求を我慢するマリナ。

 何だコイツ可愛いな。一杯食べるのはいいことです。


 結局一切れを分けてあげて、口にしたマリナが言った「とてもおいしいです。私の国のゲロールの肉に似ています」という言葉に食欲を失くしながらも何とか無事に食事を終えることができた。



 ファミレスを出てからまたマリナと手を繋ぐときに、俺は最初と同じだけ緊張した。

 緊張しているのに心地よい絶妙な気分。

 こういうのって回数で慣れるものなのだろうか。俺にはそんな気はしないのだが。


 少し歩く間もマリナはひたすら俺に付いてくるだけであったが、すれ違う野郎どもがもれなくマリナの姿に振り返るので、なんとなく優越感に浸ることが出来た。

 デートっていいね、ほんと。


 続いてどうするか散々悩んだ挙句、すぐ近くにあった小さめの映画館に入ることにした。

 そしてまたしても手を離すときにもどかしくて寂しい感情に苛まれる。

 マリナはどんな風に思って手を離しているんだろうか。


 放映していたのはラブロマンスもの、ホラーもの、ファンタジーものの三本。

 少し迷ったが、ファンタジーもののチケットを購入した。


 ファンタジーものを選んだ理由は、それが『異世界転生もの』のアニメの劇場版だったからだ。

 『転生先の違和感』というタイトルで、原作者は飴乃(あめの)先生。

 確か、つかさが好きな先生であり、数々のヒット作を出す有名なライトノベル著者だ。


 転生ものということで、何かマリナの心に通じるものがあったり、感情移入や共感できるものがあったりすればマリナでも楽しめるかな、などと考えてのチョイスだ。


 しかしながらここでもなかなか大変だった。

 結論から言えば大いに感情移入したようで、その点は良かったと思う。

 ところが主人公がなかなかにヘタレ気味であり、そのたびにマリナはスクリーンの主人公に向かって大声で喝を飛ばし始めたのである。


 振り向く他の客、慌ててマリナを止める俺、それでもなかなか止まらないマリナ。

 俺はホラー映画よりも冷や汗をかいたね。


 終わり際には「主人公よ、よくやった」と言わんばかりの表情でマリナはうんうん頷いていた。

 ……楽しんで頂けて何よりです。(疲労感)


 映画館を出たころには少し日が落ち始めていた。

 色んな意味で疲労困憊な俺は、近くの公園に行くことにした。


 入園してすぐのベンチに並んで座ると、マリナがこちらを向いて、


「ユウスケ様、デートというものはこんなに楽しいのですね」


 と綺麗な碧眼を向けながら言った。近い可愛い良い匂い。


「ああ、相手にもよるんじゃないかな?」

「そうなのですか。私はデートの相手がユウスケ様で本当に良かったです」


 マリナはそう言って金色のサイドテールを揺らしながら笑顔になった。

 その笑顔は十六歳の幼気(いたいけ)な少女そのもので、またしてもドキリとしてしまう。


 俺はあまりの恥ずかしさに顔を背けてしまってから、


「マリナはつかさにどんな風に言われてデートをすることになったの?」


 率直な疑問をぶつけた。そりゃ当然の疑問だ。脈絡が無いもの。


「あの……迷惑だったでしょうか」


 顔を曇らせて訊いてくるマリナ。


「いや、そうじゃない。まあ(色んな意味で)楽しめたよ。だけど、何の為のデートかなって。マリナはその、プロフェット? の言葉通り、俺に付き従うんだよね?」

「はい。そのつもりなのですが……」


 不意に言葉を噤んだマリナが立ち上がり、俺の正面まで歩いて真剣な面持ちで見つめてくる。

 俺は何故か背筋が伸びた。


「師匠に言われました。地球(このせかい)、とくにこの国には私の望む主従の関係というものは殆ど存在しないと。それを聞いた私は少し困惑しましたが、そんな私に師匠はこう続けました」


 緩い風に靡く金髪に、夕日が当たり美しく煌めいている。


「主従に類似した関係ならあると」

「類似した関係……」


 マリナは両手を祈るように胸の前で組合わせ、少し俯いてから、


「はい。その関係になる為にまず必要なのはデートだと、師匠は言ってました」

「…………」

「本当は近道というか、ウラワザ? というのがあると言って、教えてくれたのがキセイジジツの作成だったのですが。それはどうもユウスケ様は気に入らないようでしたので、正攻法のデートをすることで、私はその関係になりたいと思いました」


 さっきからちぐはぐな断片しか伝わってこないが、何となく何が言いたいのかは理解できた。


「マリナ……」

「ユウスケ様」


 マリナは手を組んだまま青い目をほんの少し潤ませてしっかとこちらを見た。


「私を、ユウスケ様の彼女にしてください」


 こんなにも純粋で真っ直ぐで綺麗な告白は初めてだった。

 ……いや告白されたのも初めてだけども。


「マリナ、意味わかって言ってる? 彼女って、恋人になるって意味だよ?」

「はい、勿論です。私にだって人を見る目くらいあるのですよ」


 冗談めかしく言った俺の台詞にも、曇りの無い真顔で返すマリナに俺は言葉が出なくなってしまった。


「ユウスケ様の考えていることも、私には分かります。もし手段があるなら私を元の世界に帰したいと思ってくれていることも。それが私の為を思ってのことということも。私の従う予言(さだめ)の人が、そんな心の温かいユウスケ様で本当に良かったと思います」


 ちょっと待ってよ。

 まだ会って三日くらいしか経ってないのよ?


「もし私のこの提案にユウスケ様が首を縦に振らなかったとしても、私がユウスケ様に一生忠誠を誓うことには変わりはありません」


 どうしてここまでこの子は俺の為に生きようとするの?


「もしもユウスケ様が、私のことを遠くに追いやりたい、一緒に居たくないと望まれるのでしたら、辛いですけど受け入れる覚悟もあります」


 そんなことを望んだりはしないさ。

 ただ。


「いいよ」

「え?」

「マリナ。俺の彼女になってくれ」


 マリナは俺の言葉に碧眼を真ん丸にして固まった。


「その代わり」


 俺は、こんなにも真っ直ぐで可愛くて良い子の、一番の幸せを考えるべきだと思った。


「俺の想いは変わらない。マリナを元の世界に帰してあげたい。いつかもし手段を得て元の世界に戻れるようになった時、離れることになるかもしれない。それまでの間、ということになるかもしれないけれども。それでもいいなら」


 俺の言葉を聞いていたマリナは徐々に泣きそうな笑顔になっていった。

 そしてその場に片膝をついて(かしず)き、


「仰せのままに、です。ユウスケ様」


 同時にポタリとアスファルトの地面に雫が落ちた。

 淡いブルーのパンツが垣間見える金色の脳天に向けて俺は声を掛ける。


「これからよろしくね、マリナ。……それと一つ命令があるんだけど」


 マリナは傅いたまま「何なりと」と言った。


「もう少し、自分の思いを表に出して。彼女なんだから。ただ付き従うだけじゃなくて、マリナの考えや思いや欲も、俺は知りたいからさ」


 マリナはゆっくりと立ち上がって、潤んだ瞳のまま俺に笑顔を向けた。


「わかりました。ではユウスケ様、早速なのですが、一つお願いしてもいいですか」

「何?」

「その………………手を、繋ぎたいです」


 ああ。なんだろうこの感じ。

 鼻の奥に心地よい刺激があるような。胸と背中に上昇気流が発生しているような。


「喜んで」


 そういう訳で。

 転生者(マリナストライア)は、俺の彼女になった。



「ユウスケ様、あともう一つ訊いてもいいですか?」

「何?」

「キセイジジツって、結局どんなものなのですか?」

「それはもういいってば!!」


お読みいただき誠にありがとうございます。


もしも、「続きが気になる!」「面白い!」と感じて頂けましたら、

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 * * *


サイドテールにもいろんな種類がありますね。

皆さんはどんな髪型が好みでしょうか。

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